第15話 基一の能力

 盗賊に遭遇した日の夜、馬車に救出した五人の女性を寝かせ、基一達四人は焚火をを囲んで野営をしていた。二人交代の見張りだ。今はフレディとグレースが横になり休んでいる。


 ソフィアは基一におずおずと尋ねた。

「キイチ、その、昼間はありがとう。お蔭で皆助かりました」

 少し口調が固い。あれから四人の間ではほとんど会話がなかった。

「いえ。皆無事でよかった。でも、怖かったでしょう? すいませんでした」

 キイチが謝る。

「いえ、そんなことは。キイチが何とかしてくれると思いましたから」

「違います。俺のことが怖かったんでしょう?」

 キイチは焚火を見ながら、ソフィアの顔を見ずに尋ねた。

「そんなことは……ううん、ごめんなさい。やっぱりあなたが怖かったの。だってあの時のキイチは人が変わったみたいだったもの。それにあの姿は……」

「あれは俺の家系に代々伝わる能力なんです。秘剣陽炎流ひけんかげろうりゅうと言います」

「秘剣? 剣術なのですか? でもあれは剣術というより魔力のような……その……」

 (ソフィアが言いにくそうにしているな。なんだ?)

「はい。魔力かどうかは知りませんが、陽炎流かげろうりゅうはあの力が無いと使えないんです。

 集中して気を練ると身体能力が高くなります。力もそうですが速さも増します。目もいいので銃の弾丸も見えます。あとは剣が弾の速さに追いついて切り落とすだけです」

「すごい能力ですね」

「はい。俺の先祖は戦国時代に敵の鉄砲隊の弾を切り落として不利な戦いを勝利に導いたそうです。その武勲で武士になり、藩の剣術指南役を代々務めることになったと聞きます」

「そうだったんですね。……キイチ。その、言いにくいのですが」

「何でしょう?」

「あの力は……、魔族の力ではありませんか?」

「えっ」

「魔族は身体能力が高いのですが、あれは魔法なのです。特に魔族最強の種族、オーガの特徴が、体が紫に染まり、目が赤く光り、体が大きく変化します。そうなったオーガは誰にも倒すことはできないと、そのように聞いたことがあります。それに人族で体力強化を持つ者を聞いたことがありません。人族は属性魔法しか使えないのです。オーガの持つ魔力は無属性か、もしくは光属性の対となる闇属性とも言われています」

「……」

 キイチは驚愕した。自分の能力に似ているからだ。自分の右手を眺める。

「そんなことあるのか? なんでこの世界の魔族が俺に似た能力を? いやオーガは鬼か。鬼なら元の世界にもいたと記録があるぞ? いやまてよ。ウチの家系は代々鬼退治の家系だと聞いたことがある。まさか。先祖が鬼だったとか? もしくは鬼の血が混じってるのか? 俺に、あのケダモノの魔族の血が」

 基一は自分に嫌悪感を抱き、吐いた。

「うっごぼおお」

 びちゃびちゃとさっき食べた夕食をすべて戻してしまう。

「はあはあはあ」

 呼吸が荒い。ソフィアが近づいて声をかける。

「キイチ! 大丈夫ですか? 今何か拭くものを」

「近づくな!」

「!!」

 ソフィアは硬直してしまった。キイチが何者かわからない。魔族なのかもしれない。そう思うと怖くなってしまったのだ。

「す、すまない。大丈夫だ。ちょっと夜風に当たってくるから」

 そう言って基一はソフィアから離れた。


 ソフィアは自分の考えを話してしまったことを後悔した。やはり言うべきではなかった。でも自分の胸にしまっておくことができなかった。キイチに何か起こる前に何とかしたかった。そのためには本人にも伝えるべきだと思ったのだ。


 その晩、基一は戻らず、朝になって戻ってきた。


 馬車は進む、王都まであと二日ほどだ。もう一晩野営をすれば翌日の昼には王都につくだろう。

「……」

 四人は一言も話せずにいた。昨夜のことはフレディもグレースも横になりながら聞いていた。基一の能力がオーガに酷似している。基一の世界にもオニというオーガのような魔族がいたかもしれない。基一の先祖はその魔族退治を専門にしていた。

それってもしかして……いろいろな憶測がフレディとソフィアの頭に飛び交っていた。


 しかしグレースだけは違うことを考えていた。

(キイチさん、自分が魔族か何かだと思い込んでる。たぶんそうなのかもしれない。

 キイチさんの体には魔族の血が混じっているのかもしれない。でも、キイチさんの心は人族だ。それどころか誰よりもできた人だ。自分を律し、常に人として正しくあろうとする。盗賊を切った時は非情さも感じたけれど、さらわれた女の人たちの辛さを思って憎しみが増しただけなんだ。そんな感情は魔族なんかにあるわけない。何とかキイチさんに元気を出してもらわないと)

 グレースはどうすればいいか考えたが、何もできずにいた。自分の引っ込み思案な性格に嫌気がさしていた。


 そして翌日、王都に着いた。門衛にソフィア王女と近衛であることを告げ、連れ帰った女性たちの保護を頼んだ。

「ご苦労様でした。いただいた情報から盗賊のアジトは我々の方で調査いたします。

この女性たちも無事にご家族のところへ送り届けることをお約束いたします」

「頼みましたよ」

「はっ」


 ソフィアは門衛に依頼すると基一に向き直る。

「キイチ。あなたのおかげであの方たちを助けることができました。お礼を言います」

 よそよそしいのは門衛がいるからだ。ここでは王女でなければならない。基一もそれがわかっていた。

「もったいないお言葉です。姫様」

「……」

 ソフィアは何とか励ましたいがここでは体裁もある。城に戻ってから慰めよう、と思っていると、五人の女性たちが基一を囲んだ。


「あの、冒険者のかた。私たちを助けてくれてありがとうございました。

 あなたが来てくれなければ私たちはまだ地獄の中にいたと思います。きっと力尽きて死ぬまでずっと……ううっ」

 五人はしくしくと泣き出した。また別の一人が言う。

「でもあなたが助けてくれた。この体も汚れてしまったけれど、せめてあなたに助けていただいたことに感謝して、これからは何とか生きていきます。

 それと……、あの三人の娘たちはあなたに楽にしてもらえたことで救われたのです。だからどうか気にしないで。自分を責めないでください。お願いだから」

「!」

 基一は驚いたが、その後は穏やかな表情になった。

 三人は駄目だった。ソフィアたちにはそう伝えたが詳しくは精神的にすでに立ち直れない状況であり、どうか殺してほしいと懇願されたため、基一が介錯したのだった。

「ありがとう。はは、俺が助けられたよ。

 あなたたちは強い。これからは幸せになるべきだ。どうか気を強く持って生きてください」

「「「はい!」」」

 五人はお礼を言って門衛について街に入っていった。


「キイチ、よかったな。お前のおかげであの人たちは救われたんだ。誇っていいことだ」

 フレディが気遣ってくれる。

「それにお前の体が何だろうと、お前の心は人族だ。いや、並みの人よりも立派な考えを持っている。だからお前は人族だ。それでいいじゃないか」

「フレディ……ありがとう。そうだな」

 少し基一の表情が穏やかになった。

「あああの! わたしもそう思います。キイチさんは素敵な方です。だだだから悩まないでください。キイチさんはキイチさんです。私たちの大切な仲間なんです。あっ、たいせつっていっちゃった」

 グレースはあわあわとしながらも基一を慰めてくれた。

「グレース、ありがとう、そうだな」

「おほん。キイチ、私が変なことを言ったからあなたを苦しめてしまったわ。ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」

「姫様、いいえ、姫様が言ってくださらなかったら誰も打ち明けられずにいたでしょう。これでよかったんです。ありがとうございました」

「そ、そう? なら良かったわ。ならこれからもよろしくお願いね? キイチ」

「いいんですか?」

「何よ、いいに決まってるじゃないの。さあ行くわよ。これからお父様に会ってキイチを私の近衛にするの。これは決まったことだからキイチの意見は聞かないからそのつもりで」

「姫様、ありがとうございます。では、騎士になれたなら命を賭してでも姫様をお守りさせていただきます」

「だめ。命はかけないで。あなたの命はあなたのものよ。二番目に私を守って」

「いえ。それはできません。私の命はあなたに救っていただきました、それに主であるあなたのものです。これは譲れません。御覚悟を」

 キイチが自分のものに、私が何をしてもいいってこと? ぐふふ、キイチで何しようかしら?

 ソフィアは不謹慎なことを考えていたが腹黒さを発揮して顔には出さずにまったくしかたないわねぇといった感じに答える。

「もう。わかったわ。でもまずはお父様を説得しないといけないわ。どうしようかしら」

「えっ、難しいんですか?」

「そうね。だって見た目十五、六の子供みたいな男を王女の近衛にするなんて。しかもここでは平民扱いでしょ? 一般騎士なら平民出身もいるけど近衛は貴族だけと決まっているの。ちょっと難しいのよねぇ」

「そんな! 人をその気にさせておいてそんなことって。お願いします。何とか俺を近衛騎士にしてくださいよ。フレディ、グレース、お前らからも何とか言ってくれよ。俺だけ冒険者なんてやだよ。一人にしないで。お願い」

 基一が必死だ。なんかおもしろい。

「ふふ、そうね。何とかしてみるわ。あなたのために、ね? 先生。だから、騎士になったらいろいろしてもらうからね?」

「はい。騎士の仕事なら何でもしますから!」

「うーん騎士の仕事かぁ。それ以外もあるんだけどなぁ」

「それ以外でもなんでもしますから!」

「言いましたね。今なんでもと。約束ですよ、キイチ。私の言うことは何でも聞くのですよ」

「えっ、まあその俺にできることならなんでも。でもできないことはできないですよ? パンを耳から食えとか、王様のカツラをとって笑いものにして来いとかも駄目ですよ? だって王様も主なんだから」

「そんなこと言わないわよ! 何よ! 私がそんな変な命令すると思う?」

「「「……」」」

「なんでみんなそんな顔するのよ! もう! 早く行きましょ。まずはお父様に帰還の報告よ」


 四人は王城へ向かった。はたして基一は近衛騎士になれるのか。

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