狂人
土埃が舞う。弾丸など、とっくに切れてしまった。ただ行先はわかるのだ。前に進めばいい。俺は前に進んで、敵をねじ伏せ、自分も死んでしまえばいい。それが俺たち兵隊に課せられた義務だ。そう思い、一歩。一歩前へ踏み出した。轟音が響いた。俺の意識はそこで途絶えた。そう。それから俺はしばらくさまよっていた。
目が覚めると、一つのベッドの上にいた。いや、一つではなかったのだろう。ほかのベッドとの間に、仕切りが立てられていただけだ。
だがきっと、我々にとってはそれで十分だったのだろう。医師がいたのだ。一人の天使のような医師。その人が世話をしてくれる。俺は、いや、俺たちはこの人が好きだったのだ。敵国の兵士すらも看病する。そんな彼女に惚れたのだ。
だが、俺は彼女を殺した。愛のためだ。彼女一人に対し、愛が大きすぎたのだ。俺の本心は、きっと彼女と一緒に居たかったのだろう。ただ、俺は義務に襲われたのだ。義務。そう義務。彼女を殺さなければいけないというその衝動。今でも忘れられないような、自分に恐怖するような感情。僕は今でも君のことを殺す。俺はこっちで空っぽだ。夢の中でしか、君に会えない。しかも俺じゃなく、なぜか僕として。僕は小さい。その心もまた同じ。きっと俺が彼女と接するとき、僕だったという、中身は僕だったという、その名残だろう。夢でしか会えない。ただ、毎回君のことを僕が殺す。俺は夢も、記憶も、俺すらも、すべてを捨てたかったのだ。だからこそ、今日決行するのだ。三十五年前、俺は彼女を殺した。
「さようなら。」同じ言葉を残し、
高層ビルを上から下まで眺めた。そして、一歩。一歩前へ踏み出した。
ビルの窓ガラスに映る自分は、少しづつ形を変えた。赤子から、僕。そして俺。めくるめく兵隊時代。そうかあいつは、そうだったな、、俺はたくさんのことを思い出した。落ちる寸前、俺が見たのは彼女の顔だった。本来あるべき彼女の顔。俺の隣で笑ってくれる彼女、コーヒーを片手に、新聞を読み、彼女がそれを見て、「食事中ぐらいやめなさい。」と言うのだ。全てはあるはずだった未来。俺はその時、涙を流した。
さまよう、いつかと同じに、そしてまた彼に会う。俺は彼に言った。
「結局間違いだったよ。」
「そうか、残念だったね。」
俺はそこで連れて行ってもらった。全ては恋に狂った男の話。ちっぽけな僕の話。だが、俺は思った、次は彼女に逢いたいと。
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