第19話 模擬戦
王城内の近衛騎士団の修練場に来た。詰所からわらわらと人が出てくる。フレディとグレースも見える。
グレースは基一を見て顔を明るくさせた。
「キイチさん! 近衛騎士になれたのですか?」
「いや、これから模擬戦をして勝ったらなれるらしい。だから見ててね」
「はい! 頑張ってください」
当然グレースは基一を応援するが、出てきた対戦相手も見て顔色が変わった。
「う、うそ。あれはカヴェナント騎士団の……」
姿を現したのはアルビオンの西を守備するカヴェナント騎士団の騎士だった。
カヴェナントは軍務卿アイザック・クライスポート侯爵が率いる騎士団だ。西にはガリア帝国があり、常にいざこざが起こっていて対人戦に強い騎士団だ。対戦相手はその中で一番強いとされる副団長のジョージア・クライスポート。軍務卿の長男だ。彼はバスタードソードを使う。両手剣と片手剣の中間ぐらいの剣で両手なら素早い動きで片手剣を簡単にへし折ってしまう対人武器だ。
「君が近衛騎士になりたいっていう身の程知らずな平民か。おいおい。まだ子どもじゃないか。こんな奴が本当に俺とやり合うって? 模擬戦でも死ぬかもしれんぞ」
模擬戦は刃のない剣を使うが実際に敵にあてても反則にならない。金属製なので当たれば骨が折れたりする。そのため周りには治癒魔法士が控えていた。
「ご心配に感謝します。でも問題ありません。それに俺はこれでも三十五歳です。子供じゃありません」
「うそだろ? サバ読みすぎじゃないか?」
「はあ。またですか。嘘ではありません。本当に三十五です。フレディ、説明してくれよ」
「いや、俺に言われてもな。俺もお前から聞いただけだから本当かどうかわからんぞ」
「お、おい。今まで一緒にいたんだからなんとなくでもわかるだろ?」
「まあ、確かにキイチの言動は子供とは思えんところが多々あるな」
「ふん、まあいい。後悔するのは変わらんからな。ではいくぞ」
ジョージアが横にいた騎士に目配せする。
「それでは模擬戦を始める。剣に刃はないが当たれば怪我をする。寸止めでも有効とするがあてても反則にはならない。勝負は一本とったものの勝ちだ。判定は私が務める」
ジョージアが練習用のバスタードソードを構える。基一は片手剣を借りてきて、鞘はないが左手に持ち、刀の納刀状態のように左の腰元に添えていた。
「それでは、はじめ!」
基一は柄に右手を添える。居合の構えだ。
「おい。構えんのか? なめた真似を。では私からいくぞ」
この国では居合という剣技はない。戦うときは必ず剣を抜き、いつでも振れる状態にしておくのが当たり前なのだ。
ジョージアが地面を蹴り、剣を振り上げた。その距離三ヤード。
カン!
「!」
一瞬の出来事だった。ジョージアが基一の頭に剣を振り下ろす直前には、もうすでに基一が逆袈裟に剣を振り上げていた。軽くジョージアの胸当てに当たっていたらしく、白い線が入っていた。
「「「なっ!」」」
見ていた騎士たちが絶句する。基一の動きを誰もとらえることができなかった。
「やった!」
グレースが小さくガッツポーズをとる。
「判定は?」
剣を振り上げたままの姿勢で基一が審判の騎士に尋ねる。
「えっ。いや、どうだろう?」
審判も見えていなかったのだ。
「じゃあもう一回やる? 今度はもうちょっとゆっくりやってみるよ」
「くっなんだと? 貴様今何をした。」
「普通に剣を振りぬいただけです」
「魔法か何か使ったのだろう。これは剣の試合だ。反則だぞ」
「いや、使ってませんよ。俺は魔法が使えない」
「ふん、まあいい。どちらにしろ今のは無しだ。誰も何が起きたかわからないのだからな。反則もとらないでおいてやろう。ただし、次また何か使ったら反則だぞ。わかったか」
「いや、何も使ってないから。でもわかりました。次はもっとうまくやります」
再度対峙する。審判が掛け声をかけ再試合が始まった。
ジョージアは剣を中段に構えてじっと基一をみた。
(今のはなんだ? こいつは何を使ったのだ。くそっ何も見えなかったぞ)
内心ではどうすれば勝てるかを考えていたが何も思いつかなかった。
「来ないならこっちから行くよ」
今度は基一から動いた。居合を解き、剣を抜いて中段に構え、足さばきで前へ前へと進み剣先が一ヤードのところまで近づいて剣を振り上げる。
(よし今だ!)
ジョージアは基一が剣を振り上げたと同時に鋭い突きを放った。基一の首に向けて。
カツン!
突きは基一の振り下ろす剣で下に逸らされる。剣が地面にあたりジョージアは体制を崩した。
「うお!」
しかし恵まれた身体能力で素早く立て直し、剣を振り上げた。
カツン!
またしても基一に迫る剣の腹に当たってうまく逸らされる。今度は剣が天を向いてしまった。
「くそっ」
ジョージアが立て直そうと剣を返そうとしたがその間に基一が懐にゆらーっと滑り込んできた。なるべく速度を落としていたため気持ち悪い動きになった。
ジョージアの首筋にピタリと剣をあてて基一は審判をみた。
「はっ。い、一本! それまで!勝者はキイチサイトウ」
「「「わあ!」」」
と周りの騎士たちから歓声が沸いた。皆剣を志す騎士だ。素晴らしい試合を見て盛り上がらないわけがない。
「すごい! すごいです! キイチさん! やったやった!」
グレースも大喜びだ。基一は一礼してジョージアに近づく。
「ありがとうございました。いい試合でした。ただ少し相性が良かったのでしょう。俺は速さ重視の剣だから。あなたは力の剣のようだ。また機会があればよろしくお願いします」
相手を敬い基一がペコリとお辞儀をした。
「ふ、ふん、そうか。そうだな。……いや、違うな、そうじゃない。この試合、私の完敗だ。とてもじゃないが勝てるとは思えん。悔しいが負けを認めよう。いい勉強になったよ」
ジョージアがあっさりと負けを認めたことに廻りは驚く。
「副団長が負けを認めたぞ」
同じカヴェナント騎士団員たちが珍しいものを見たように言う。
「仕方あるまい。技量でも上、器でも上のヤツを相手に言い訳などできるか。行くぞ」
ジョージアは団員を引き連れて城内へ戻っていった。
「なかなかいいやつだな、素晴らしい騎士だ。なるほど。騎士もいいものだな」
武士と騎士、国も世界も違えど剣を交えれば分かり合えるのかもしれない。そう思うとうれしくなった基一だった。
「キイチさん、お疲れ様でした。お見事でした」
「相変わらず速いな、お前の剣は。まるで見えなかったぞ」
グレースとフレディが基一に近づいて労ってくれた。
「ありがとう。でもこれで俺も近衛騎士になれたかな」
「そういう約束なんだろ? なら大丈夫だろう。おめでとう。これでお前も近衛騎士だ。これからもよろしく。」
フレディが手を出してきたのでそれにこたえる。
「ああ、よろしく、先輩がた」
「もう、キイチさんたら」
三人で笑いあった。これで一つの課題が達成できた。
模擬戦のあと、再度謁見室に呼ばれた基一は王から正式に近衛騎士に任命された。
「模擬戦は見事だった。約束どおり、近衛騎士に任命する」
「はっ!有りがたき幸せ。誠心誠意務めさせていただきます」
「ソフィアを頼んだぞ。キイチよ」
「はい。最善をもって姫様をお守りいたします」
こうして基一はアルビオンの騎士となった。
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