第17話 聖剣召喚の儀

 アルビオン王国はイーリス大陸のほぼ中央に位置する。東はロマリア王国、西はガリア帝国が隣接する。ロマリア王国とは過去に王族同士の婚姻もあり、友好な関係を築けていた。

 一方のガリア帝国とはあまりいい関係とはいえなかった。過去には何度も戦争が起きたほどだ。二国間の境界には互いに砦を設け、騎士団が国土を守り、常に小競り合いが続いている状態だった。

 ガリアの北側は魔族領に面している。アルビオンがそうであるように、ガリアでも北部は魔族被害に悩まされていた。二国に跨るアトラス山脈はオリハルコンという鉱石が採れる。魔力を吸収できる魔鉱石の中でも最も硬いのがオリハルコンだ。

 魔鉱石は加工すれば強力な武器となる。その魔鉱石は魔力が強い地域にしかできない。魔族領だ。

 魔族を倒すためには魔族領に面した危険な場所で魔鉱石を採らなければならない。そのため常に多くの犠牲を出しながらも採掘を続けるしかないのだ。


 ガリアの帝都シルヴェスタではある儀式が行われようとしていた。

「お父様、それでは始めます。よろしいですね?」

「ああ、いよいよだな」

 帝国城の中央にある広場では多くの魔鉱石を加工した魔導機器で埋め尽くされていた。そのほとんどにオリハルコンがはめ込まれている。魔力をためるための魔道具だった。

「これほどの魔力を使うのだ。聖剣一本などではなく、多くの兵器が手に入るはずだ」

 皇帝であるレオナルドの目は期待に満ちていた。娘である第一王女、フロレンシアが詠唱を始めた。

「サンクトゥス エト フォルティス グラディウス、ウルス イミニクス パルセット スぺス ヴェラ エリット プレティウム レスポンドゥレ、オルビス!

(聖なる、そして鋭き剣よ。いかなる敵をも切り裂く剣よ。我の願いに応え現れよ。我が望みを叶えるならば、汝が望む対価をもって応えよう。召喚!)」

 フロレンシアが魔法を発動する。すると広場一帯が白く輝きだした。かなり大きい魔法陣だ。


 ドン!!ズズーン!!

 何か巨大なものが現われたと思ったら地面に落ちた。すごい衝撃だ。まるで地震が起きたようだった。あたりは砂埃で見えなくなった。

「けほっけほっ、一体なにが……」

 塞がれた視界が晴れると、目の前には大きな建物のようなものがあった。いや違う。

「これは……船?」

 現れたのは見たこともない形の船だった。それも完全なものではなく船首側の半分ほどだ。今もガラガラと崩れ始めている。

「なんだこれは?聖剣じゃないではないか。失敗したのか?」

 皇帝が息をのんでささやいた。フロレンシアは警護の騎士達に叫ぶ。

「みなさん、この中に聖剣があるかもしれません。どうか捜索を!」

「は!」

 何人かの騎士達が恐る恐る船の中に入り、捜索を始める。そして、 

「人がいます! 男が一人倒れていました!」

「なんですって?」

 フロレンシアは思わず声を上げた。騎士達が船の中から一人の男を担いで出てきた。見たことのない服をきた真っ黒な髪の男だった。


 男を城内に運んで医師達に治療を任せ、皇帝と王女は騎士達に捜索を続けさせた。

船の中から出てきたのは大量の筒のようなものと鉱石でできた石ころのようなものだった。

「これは一体なんなのでしょうか?」

「さっぱりわからんな。これが剣なのか? まるで切れるとは思えん。」

 王女と皇帝、それと何人かの貴族達が出てきた物を調べたが、何に使うかがさっぱりわからなかった。

「これはもうあの方に尋ねるしかありませんね。」

「そうだな。では一旦これらを中に運び、彼が目を覚ましたら話を聞こう。」


 しばらくして男が目覚めたため、謁見の間に呼んだ。

「なんだここは? いったいどこなんだ?」

 男はきょろきょろと辺りを見回していた。

「皇帝陛下の前だ! 無礼であるぞ!」

 連行してきた騎士が男を𠮟りつける。

「皇帝? いったいなんのことだ。俺は船で航海中だったんだ。それがなぜこんなところにいる。いきなり無礼と言われても、俺には対処しようがない。先に説明をしろ」

「貴様!」

 騎士が剣を抜こうとしたところで、皇帝が止めた。

「よい。手荒なことはするな。この男の言う通り、先に説明せねば理解できんよ」

 騎士を後ろに下がらせ、皇帝は男に尋ねる。

「まずはお前の名から聞こう」

「……高本千景。黒潮藩のものだ」

「タカモトよ。お前はどこの国のものだ?」

「日本だ」

「ニッポン? 聞いたことがないな」

「それよりもここはどこなんだ? もしかして俺は他国に連れ去られたのか? 一体なんのために? 船に積んでいたのはミニエー銃だぞ。日本にとっては最新鋭の武器だが、他国からしたら大したものではないだろう? 一体なにが目的でこんなことをするんだ?」

「武器? 今武器といいましたか?」

 皇帝の横に立っていた女が声をかける。

「ああそうだ。どうせもう見たんだろ? 船の中を。ていうか船はここにあるんだろうな?」

「あります。中も見ました。ですが筒のようなものがある以外には何もありませんでした。武器などはどこにも……」

「筒? それ銃じゃないのか?」

「ジュウとはなんですか?」

「……おい、一体ここはどこだ? それとお前らは誰なんだ? 説明してくれなければもう何も話さんぞ」

「わかりました。ここはガリア帝国の帝都シルヴェスタの帝城です。聖剣召喚の儀で聖剣を呼び寄せたのですが、現れたのがあなたを載せた船だったのです」

「ガリア? なんだそれ、聞いたことない国だな。それにせいけんてなんだ?」

「魔族を倒すための武器です。伝承では切れない物はないとか」

「……つまりあんたたちは武器を手に入れるために何かしたわけか。まあ結果は当たらずも遠からずだったんだな」

「どういう意味ですか? 武器などはどこにもありませんでした」

「いやある。大量にな」

「……まさかあの筒のことですか?」

「そうだ」


「いい加減なことを言うな!」

 そこに貴族の一人が割り込んできた。皇帝の近衛であるドロテオ・ベガ伯爵だ。

「皇帝陛下の前だ。嘘をつくと極刑だぞ」

「嘘じゃない。本当のことだ。あんたら銃のことを知らないんだろ? ならあんたらにとってはとんでもない武器になるな」

「なに? だからジュウとはなんだ!? 包み隠さずに話せ!」

 威圧的な伯爵の態度に腹が立った高本は、

「そんなに言うなら試してみるか? 俺とお前で戦えばわかるぜ? そっちは剣でもなんでも持ってこい。俺は船にある物だけで相手をしよう」

「貴様、このわしを愚弄するか……まあいいだろう。陛下、この者の言う通り決闘をいたしましょう。それでやつの言うことが本当かどうかわかります。なに、もしやつが死ねば聖剣は何らかの理由で得られなかったのでしょう。ですがこれではっきりします」

「うむ、いいだろう。ではタカモトよ。お前のジュウとやらを使うがよい」

「ああ、わかった。だが一つ条件がある」

「なんだ?」

「俺が勝ったら俺を日本に戻せ。武器はくれてやる」

「……いいだろう」

 皇帝は了承した。しかし、高本が日本に帰ることはなかった。


 広場にはあかつき丸の船首が残っていた。

「おいおい、船を壊しやがったのか」

「いえ、召喚した時にはすでにこの状態でした。この中にあなたが乗っていたのです」

「なんだって? じゃあやっぱりあの事故は本当に起きたことだったのか……」

 高本は保管されていた銃を持っていた。オランダ製のミニエー銃だ。船から取り出され、きれいに拭かれて保管されていたため、木箱に入った火薬も弾も使える状態だった。

「よし、いける」

 高本は銃に火薬と弾を込め、五丁を目の前に並べた。

その先、三十ヤード前には騎士鎧を身に着けたベガ伯爵が立っていた。手には槍を持っている。

「ふん。時間をかけさせおって。本当にそれでいいのか?」

「ああ、いつでもいいぜ。そっちこそ本当にいいのか? 言っておくがこの武器は手加減ができない。受ければ確実にお前は死ぬぞ? 止めるなら今のうちだ。今なら許してやる」

「……一度ならぬ二度までもわしを愚弄するとは。もう我慢ならん。この屈辱は貴様の命をもって償ってもらう。ではいくぞ!」

 伯爵が槍を構えて走り出す。高本は手に持っていた銃を構える。伯爵は二十ヤードあたりまで来ていた。必中の距離だ。


 ドガン!

 すさまじい音が響いた。周りで見ていた皇帝や王女、見届け人である騎士もが思わず目を閉じ、耳を塞いでしまった。そして目をあけると、


 伯爵が吹き飛んで倒れていた。

「伯爵!」

 騎士の一人が思わず近づこうとする。

「触るな! でなければお前も決闘の相手として攻撃する!」

「!」

 高本の叫びに騎士の足が止まる。

「おい、勝敗は? 俺の勝ちでいいか?」

 見届け人の騎士に尋ねる。

「しょ、勝者、タカモト! この勝負はタカモトの勝ちとする!」


 言うなり近衛騎士たちが伯爵に駆け寄っていった。伯爵の胸には穴が空いていた。

近距離のため、金属鎧も貫通したのだ。

「……だめだ。死んでる」

「どういうことだ? 奴は何もしなかったぞ?」

「だがあのすごい音はなんだ?」

 騎士達が皇帝に伯爵の死を報告する。そして皇帝は高本に声をかける。

「おい、今のはなんだ? 一体どうやってベガ伯爵を倒したのだ?」

「だからこの銃を使たんだって。これは火薬の力でこの鉛玉を飛ばす武器だ。この距離ならそりゃ伯爵様も吹っ飛ぶだろうよ。運が良けりゃ腕か足がちぎれるくらいだが、残念だが胸に当たっちまった。即死だろうよ」

「貴様! よくも!」

 騎士の一人が殺気立つ。しかし、皇帝がそれを止めた。

「やめろ。これは正当な勝負だった。騎士達よ、下がるがよい。伯爵を丁重に葬ってやるのだ」


 死亡した伯爵を下がらせた皇帝は高本に尋ねる。

「タカモトよ。その武器の使い方を教えてくれ。それは誰でも使えるものなのか?」

 高本は銃の使い方を他の近衛騎士達に教えた。どうせこの銃は接収されるだろう。日本に帰ればまたやり直すしかない。そう思っていた。

「さあ、使い方は教えた。銃もくれてやる。早く俺を日本にもどしてくれ」

 高本は皇帝に迫る。皇帝は応える。

「すまぬなタカモト。お前を元の世界に帰してやることはできぬ」

「なんだと? ……皇帝さん、あんた嘘をついたのか? 国の長であるあんたが……」

「仕方のないことなのだ。我が国は魔族に脅かされている。そのために聖剣召喚の儀を行ったのだ。しかし聖剣は現われなかった。その代わりにお前と、その銃とやらが来た。これは神の思し召しなのだ。銃を使って魔族を倒せというな。そのためには使い方を教わる必要があった。しかしお前は反抗的な態度をとった。仕方のないことなのだ。許せ」

「何言ってやがる。勝手にこんなところに呼びつけておいて、帰さないだと? ふざけるな!」

「帰そうにも帰せんのだ。聖剣召喚は武器を呼ぶことはできるが、帰すことはできん」

「なんだと? それじゃあ俺はどうやって……」

「どうだろうか? このままこの国で銃の教育をしてくれぬか? さすれば不自由はさせぬぞ」

「……断る。嘘をつく主に使えるなんざ、まっぴらごめんだ。まるで信用できないね。俺はこれで用済みだろ? ならもう好きにさせてもらう」

 そう言って部屋を出ていこうとする高本、

「待て、一体どこへ行くというのだ?」

「さあね。少なくとも違う国にいくよ。もう会うことはないだろう。じゃあな」

 高本は王城を出て行った。六百丁のうち六丁のミニエー銃と百発の玉を持って。


「良いのですか?」

 フロレンシアが父王に尋ねる。銃という凶悪な武器の知識を持つ男を野放しにしてよいのかと言う意味だ。

「よい。手は打つ。少なくとも他国には行くことはあるまい」


 高本はシルヴェスタを出てアルビオン王国に向かっていった。しかしその途中で盗賊に会い、命を落とすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る