陰の勇者の後日譚 – やさぐれ勇者とラスボスで送る、世界救済後の療養ライフ–

天野 アタル

本編

第一章

1. 勇者、陰に潜む



「──聞いた通りの廃村はいそんだが……、おいおい。ここがほんとにあの伝説の勇者さまの故郷むらなのかよ。遠路えんろはるばる来たはいいが、どうも金目のものがあるとは思えねぇなー」

「噂なんだから確かかどうかは知らねえよ、それより手を動かせ」


 その日──。

 朝日が顔を出す前から、スカサハは村の畑をたがやしていた。


 最近まで釣った魚、その辺の野草、魔物を狩って食していたが、にもだいぶ慣れてきたため、そろそろ荒れ果てた畑を整え、農作物でもと思い立ったからだ。


 幼い頃、畑仕事を手伝って暮らしていたので一連の流れは心得ていたつもりだった。が――なかなかどうしてうまくいかない。農具が手に馴染まないのだ。


 ここ数年、毎日のように手に握っていたものが“もの”だったせいか、力の入れどころというか、構え方というか、悲しいことにすっかり体がぞくな装備に不向きになってしまっていた。


 振り下ろしては豪快に大地に埋まり、振り上げれば両手からすっぽぬけ空を舞う。悪戦苦闘あくせんくとう。日の出を浴びながら流す気持ちのいい汗どころではなかった。


 これならその辺のゴブリンを狩る方が何万倍も楽だ。などと眉間にしわを寄せていたところで、彼女は気づく。この小さな村に何者かが足を踏み入れたことに。


 そういう特殊な能力スキルが発動したわけではない。長年積み重ねたただの“経験”がそうさせた。


 足裏に伝わるわずかな振動──成人男性二人分の足音。


 ああ、に訪問者とは……。が、なんとなく目的の予想はついていた。


 ──またなのか。と、スカサハは泥のついた顔を手の甲で拭い、大地に深くめり込んだクワを乱雑に引っこ抜き。


 そして、彼らを見つけたわけだ。


 どこからかやってきた侵入者は見るからに盗人ぬすっとじみた、強面こわもての二人組。


 安そうな装備に身を包んだ彼らは、村に入るなり家々の扉を蹴破けやぶり、中を物色ぶっしょくし始めた。


 彼らの言う通り、この世界、および青き大陸――ブルースフィアの西の最果さいはてに位置するこの村は、随分前に村人たちに見捨てられ、今や廃村と化している。


 くわえて地図にもらぬほどちっぽけな村である、観光目的で訪れる旅人はまずいない。それ以外の目的でなら──あるにはあるが。


「王都から大陸の横断にまる半つき、魔物避けのアイテム、陸路海路での移動費に有り金つぎこんだからなあ。これで稼ぎがなきゃ、俺たちゃ終わりだぜ」

「だから喋ってないで手を動かせってんだ。冒険者になったはいいが、毎日ちまちまスライム狩るのが嫌だから、嘘みてえな噂に飛びついてここまで来たんだろ。この際、お宝かどうかは関係ねえ、武器でも防具でも、ただのガラクタでも勇者の遺品ってことにして売ればいい。まぬけな貴族なら、古びた片手剣でもありがたがって壁に飾りたがるだろうよ」


 二軒目の空き家を荒らし出したあたりから、スカサハは彼らの背後に立ち、その目的を把握した。


 なかなかこすい真似をする。


 とはいえ、作業に夢中でペラペラ喋ってくれたお陰で問いただす手間は省けた。


「なあ、おい。なんか見られてないか」

「はあ?」


 ふと、侵入者の一人(以下これをAとする)が背後を振り返った。


 と同時に、スカサハはAの動きに合わせて背後を取り続ける。影にひそんだゼロ距離スニーキングは、素人相手であればクワを振るより容易たやすい。


「何言ってんだよ、どうした?」

「いや。なにか、視線を感じて……」


 Aは妙だなといった具合に首の後ろをでつける。それでも彼の影にぴったり重なり張りついたままのスカサハには全く気づく様子もない。


「気のせいか……」

「おいおい、まさかお前、ビビってんのかよ?」


 細身のAと比べて、無駄に肉付きのよいもう一人(以下Bとする)がこらえきれず吹き出す。


「本当に出ると思ってんのか? 黒いバケモンがよォ」

「別に信じちゃいねえよ」

「どうだかなあ。最果ての村には未確認の黒い魔物が出て、そいつは手練てだれの冒険者でも瞬殺しちまう。ってやつだったか? もうけ話についてくる話としちゃあ不吉ふきつがすぎるが、まああれだ。俺としては、宝を横取りされたくない奴がでっちあげた、大袈裟おおげさな作り話に思うけどなァ」


 なるほど、そんな噂までも。というかその黒いバケモノというのは、ひょっとしなくても。


「――それって、私のことですか」


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