2. モブ冒険者A、Bの失態


 魔物には到底見えない、武装もしていない、十五か十六ほどの村娘の姿だったとしても。


 音もなく、振り返ればほぼゼロ距離に人が突っ立っていたとしたら、声を上げずに驚かぬ者は少ないはずだ。


 しかも誰もいないはずの廃村はいそんの、灯りなき廃家はいかで、泥か血液か、判別不能な汚れたクワを手にぶら下げ、大陸ではまず見かけぬ、だらりと長い黒髪と、そのぬれ色と同じ瞳をした少女とくればなおのこと。


 歴戦れきせんの勇者並みにきもでもわっていなければ、まず叫ぶだろう。

 というか叫ばれた。


「ああ、えと──」


 みにくい絶叫。低音と高音のとにかく醜い絶叫が重なり合い、彼女の言葉をき消す。


 スカサハは彼らを恐怖に染め上げる気は毛頭もうとうなかった。

 村を多少荒らされようが別段困ることはない。


 頃合いを見て物音を立てて、驚いた侵入者らが慌ててこの場を去れば良いとぐらいに考えており。


 声をかけてしまったのは、たまたま。ついうっかり、だった。


 床に激しく尻餅をついてもなお続く悲鳴に鼓膜を痺れさせ、彼女は軽く戸惑う。


 ああわかる、わかるわかる。驚くのはわかるのだが、少し話を聞いちゃくれないだろうか。


 どうしようこんな時、少し笑ってみたらいいのか。不得手ふえてではあるが、笑顔は相手から不安や敵意を取り除くとも言われているし、いや、このタイミングは流石にないか。

 

「あの、すいません、ちょっと──」

「な、な、だだ、だ……‼︎」


 二名の長い絶叫がようやく途切れた直後、彼女は再び場を取り繕おうとしたが、太めのBの方が勇敢ゆうかんなのかおろかなのか、痙攣けいれんした手で腰ベルトの短剣を抜いた。


「だぁぁぁだだっだっ、誰だてめえは……‼︎ おおおお前が黒い化け物なのかァ⁉︎」


 その言葉、丁寧に折り畳んで返したくなる。


 全身を震わせた顔面蒼白がんめんそうはくのBはかみまくりながら威嚇いかくする。


 余程恐ろしいのか、彼女が化け物か、ただの村娘なのか確かめる余裕さえない。あと一度、彼になにかしらの刺激が加われば間違いなく切りかかってくるだろう。


「おい、やめろ! 落ち着け……!」


 Aも酷く怯えた様子だったがBほどではなく、かろうじて冷静を保っているふうだった。


「よく見ろ……ほ、ほら。足がある。た、ただの……女の子だ」


 Aの声もB同様震えていた。しかしただの女の子、と迷いなく言い切るにはスカサハの外見が邪魔をした。


 それでもAはBよりも僅かに頭のつくりが良かったため、我を忘れて攻撃を仕掛けようとする相棒をいさめ、緊張の汗を滴らせ口を開いた。背負った銅剣どうけんの握りに手を忍ばせながら。


「わ、悪い……あの、違うんだよ。俺たちはその、盗人に見えるだろうが、そうじゃなくて、違う、違うんだ」


 この後に及んでなにを言い出すかと思えば、言行げんこうがちぐはぐ過ぎてスカサハは突っ込む気すら起こせず、ひとまず言い訳の全てを聞こうと耳を傾ける。


 それも知らずAは必死に思考を回していた。


 眼前の少女が王都の酒場で金貨五枚と引き換えに手に入れた儲けの話とついをなす不吉な噂──黒い化け物だったとしたら、駆け出しの冒険者である自分たちは間違いなくここで終わるからだ。


 そうでなく、訳あって此処に住み着くただの少女であることを願いたいが、音も気配もなく背後を取られたこの状況、その容姿、不吉中の不吉とされる奈落ならくの底のような黒髪に暗い色の瞳、どう考えても前者の可能性が高い。


 それに、彼女の気配。


 声をかけられるまで感じなかったが、一言で言うとありえないのだ。


 Bがここまで取り乱すのも納得できる。おかしいのだ。


 気配が、人のそれじゃない。

 獣、魔物とも違う、エルフや獣人ポーパップやドワーフとも違う。こんなのは初めてだった。形容けいようがたいが、とにかく何かがおかしかった。


 こんな規格外を相手にできるほどの装備も戦闘力も自分たちは持ち合わせてはいない。であればもう、戦闘を回避し、いかにうまく切り抜けるかに全力を注ぐ。生き伸びるために。


「お──俺たちは……王都からの使者で、頼まれてきたんだ」


 引きつった笑顔を浮かべる。


「……頼まれた?」


 思ったよりも可愛らしい声に安堵しかけるが、いつ化けの皮が剥がれるやもしれない。彼は話しながら、かけらほどの冷静さを手繰り寄せる。


「そうなんだよ、ひ、光の勇者だ……。そう、これは勇者の生き別れの母親から託された依頼でなあ。故郷に置き去りにされた形見かたみを持ってきてくれないかって」


 Aは視線を左上に移しながら、必死に出まかせの先を考える。


「魔王軍が攻めてくることを恐れ、村人たちはこの村を捨て去らなければならなかった。だが勇者が魔王を討ち、平和になっただろ。だから大陸を横断し、彼の形見となるものを取りに来るつもりだったんだと。でも一歩街の外に出れば魔物どもがうろついている、いくら勇者の母親だろうが素人しろうとにはこくな話さ。それで冒険者の俺たちに白羽の矢が立ったのさ」


 息継いきつぎもせずに嘘を広げ、Aは最後にこう締める。


「ってわけだから……お嬢ちゃん、なにか知らないか。勇者のことについて、なんでもいいぜ、なあ?」

「…………残念ですが……知らないですね」

「そ、そうか。それなら、仕方ない」


 探し物は見つからなかったが、俺たちはこれで切り上げるとするよ。そう言って彼女に別れを告げ、全力で村の外へと逃げる。算段だった。


「ええ、知らないです。……勇者の遺品も、それを欲しがる母親のことも、残念ながら、私、なんにも知らないです」


 あ。間違えた――。

 Aは思った。自分は恐らくなにかを間違えたのだと。


「そんな嘘を平気で吐くのは、はて、どこのどなたでしょうか」


 少女は暗い瞳を細めて緩やかに笑う。

 その不気味なこと。背筋があわだった。


「私からも一つ質問、いいですか」


 そして、AもBもそこで目をいた。


「お兄さんたちは、一体、王都のどこで、そんな話しを――」


 笑みを浮かべる彼女の背後に、別の“なにか”がいると。


 影は常に地をうものだ。しかしそんなことがあり得るのか。否、実際に眼前で起きている、だからこそ混乱と恐怖を抱いた。


 彼女の足元に繋がる影が、ボコボコボコと、まるで湧き立つ湯のように揺らいでいる。


 かと思えば命でも宿やどしたかのようにどろりと床から這い上がり、床に、宙に、天井までも広がって──瞬く間に空間を黒く塗りつぶしていく。


 先ほど二人が蹴破った扉を飲み込み。出口さえも塞いでいく。

 只事ただごとではない。自分たちが出会ってしまったのはやはり、最悪の魔物──。


 このままでは存在の全てを脅かされる。そう悟るのがBの方が一瞬早く、取り乱した彼はAが止める間も無く短剣を振り上げ、狂った叫びと共にスカサハへ踊りかかった。


 背後の窓でも破って逃げれば、展開はまだマシなものになったかもしれない。

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