第20話 近衛騎士の訓練風景

「このたびソフィア様の近衛として騎士に任命されましたキイチ・サイトウです。皆さんよろしくお願いします」

 ペコリとお辞儀をして騎士団達の前で挨拶をする。

「よろしく。模擬戦見たよ。すごかったなあ。まさかカヴェナントの副団長に勝つなんて、強いな」

「ああ、そうだ。今度俺にも稽古をつけてくれよ」

「俺も頼む!」

 近衛騎士達は向上心が高いようだ。それに気軽に声をかけてくれる。


「でもまずは近衛の仕事内容から教えていかないとな。それに話がある。稽古はその後だ」

 フレディが間に入り説明してくれた。稽古はおあずけになった。ブーブーと周りが騒ぐ中、個室に連れていかれ、近衛の仕事をレクチャーしてもらう。講師はフレディだ。

「近衛の仕事は王族の護衛だ。王陛下、王妃、王太子、王女の4人の方をお守りするためそれぞれの組に分かれて活動している。それと王城の管理があるので五組ある。俺たちは当然ソフィア王女の護衛になる。近衛騎士団は全部で五百人いるが王城管理で四百人、王陛下に四十人、王妃、王太子、王女で二十人づつの近衛が配置されている。今回基一が入ることで王女の近衛は二十一人になるな」

「ふむふむ」

「そして姫様が魔族の討伐に行くなら二十一人から選抜した中隊規模になるだろう。中隊は四人小隊が三つぐらいだな。だからトロールやオーガ一体なら倒せるがそれ以上の規模だと難しくなる。もしオーガが他の魔族を連れて村などを襲ってきた場合は他の冒険者かブルーベル騎士団に協力してもらわなければ勝てないだろう。そのあたりの連携も近衛の仕事になると思う。姫様を確実に守りながら北部を回り、連携して魔族を倒す。中々難しい仕事だぞ。これは」

「でもフレディ達はそれを今までやってきたじゃないか。敵がより強くなって戦力の規模も上がるだけだろ? ならいけるんじゃないか?」

「そうだな。だが怖いのはまだ戦ったことがないオーガやトロールがどれだけの強さなのかだな。俺たちの想像を越える強さだったらどうするかだ。勝てないとわかった場合、どうやって姫様を逃がし、誰を犠牲にするかを決めなければならない」

 フレディが厳しい意見を言う。基一もそれをわかっている。

「そのあたりは姫様とフレディに任せるよ。俺には騎士のみんなのことはまだわからないからな。誰に家族がいるかとか、そいつが死んでも生きていけるのかとか」

「ほう、そのあたりは経験済みか。大したものだ。理解が早くて助かる。わかった。俺が優先順位をつけさせてもらう」


 フレディと魔族討伐について一通り話したあとは他の騎士たちの稽古に参加することにした。いやな話のあとは体を動かすに限る。

「おっ、来た来た。おーい。こっちに来て早速稽古をつけてくれよ」

 騎士の一人が基一を呼ぶ。

「ああ、いいよ。まあ稽古といってもみんながどれだけの強さなのかわからないから模擬戦でもいい?」

「よし、じゃあ俺からだ!」

 威勢のいい若い騎士が一番手を買って出た。

「いいぞアルビー! 近衛騎士の強さを新入りに見せてやれ!」

 ワーワーと周りが騒ぎ出した。

「アルビーさんだね。サイトウキイチだ。よろしくお願いします」

 ペコリとお辞儀して基一は練習用の木剣を左腰に添える。

「アルビー・スチュアートだ。さて、まずはお手並み拝見だ」

 アルビーは右手に木剣、左手に丸盾を持っている。盾で正面を守り、右手を盾で隠すように構えている。防御優先の構えだ。それに対してキイチは居合の構えのまま半身で待つ。

「おいおい、どうした。来ないのか?」

 アルビーが挑発する。乗らなくてもいいのだが模擬戦だ。

(ここは攻めるか。)

 居合を解いて剣を中段に構える。盾装備の騎士に対しては不利な構えだ。

 アルビーはかかったと思いニヤリと笑う。

「はは、そうかそうか。かかってこい」

「じゃあ遠慮なく」

 基一はとんっと後ろの右足で地面を蹴って一歩前進する。しかしその一歩はまるで飛ぶように長い距離だった。

「!」

 振り上げた基一の剣から守るように盾を上向きに上げ、同時に右手の剣でいつでも突けるよう引いたアルビーは盾に衝撃が来ないと思った瞬間にすでに左横にキイチがいることに気付く。盾で視界をふさいでしまった分、相手の動きが見えなかったのだ。

「これで一本だ」

 基一の剣先はすでにアルビーの首元に添えられていた。

「は、速い! 速すぎる!」

 アルビーは基一の剣の技術に感服した。

「いや。参った。とてもじゃないが勝てない。でもすごいな、なんて速さだ」

 アルビーの言葉に周りで見ていた他の騎士たちも言う。

「とんでもないやつが来たな。こりゃあれだな、剣の天才だな」

 口々に天才だとほめたたえられる基一は、

「いや、これは才能じゃない。修練で磨いた技術だ。だから訓練すれば誰でも早く剣が振れると思う」

「ご謙遜を。こりゃ才能あってのものだろう」

「そうだな」

 口々に言う騎士達。

「ならグレースと模擬戦をやってみてよ。グレースもこの半年でだいぶ剣筋が速くなったよ」

「えっ、グレースだって?」

 みんなが一斉にグレースに向く。それを見たグレースは、

「ええっ、そそそんな、キイチさん、なんてことを。私なんてまだまだで……」

「いや、グレース。やってみてよ。ここいらで自分の技量を知るのもいい経験だと思う」

「そ、そんな!」

 グレースはガタガタと震えだした。引っ込み思案のグレースは今までこれほど注目されたことなどないからだ。


 そんなグレースに基一は近づいて言う。

「グレース、大丈夫だ。君は強い。今までの修練や魔族討伐で驚くほど成長したよ。

俺は君みたいにこんなに短期間で成長した剣士を見たことがない。いいか、自信を持つんだ。すでに君は立派な正道一刀流の剣士なんだ」

 基一の言葉にグレースは喜びと自信が湧いてきた。基一に褒めてもらえた。基一の剣、正道一刀流の使い手だと認めてくれた。なら、怖気づいている場合じゃない。基一の剣が強いということを、私が証明するんだ。そう思うとグレースの表情は変わっていった。

「はい。わかりました。どなたか模擬戦のお相手をお願いします」

「グレースが自分からあんなこと言うなんて。まじか!」

 みんなが驚いている。後ろで見ていたフレディは妹が成長していることにうれしくなった。

「わかった、なら俺が相手をしよう」

 出てきたのはベテラン騎士のジェイデン・ウインザーだ。彼は三十歳で近衛の職を十年務めている。アルビー同様に片手剣と丸盾を使う。

「グレース、冒険でどれだけ強くなったのか、俺が確かめてやる。こい!」

「はい!よろしくお願いします!」


 お互いに構える。先ほどのアルビーと同様に丸盾を正面に構えるジェイデン。一方のグレースは基一と同じ中段の構えをとった。正道一刀流、一の型だ。

(一番大事なのは基本だけ。基本の一振りで相手は倒せる)

 基一の教えを自分に言い聞かせ、迷いを無くすグレース。

「さあこい! グレース。お前の剣を見せてみろ! それともやっぱりダメか? 何を習ってもお前は強くなれなかったか?」

 ジェイデンの挑発だ。しかしグレースは乗らない。いや、

「はい。私は何をやっても弱いです。ですが、この試合は負けられません。私は弱いけど、キイチさんに教えてもらった恩に報いねばなりません。キイチさんの剣が正しく強い剣だということを証明する。だから弱い私でもこの試合は負けられない」

 グレースの気迫にみんなが息をのむ。

「ほう、いい顔になったなグレース。なら見せてもらおう。行くぞ!」


 ジェイデンが盾を掲げながら進んでくる。剣先一ヤードのところでグレースは剣を振り上げる。ジェイデンは限界まで左手の盾を前に伸ばし、右手の剣を後ろに引く、突きの構えだ。アルビーよりも視界を確保しながら盾をぶつける勢いで前に押し出した。

「はっ」

 グレースはそれを左によける。しかし合わせて盾を右に回すジェイデン。常にグレースに盾を向けていればやられることはない。

 相手が疲れるか、ミスを起こせばすぐに突いてやる。

 そう思っていたが結果は一瞬だった。右に回した盾の左からグレースが見えた。

「!」

 フェイントだ。グレースはジェイデンの右に回り込むと思わせてすかさず正面にもどり、さらに左側に回り込んだ。一瞬遅れたジェイデンはすかさず左に盾と体を回そうとしたが、視界に入れたグレースを見るとすでに剣を振りかぶっていた。大きく左に回り込んだにもかかわらず、グレースの姿勢はまるで正面から打ち合ったようにまっすぐだった。

「や!」

 コツン、とジェイデンの額当に剣が当たった。

「な!」


 ジェイデンも、廻りの騎士たちもその結果に息を飲み、すぐに歓声が沸いた。

「すごい! グレースが勝ったぞ! なんてこった!」

「なんだ? 今何が起きた? あいつどうやって回り込んだんだ?」

 ワイワイとグレースに駆け寄って褒めたたえ始めた。

「え、い、いや、あの、ちょっと」

 グレースがタジタジだ。いつもの内気なグレースに戻ってしまった。

「やったなグレース! 見事な一本だったぞ」

「! はい! ありがとうございます。先生!」

 基一が駆け寄るとグレースの表情がぱっと明るくなる。それを見たみんなが、

「ほほぉぉ、そういうことか。グレース、お前あれか。落ちたのか? ん?」

 騎士の一人がグレースにささやく。みんなニヤニヤとやらしい笑みを浮かべている。

「ななななんですか!? そそそんなんじゃありません! 私はただ先生の剣の教えに報いるためにぃ」

「そうかそうか。ああわかったわかった。やったなグレース。成長したんだな。騎士としても、女としても。はっはっはっ」

「「「はっはっはっ」」」

 みんなでやらしい笑いを浮かべている。


「おいこら。グレースをいじめるな。すごかっただろ? 今の。彼女はそれはもう修練を一日たりとも怠らずにだな」

 基一はグレースがいじめられていると思い間に入るが、

「ほほお、そうですかそうですか。いや、こりゃ参りましたわ。おめでとうグレース。しっかりつかまえとけよ」

「何がおめでとうだ。まあ、そうだな。グレースおめでとう」

 基一はよくわからないながらグレースに言う。

「ちょ、キイチさん。それってどういう?」

「えっ、グレースの騎士としての成長を祝ったんだけど。ちがった?」

「い、いえ、ちがわないです。はい」


 はあ、ないわー鈍感だわーとかぽんこつだわーとか周りが二人を見てぶつぶつ言っている。それを見てフレディだけがぶすっと膨れていた。


「みんなどうだった? グレースの剣術は。修練すればどんどん剣筋は速くなると思う。良かったら稽古方法とか教えるけどどうする?」

 みんなは顔を見合わせて、

「「「よろしくお願いします。先生!」」」

「ああ、よろしく」


 正道一刀流の弟子が一気に増えるのだった。

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