火傷

 夕焼けが綺麗だ。うなじの筋肉をこわばらせれば、視界の上部に少し紫がかったような闇が広がる。私は自転車を押し、兼川かねかわは私側を歩いていた。兼川は私の幼馴染ではない。クラスメイトでもなければ、恋人でもない。ただの友達だ。どこで知り合ったと言えば長くなるから割愛する。省略ではない。割愛だ。兼川はたまに私のほうを見る。正確には私の瞳を。ペースで言えば二十秒に一回ぐらいだろうか。兼川にそのわけを聞いたことがある。ただ、その話も長いので割愛。普段私たちは形にならないような話をよくする。形にならない。経済の話や、戦争の話。あいつはああだこいつはこうだとかの政治の話。ただし、今日の兼川は一味違った。彼は今日、はじめて恋愛について話したのだ。形になる話。兼川は言った。

「恋愛したいよ。人を愛して、愛されて。自己の存在意義になりえるかもしれないし、何よりもパートナーってとても素敵じゃないかい?」

「恋愛なんて、しようと思えばいつでもできるんじゃないかしら。別にそこまで求めるものでもないわ。」

「じゃあ君の中の恋愛は何なのさ」

「見た目とか、中身とか、そんなものに焦点を当てない。命として愛することが恋愛だわ。きっといつでもできるわよ。相手が見つかればね。だから恋愛は求めるものではなくて、待つものだと私は思うわ。」

「待つものねぇ、、」

兼川は少しの時間静かになっていた。その間私は考えていたのだ。


私は兼川が好きだ。

命として好きだ。

放したくないものだ。

兼川はどうだろうか。

私と一緒にいて楽しいのか、大事だろうか、好きであろうか。

ああ、もしそうであったならば、今ここで彼を抱きしめたい。

隠していた思いを伝えたい。形にしたい。

だが、私は火傷だ。そんな私を彼がすいているか?

答えは簡単なのであろう。

そしてそれが分かった時、これまでの時間がすべて無駄になるのだ

いやだいやだ、もう少し一緒に居たい。

ああもし神がいるのであれば、私はそいつを殴ろう。

許されない。あらゆることを。

そうわたしは


「火傷か、、」兼川がいきなり話し出す。私はその単語に驚くばかり。

「いやぁ、何、こっちの話さ。」

「少し気になるわ。火傷がどうしたのよ。」彼は少し悩んだのちに

「僕はじつは火傷なんだよ。かくしててごめんね。」驚いたとても。彼は火傷であったか。内心私はとても喜んでいた。彼も火傷で、私も火傷。大好きだ。

「安心しなさい。私もよ。かくしててごめんなさいね。」

「君もだったか!驚きだね!」

「世界は狭いってまさにこのことね。」微笑みかける。

「気づいたかい?今日で二十三年だよ。」

「もちろん知ってたわ。もう慣れてきたものよ。」

「そうか、僕はまだ抵抗があってね、こわいのさ。」

「あら、私がつけてあげましょうか?」

「ほんとうかい?助かるよ。君にやってもらえれば安心だからね。」

「いやね冗談よ。親族しかダメでしょ?」

「いや、うちの地元は親族じゃなくても大丈夫だったよ。でもさすがに常人に任せる気にはならなかったね。」

「やっぱりどこでも火傷は少ないのね。」

「そりゃそうさ、はたから見たらただの狂人だからね。」


私たちにとってその夜は、忘れられない夜であった。


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情恋の話 現貴みふる @Mihuru

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