第21話 王都での休日
基一が近衛騎士になって数日が過ぎた。剣術の稽古を他の騎士たちに教えつつ、近衛の仕事を覚えていく日々だ。今日は週に一度の休日である。基一はフレディやグレースたちと王都を散策することにした。ソフィアは王女だから無理だろうと思っていたがうまく抜け出してついてきた。
「ふふん。あなたたちだけで楽しもうなんて許さないんだから。さあ、行きましょう」
王女ご機嫌である。あの後、王陛下から今後の行動は自由に決めていいとのお達しがあったのだ。ただ、どこに行って何をするかは事前に報告しなければならない。
今日も王都の調査と称して基一たちと遊ぶ算段のようだ。
まあ、休日だ。王女も休息は必要だろう。
そう思う基一だった。
王都はレクサムよりかなり広い。石畳の道が延々と続き、多くの店が出ていた。
「すごいな。こんなに大きな町を見るのは生まれて初めてだ。俺が住んでた松阪の城下町よりもずっと大きいぞ」
基一の言葉にソフィアは自慢げだ。
「ふふん。そうでしょ。なんたって王都よ王都。国の首都なんだから当り前よ。あなたのマツザカの町は領の城下町でしょ。そりゃ大きさが違うわね。よく見るといいわ」
偉そうである。まあでも確かに広い。
「そうだな。姫様の言うとおりだ。俺は井の中の蛙だったよ。よし、いろいろ見てみよう」
文句の一つでも返ってくるかと思っていたソフィアは面食らった。
「えっ。そ、そうね。私もなんか言い過ぎたわ。ごめんなさい。あなたの住んでた町を小さいだなんて馬鹿にして」
「小さいけど馬鹿にすんな。あれでもいい町だったんだ」
「あっ、ごめんなさい」
ソフィアがしょげた。素直なソフィアは正直なところすごくかわいいと基一は思った。容姿といいドストライクなのだ。
「い、いや。気にしないで姫様」
「それよ」
「えっ」
「その姫様ってのやめて。それに他の人が聞いたらばれちゃうわ」
「あっ、そうだな。すまんソフィア」
「はい。じゃあ行きましょう!」
なぜかルンルン気分のソフィアに三人はついていった。グレースはなんだかやさぐれていた。
基一には行きたいところがあった。武器屋と鍛冶屋だ。基一は刀を持っているが今後多くの魔族討伐を行うには手入れも必要なので予備がいる。それにグレースの刀もほしい。グレースは刀に近づけるためにレイピアを使っているがやはり刀とは使い勝手が違うため、基一はグレースに刀を打ってくれる鍛冶屋がないか探すことにしたのだ。
「武器屋をひととおり見たがやはり日本刀のような剣はないなぁ。やっぱり鍛冶屋に作ってもらうしかないか」
「じゃあ、鍛冶屋に行くか? この武器屋通りの向こうに鍛冶屋がいくつかあるぞ」
フレディの先導で四人は鍛冶屋を訪ねることにした。武器屋通りの奥に進むと武器専門の鍛冶屋がある。まずは一件目。
「この刀と同じものを作ってもらいたい。できるか?」
鍛冶師に基一が刀を見せる。
「なんだこれは。変わった剣だな。少し反りがある。それにこの刃の紋様はなんだ?」
「えっとこれは日本刀といって、切ることを重視した剣なんだ。紋様がでるのは複数の金属を混ぜ合あわせてるからだろうな」
「複数の金属を混ぜるのか? それはなぜだ?」
「折れないようにするためだ。固い金属とやわらかい金属を何層にもして重ねてあるんだ。だから剣の腹に力がかかっても曲がったとしても折れない」
「なんだって? そんな製法は聞いたことがないぞ。どうやって重ねるんだ?」
「俺も詳しくは知らないんだけど、熱しながら叩いた金属を折って重ねてそれをまた叩いて折って重ねて、てな感じになる」
「それを何回やればこんな風になる?」
「たしか十五回だ。三万三千層になる。それ以上でもそれ以下でもだめらしい」
「なんだそりゃ? あんたの言い分が正しければ無理だな。他を当たってくれ」
「そう言わずに。できないことじゃないんだろ?」
「できなくはないかもしれんが十五回も均等に折り込んで剣を作るとなるとこれ一本で何か月もかかるし普通の剣が三十本は作れるぞ。無理だな。まず集中力が持たない」
断られた。他を当たることにした。
「なあキイチ、本当にそこまでしないといけないのか? この刀は。予備ならもうちょっと質を落としてもいいんじゃないか?」
フレディが妥協案を尋ねる。
「いやだめだ。層が少ないと極端に質が落ちるんだ。いや少なくてもいいんだが、なんていえばいいかな。俺がこれを使ってるだろ? それで予備の剣に持ち替えたとする。それがいつ折れるのか、曲がってしまうのかわからない。そんななかに強敵が現われたときに、戦えるか?」
「別に戦えるんじゃないか? もっと予備を用意しておけばいいんだ」
「いや戦えない。剣は武士の命だ。一心同体なんだ。武士が剣を疑ったらもう勝てないし戦えない」
「でもいつかはその剣も折れたり曲がったりするんじゃないか?」
「その時は剣と一緒だ。剣が折れたらそこまでだ。だからそれだけ信頼できる相棒がほしいんだ」
「そんなものか。しかし参ったな。今の鍛冶師の話だと誰も作ってくれないんじゃないか?」
「まあ、地道に探してみるよ。今日はもう一件だけ行ってみたい。みんないいかな?」
三人はうなずき、最後にもう一件鍛冶屋を尋ねることにした。
先ほどの鍛冶屋といい、この通りには大きくてきれいな鍛冶屋が軒を連ねている。
剣は武器屋で汎用のものを買うか鍛冶屋に自分専用のものを頼むかする。そのため鍛冶屋はより裕福な顧客を望むために店構えもしっかりとし、貴族が好む装飾で飾っている店が多い。
そんななか、
「ん?あそこも鍛冶屋か?」
基一は一件の店が気になった。そこは他と違って質素な構えの店だった。奥を見ると薄暗い店内だった。しかしよく見るときれいに手入れされたいい店だった。
「よし、ここにしよう。ご免!」
基一はすたすたと中に入っていく。他の三人はあまり見栄えの良くない店構えに顔をしかめながらも入っていった。
「なんじゃ。客か?」
どすどすと床を踏み鳴らしながら一人の男が奥から出てきた。背は低く四フィート(百二十センチ)ぐらい、ずんぐりとした体形で無精ひげを生やしていた。ドワーフだ。
この世界には人のほかに亜人なるものが存在する。エルフやドワーフだ。ドワーフはアルビオンの東にある国、ロマリア王国の、そのまた東にあるゲルマニア共和国に多く住む種族だ。ゲルマニアは北と東が魔族領の境界となっており、北東の国境沿いにはドラケンスバーグ(龍の山々)という山脈が横たわっている。そこではミスリルやヒヒイロカネなどの魔力を帯びた鉱石がとれる。ドワーフはドラケンスバーグにいたが魔族の侵攻で故郷を追われ、多くがゲルマニア国内で鍛冶屋を営んでいるという。
「あなたはドワーフの方ですか? ベルファストにいらっしゃるなんて珍しいですね」
それを知っていたソフィアが声をかけた。
「ふん、そうだな。アルビオンだと北のレスターなら何人かいるがな。わしはあちこちと移住しながら鍛冶をしとる。今はたまたまここにいるだけじゃ。それで? 何を作ってほしいんだ?」
ぶっきらぼうだが聞いたことにはちゃんと答えてくれる。基一にとってきらいじゃない職人肌の人だと思った。
「この剣と同じものを作ってほしいんだ」
「何じゃこれは? 変わった剣だな。ほう。これは美しい。今まで見たことのない作りじゃ」
ドワーフは基一から受け取った刀を鞘から抜いてまじまじと見ている。隅々まで見たり、ぶんぶんと振ってみたりしている。
「こりゃすごい。何層も重ねて作っとるようじゃな。しかしなぜじゃ? そんなことせんでも一番固い鉱石を使って一枚で叩けばいいものを。いや、ちがうな、これは固いだけじゃない。しなる感じもする。こりゃ折れない剣をめざしたのか。柳の枝のようにしなやかで、それでいて切れ味もすさまじい。そんなコンセプトじゃな。素晴らしい」
「おおお! わかるか! これの良さが。そうだろ! すごいだろ。そうなんだよなあ! いやあ日本刀の良さがわかるなんて、あんた大した鍛冶屋だな」
「これはニッポン刀というのか。聞いたことがないな」
「日本てのは俺がいた国の名だ。だから外国から日本刀と呼ばれる。国の騎士たちはみなこの刀を持ってるんだ。ちなみにこの刀には名前があって三日月宗近だ。作者が三条宗近という人で刀身の三日月模様からそう呼ばれるようになったんだ」
珍しく基一がべらべらと話し出した。他の3人は呆気に取られていた。
「三日月? なるほど、この紋様か? てっきりこの反りのある刀身から来たのかと思ったわ」
「それも三日月っぽいけど、この紋様から来てるんだ。何しろ刀の刃紋は三十種類とかあるからね。」
「ほう、そんなにか。すごいな。ところでこの刀とやらの材質は何じゃ? わしにはわからんものが入っておるぞ、特にこのやわらかい素材がわからん」
「いや、それは俺も詳しく知らないんだ。その、何と言ったらいいか。もしかするとここにはない鉱石かもしれない」
「? なら全く同じものは作れんが、わしが考えた鉱石を混ぜて同じような質を持った刀を作るというのでいいか?」
「えっ作ってくれるの?」
「? そのために来たんじゃろ? ドワーフのわしのところに」
「いや、ここに入ったのはたまたまなんだ。実は他の鍛冶屋に言ったら断られてしまって。最後に一軒入ってみるかあってなって偶然入っただけなんだ」
「……お前、嘘がつけんタイプか。まあいい。わしはそんなヤツはきらいではない。そうじゃな、これじゃと素材の準備も合わせて一か月はかかるな。いいか?」
「えっそんなに早いの?」
「みたところあまり時間をかけずに一気にやりきる方がよりいいものができそうじゃ」
「できたら二本ほしいんだけど。俺とこっちのグレースの分と一本ずつ」
「わかった。一本一か月ずつじゃ」
「じゃあグレースの刀から打ってくれ」
「キイチさん、私は後で結構です。先にキイチさんのを」
「いや駄目だ。俺はまだこの宗近があるからグレースの方から作る。早く刀になれないといけないからね」
「は、はい。ありがとうございます!」
グレースがデレデレしだした。体の動きがふにゃふにゃだ。
「ちっ」
ソフィアが舌打ちして足を貧乏ゆすりさせている。まるで王女に見えない。
「じゃあ嬢ちゃんの剣を見せてくれ」
グレースが鞘ごと両手で渡す。
「なんじゃ、こっちはレイピアか」
「ああ、ここでは刀がどこにも売ってないから近いものをと思ってこれにしたんだ」
「ちゅうことは三日月刀は突き主体の剣か?」
「違う。切ることが主体だ。突きも使うがあくまで切るためのものだ。対人用だとレイピアぐらい短いんだけど、これはあやかしを切るために少し長めに作られてる。だから魔族を切るために使う」
「なるほどな。そのための反りか。わかった。じゃあ刀を振ってるところを見せてくれ」
「グレース、俺の刀を使って型を見せてやってくれ」
「は、はい。ではお借りします」
グレースが基一の刀を受け取る。実はグレースが刀を握るのはこれが初めてだった。にもかかわらず握った刀はしっくりくるものがあった。
「なんか持ちやすい。なんでだろう? あっ抜きやすい! えっなにこれすごい。ああっすごい! はあああ!」
グレースが変な声を出しながら刀を振っている。キイチと鍛冶師はなぜかもじもじしだした。ソフィアは貧乏ゆすりが激しくなっていった。
「あざといわね。ちょっとグレース! 変な声だすのやめなさいよ!」
「えっ、す、すいません。先生の剣がすごくしっくり来てしまって。なにか私の中に入ってくる感じがして。その、先生の、あれが……ふああああっ」
「あんた何言ってんの?」
「はっすいません」
「グレース、もうちょっと真面目にやってくれるか? このままだとお色気むんむんの刀ができちゃうぞ」
基一もグレースに言う。
「いやだわ。きれいだなんて」
「「そんなことは言ってない」」
ソフィアとフレディの声がハモった。
グレースは気を取り直して刀を振った。
一の型、中段の構えからの正面切り、
二の型、上段の構えからの正面切り、
三の型、振り下ろしから切り上げ、などなど
「ほう、嬢ちゃんもなかなかの剣の達人じゃな。この剣をうまく使いこなせている」
「ありがとうございます。でも刀を握ったのはこれが初めてです。その、せ、先生のモノを、握るのは、きゃっ」
「……そ、そうか。もうわかったぞありがとう。あとは嬢ちゃんの背丈に合わせて長さを調節すればいいか?」
「そうだね。それで頼みます」
クネクネしているグレースに代わり基一が答える。
「あとは素材じゃな。ヒヒイロカネとオリハルコンが一番じゃがオリハルコンは無理じゃな」
「そのオリハルコンてのはどんな材質なんだ?」
「現存する鉱石で一番固くて魔力吸収も高いんじゃ。じゃがアトラス山脈の採掘場付近にオーガが出るようになったらしくてな。あまり取れていないらしいんじゃ」
レスターで聞いた三パーティが全滅した件だ。採掘場とレスターをつなぐ街道に出るため討伐隊が結成されたが全滅してしまった。以降採掘場との往来が中断されているためオリハルコンが入手できていないのだ。
「じゃから代わりにミスリルを使う。それでもかなりいい剣が作れるはずじゃ」
「わかった。じゃあそれでお願いします」
「よし。じゃあ一か月後にまた来い。わしはガルムじゃ。武器なら他にも何かあれば来い」
まずはグレースの刀を一か月後に作ってもらうことで店を出た。
「それにしてもよかったですね。刀とやらが作れる鍛冶師がいて」
ソフィアが言う。
「はい。この世界での刀がどんなものになるのか、楽しみです」
「あ、あの、キイチさん、刀をお借りして、ありがとうございました」
グレースが基一の刀を返す。
「ああ、どうだった。やっぱり使いやすかった?」
「はい、とっても。刀を振って初めてわかりました。やっぱり先に作らせていただけて良かったです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます