第16話 ある幕末の出来事

 斎藤基一が異世界に召喚される半年ほど前のこと。瀬戸内海を走る船があった。

 土佐の国にある黒潮藩の藩士、高本千景(たかもとちかげ)はオランダから買い付けたミニエー銃六百丁を積んだ蒸気船『あかつき丸』で、夜の海を進んでいた。

「すっかり遅くなっちまった。大坂に着くのは朝方だな」

 昼間のうちに出向したかったがオランダ船の到着と、荷物の引継ぎに時間がかかってしまい、出航が夜になってしまったのだ。

「まあこれが売れれば我が藩にも莫大な資金が手に入る。これからの世は戦争じゃなく経済と技術の戦いだ。これで商売を大きくした暁には我が藩が旗頭となって日本を世界に通用する国にしてやるぜ。」

 高本は野心家だった。武士として剣の腕も立つが、国際情勢を学び、自らも他国を見て廻った高本は日本の技術水準の低さを悟り、藩の資金を使い海運業を始めた。海外の技術を買い、志を共にする多くの藩にそれを売ることで商売を大きくしていったのだ。

 この日は同盟藩に銃と弾丸を届けるため、長崎から大坂を航海していた。

 船は順調に進んでいたがしかし、目的地までたどり着けない事態が起きる。

「右前方に船! 右前方に船!」

 見張りをしていた船員が叫んだ。見ると前方から船が向かってきていた。このままでは交差する。

「取り舵だ! 避けろ!」

 『あかつき丸』は左に進路を取った。相手が直進もしくは同じく取り舵に取れば問題なく回避できる。しかし、

「駄目だ! 向こうが面舵を切った!」

「なに!」

 高本は双眼鏡で相手の船を見た。軍艦だった。

 あかつき丸は全長五十メートル、百五十トンの船だ。対して向こうは八十メートルはあり、軍艦のため横幅もある。恐らく八百トンは越える大型船だった。

「取り舵いっぱい! そのまま避けろ!」

しかしこの日は銃の他にも積荷があり、今までにないほど限界まで積んでいたため、速度も舵も効かなかった。すでに何度も操艦した船だが、いつもの感覚が選択を鈍らせた。

  巨大な船が迫る。こちらが少し先行し、舵が遅れて効いてきたこともあり、横っ腹に軍艦が迫ってきた。

「駄目だ!ぶつかる!」

 船員の誰かが叫んだ。

ドガン!

 大きな音と、立っていられないほどの横振りの衝撃が起こった。

「くそっ、やられた!」

 高本は起き上がってあたりを見回す。右舷に軍艦が突き刺さるようにして止まっていた。やがてあかつき丸は傾き始めた。浸水したのだ。

「もうこの船はだめだ。全員退避だ! 巻き込まれる前に海に飛び込め!」

 瀬戸の海はそれほど大きな海ではない。それにぶつかった軍艦は沈みそうになかったため、救助されるだろう。 次々と海に飛び込む船員たち。高本はそれを見届けてから自分も避難するつもりだった。しかし、最後の一人である高本が海に飛び込もうとした時、異変が起きた。船の周りが白く輝きだしたのだ。

「なんだこれは?」

 高本は船の周りに巨大な丸い円を見た。何か文字のようなものが書かれている。明らかに自然のものではない。そして、

「艦長!」

 海に飛び込んで船の行く末を見ていた船員たちは、だんだんと消えていくあかつき丸を見た。消えたのは前半分だ。半身を無くした後ろ半分は急激な浸水に瞬く間に沈没していった。

しばらくして荒波が治まった海原には軍艦が一隻、何事もなかったかのようにそびえていた。

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