冷たい冬

 気分でここに来た。八年前だったか。ほんの気分なのだ。ただ、気分で命を落としてしまったというのは、いささか悲しく思う。岩礁から足を滑らし、波にさらわれた。結果僕は冬の海辺の怪談の一つとなった。内容は『冬の海辺に男女でいくと、男の方が必ず怪我をし、白い幽霊に会う』というものであった。いや、違うんだ。少し見てるとイライラしてね。岩場ではやらないようにしてるよ。そして冬の海辺にはもう一つ怪談がある。それは『冬の海辺から貝殻を持って離れることはできない』というものであった。これの真実を僕は知っている。実は僕が普段いる海辺の岩礁よりさらに陸辺、小さな洞窟がある。ここに少女がいるのだ。もちろん幽霊のね。彼女とはよく話す。彼女曰く、貝殻を拾って帰ろうとしたら死んでしまったため、貝殻を持ち帰る人間が出ないようにしているらしい。

 彼女はとても澄んだ声をしていて、僕にとってとても大事な人だった。おかしな話さ。幽霊同士の恋愛なんて実るはずもない。けど、彼女が好きだった。僕たちは永遠にここを離れることが出来ない。それこそ、死体が見つかったりしない限りね。もしくは死体が完全に分解されたときか。お墓なんて、嫌だね。僕たちよりもっと長い間待たなきゃいけないんだ。まぁここは普通の幽霊にとっては、人が少なくて、いささか寂しいけどね。僕は彼女だけで十分だった。

 彼女にも前聞いた。「寂しくないのか」と。そしたら彼女なんて言ったと思う?「一人じゃないからさみしくない!」だって。僕はやはり彼女が好きだった。

 前、気分で彼女の手を握った。冷たい手だった。でも彼女の笑顔はとても暖かくて、冬が少し薄れた。あぁ、また冬は終わる。

 「また来年」彼女はにっこりして「うん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る