第14話 盗賊
王都まであと二、三日ほどのところまできた。最後の町を出たあとは森に面した街道を南へ進むだけだ。レクサムから南下して一度も魔族には合わなかった。魔獣は何度か遭遇したが、四人の連携の前ではたいていの魔獣は問題なく駆逐できた。
フレディが御者を勤めながら進んでいたが、前方に数人の男達が道を塞ぐように立っていた。みすぼらしい恰好だが、いずれも体格がよく、剣を抜いていた。
「ちっ盗賊か。ついてない」
フレディは荷台の三人に体制を整えるよう叫んだ。
「盗賊だ! 後ろはキイチが警戒! 姫様は馬車の中で火の詠唱をお願いします。グレース、護衛は頼んだ」
「はい!」
「盗賊なんているのか。魔獣が闊歩する場所に? よっぽどの手練れなのか?」
「いや、冒険者にもなれないから盗賊なんだ。でも魔族がいる北部にはいないな。このあたりの魔獣なら対応できるレベルなんだろう」
フレディは前方を見据えながら答える。
基一は後ろから荷台を降りて左右も見回すと、通り過ぎた森の左右から出てきた。(前も後ろも五人ずつか。よし)
「おい、何だ貴様らは。俺たちになんの用がある」
基一は後ろの連中に尋ねた。
「なんだチビ。見てわかんねえのか? 俺たちは盗賊様よ。死にたくなかったらおとなしくしとけよ? まあ、おとなしくしてても死ぬがな」
「ぎゃははははは!」
(品のない奴らだ)
そう思いながら基一は答える。
「やめておけ。お前らが束になってかかってきても俺には勝てないぞ? 武器を捨てて消えるなら見逃してやる。心を入れ替えてもっと全うに生きろよ。こんな物騒な世の中にお前ら人間までがそんなことをしてどうするんだ? 北に行けば魔族が人を襲ってるんだぞ? お前ら冒険者になって人類の敵を倒そうとか思わんのか?」
「ごちゃごちゃうるせえ! ガキのくせに説教か! ちっ、ならお前から殺してやるよ。次は前にいるあいつだ。中の二人は女だな。お前らは生かしといてやるよ。毎晩相手はしてもらうがな。ぎゃははは!」
「なんだと? お前今なんて言った」
基一の雰囲気が変わった。しかし怯むことなく盗賊が言った。
「おいガキ。お前俺達をなめてるだろ。よっぽどの高ランク冒険者かなにかだな? なんとなく雰囲気でわかるぜ。でもな、絶対に俺たちには勝てない。なんでかわかるか?」
基一はいぶかしむ。
(絶対だと? こいつら何か切り札でも持ってるな。なんだ?)
基一は警戒のレベルを上げる。右手を刀の柄に添え、半身になって構える。居合の構えだ。いつでも抜けるように。そう、何が来ても、たとえ銃を持っていても。
(まさか)
盗賊は長い棒のようなものを取り出し構えた。十人全部が持ってるわけではない。前と後ろの一人ずつだ。基一には見覚えがあった。
「おい、まさか銃か。この世界にもあったのか?」
「なに? お前なぜこれを知ってる? まあいい。どうだ。これであきらめる気になっただろ?」
「キイチ、あれはなんですか?」
初めて見る武器のようなものを見てソフィアが尋ねる。
「銃といって鉄の玉を飛ばす武器です。当たれば致命傷を負います。伏せていてください。フレディ、盾で防ぐんだ。すぐに後ろのヤツを仕留めるから何とか防いでいてくれ」
「わかった」
「姫様は詠唱がすんだら前の銃を持ったヤツを焼き殺してください」
「えっ、は、はい」
「グレース、姫様を頼んだ。前方を防げ。でも無理はするな」
「はい」
グレースは矢を受ける時のように木の板を掲げた。
「はははは! なんだそれは。そんなもので防げるわけないだろ。まあいい。じゃあお前から死ね!」
ドガン!!!
すさまじい音がしたと思ったら馬車のヘリが一瞬で吹き飛んだ。
「!!」
(すごい音、何かが爆発したみたいだ。そうだ、基一が言っていた。爆発力で鉄の玉を一瞬で飛ばすことができると。これがそうなの? こんなのが当たったら体のどこかが吹き飛んでしまう。そうよ、召喚されたとき、キイチの左腕はちぎれてた。体中が穴だらけだった。これが当たったんだわ。なんて恐ろしい)
ソフィアはガクガクと震えだした。
グレースもだ。グレースは何が起きたのかが理解できなかった。ただ、一瞬で馬車の一部が吹き飛んだ。それだけで自分の剣などでは対応できないと悟った。
「ちっ、しくじったか。まあいい。おい、もう一丁貸せ」
「へい」
リーダーらしき盗賊の男は撃った銃をとなりの男に渡して別の銃を受け取った。
(ウチの藩で使っていたゲベール銃より威力も精度も高そうだ。前装式だがミニエー銃だな)
「フレディ、一発をしのいだら突っ込め。連射はできない。お前ならできる。頼んだぞ」
「わかった。おい、お前ら! ただでは死なんぞ! そいつを打って来いよ。その後はお前らの首が飛ぶぞ!」
(いいぞ、そうだ。気持ちで負けるな。そうすれば勝機はある。)
「はっ、何言ってやがる。一発当たれば死ぬんだよ」
リーダーの男が二丁目の銃を構えて発砲する。
「今度こそ死ねや!」
ドゴン!!
(ダメ!!キイチさんに当たる!)
グレースはとっさにキイチをかばおうと思い飛び出そうとした。
しかし、キイチの体が一瞬ぶれたと思ったら、
きぃぃぃぃン!!
と甲高い音がして、地面に何かが落ちた。見ると黒い石ころのようなものが二つ落ちていた。
「えっ」
グレースには何が起こったのか見えなかった。ただ、目の前の基一はいつもとは違っていた。基一が半身で振り返りグレースに言う。
「前に出るな。死ぬぞ」
基一の目は真っ赤に光っていた。
「は、はい」
グレースはとっさに答えるが基一のことが心配になり付け加える。
「キイチさん、どうかご無事で」
それを聞いたキイチは面食らった顔をしてから少し微笑んだ。
「ありがとうグレース。心配ないから」
そして盗賊へ向き直るとリーダーが叫んだ。
「おい! お前今何しやがった!」
「切ったんだよ。弾を」
「嘘つけ! そんなことができるわけないだろうが。おい次だ!」
三丁目を構える。
(何丁あるんだ? まあいい。次はない)
「今度こそ死ね!」
ドゴン!!!キィィィイン!!!
「くっ!」
盗賊の男は三度目も当たらなかったとわかると銃を捨てて剣を持とうとするが遅かった。すでに基一が目の前にいたからだ。
「遅い」
基一は居合から刀を振りぬき、男の首を飛ばした。
一瞬の出来事に誰も動くことができなかった。ただ、首のない体から大量の血が吹き出していた。
「ひぃぃぃぃ!! だ、ダメだ! 逃げろ!」
盗賊たちは逃げ出す。しかしそれを許す基一ではなかった。
「逃がすか!」
逃げ出そうとする後方の残り四人の首を背後から次々と落とした。残るは前方だ。
フレディが盾を構えながらまだ対峙している。後方があっという間にやられてしまったことにビビってしまって、盗賊がまだ発砲していない銃を構えているからだ。
基一は馬車を回り込んで銃を持つ相手の左側から接近する。気付いた盗賊が基一に向くととっさに引き金を引いてしまう。
「来るなぁ!」
ドゴン!!!キィィィィン!!!
基一は弾を上から縦に切り落とし、切り返してそのまま振り上げて銃を持つ男を股下からまっすぐに切りあげた。ブシュッと音がして男が左右真っ二つにわかれて倒れた。残り四人。
二人が剣を持って向かってきた。しかし基一は一人ずつ、難なくすれ違いざま、右に、左に刀を横薙ぎにして胴を切り離していった。
「ゴボォ……」「ガゥォ……」
声にならない叫びを上げて動かなくなった。残るは二人。
「ヒィィ! た、助けてくれ! お願いだ!」
二人は懇願しだしたが、
「駄目だ。お前らは死んで償うしかない」
基一は許すつもりはないらしい。
「いいいいやだぁ! 死にたくない! 頼む! 見逃してくれ!」
「お前らは俺たちを殺そうとしたよな? それは都合が良すぎるんじゃないか? ならお前らの罪はどう償うんだ?」
「金なら払う! 女もやる! だから見逃してくれ!」
「なんだと? さらった女が他にいるのか?」
「ああ、そうだ! 女がいる! 上玉ばかりだぜ。へへへ。なあ、いい条件だろ?」
基一は男の右腕を切り落とした。
「ぎゃあああああ!」
「どこだ。どこにいる。案内しろ」
「うぎゃあああああ!!! ああああ!!」
のたうち回る男の気がおかしくなったのを見て、もう一人の男に尋ねる。
「お前はどこかわかるのか?」
「ひぃぃ! あ、あああ。わかる。わかるから殺さないで!」
「だから案内しろと言っている。どこだ?」
「教えるから殺さないで!」
「駄目だ。お前らは死んで償うしかない。せめて楽に死なせてやる。あんなに苦しむのは嫌だろ?」
「いやだいやだ死にたくない! お願い助けて!」
「お前は女を弄んだのか?」
「えっ」
「さらった女たちを犯したのかと聞いている。」
「……い、いや、俺はやってない。だから見逃してくれ」
「わかった。なら女たちに聞いてお前がやってないというなら殺すのはやめよう。だが、王都で騎士達に引き渡す」
「そ、そんな」
「少し命が伸びたんだ。それだけでもありがたいと思え。俺はお前を今殺したくて仕方ないんだよ」
基一が血走った目で盗賊の男を見る。
「ひっ、わわわかった」
のたうち回る男の首を落とし、残る一人にアジトまでを案内させることにした。
「フレディ。少し行ってくる。この場で待っていてくれ。姫様を頼んだ」
「お、おい。お前。その目は……」
「えっ」
基一は今になってまだ「力」を使っていることに気付いた。
キイチの目は真っ赤になっていて、体中の筋肉が盛り上がり、血管が浮き上がっていた。すこし紫のような光が体からにじみ出ていた。
「ふぅ」
気持ちを落ち着けると元のキイチに戻っていった。
「すまない。もう大丈夫だから。他にもまだいるかもしれないから警戒は怠るなよ?」
言って男を刀でつつきながら案内をさせて森に入っていった。
しばらくして基一は五人の女を連れて戻ってきた。
「八人いたが三人は駄目だった。この五人を何とか王都まで送り届けてあげたい。いいか?」
しくしくと泣きながら固まっている女たち。ひどい目にあったのだろう。
「ああ、馬車に載せよう。それで? あの男はどうしたんだ?」
「首をはねて殺した」
「えっ助けるんじゃなかったのか?」
「あいつは嘘をついていた。この人たちが証言してくれた。なので死をもって償ってもらった」
「そ、そうか。わかった。それであの武器は何だったんだ? キイチは知っているようだったが」
フレディは死体の傍に落ちたままの銃を指さして尋ねた。得体の知れない武器なので近づけなかったのだろう。懸命な判断だった。
「あれは銃といって俺のいた世界にもあった武器だ。火薬の爆発力で中に込めた鉄の玉を飛ばして相手を殺傷するんだ。この世界にもあったとはな」
キイチは一丁の銃に近づいて持ち上げて観察する。
「やっぱりミニエーだ。これ蘭語だぞ。俺のいた世界にある国の言葉だ。なんでここにあるんだ?」
松阪藩の学校では中国の五経四書のほか、蘭語(オランダ語)も学んでいた。この銃はオランダ製の銃だ。異世界で使われているということは……
「もしかして俺以外にもこの世界に呼ばれたヤツがいるのかもしれない」
「それは本当にキイチのいた世界のものなのですか?」
「わかりません。でもこの銃に刻まれている言葉は俺のいた世界のものです。ここは本当は違う世界ではなくて同じ世界のもっと遠い国なのか、それともこの銃も俺と同じように召喚魔法で呼び出されたのかですね。でもそれならこれを使える人間も呼び出されているはずだ。でないとうまく使えない」
キイチは思案する。ソフィアは、
「私以外で召喚魔法が使えるとなると、おそらく他国の王族の可能性があります」
「姫様の他にも召喚魔法が使える人がいるんですか?」
「隣国のガリアの王族にも固有魔法を持った方がいると噂で聞いたことがあります。もしかすると召喚魔法なのかもしれません。それとも異世界の武器を呼び出す魔法とか?」
「なるほど。これの出所も気になりますが、問題はなぜこんな盗賊どもが持っていたかですね。こんな奴らが持ってるということはすでにこの世界には多くの銃があるのかもしれません」
「この銃という武器は貴重なものではないのですか?」
「このミニエーやゲベールという種類はそんなに高いものではありません。五両、そうだな、大体金貨十三枚ぐらいとかですかね。銃は戦争の主力なので数えきれないほど作られてました。」
「安くはないですが武器としてはそれほど高いものではないですね。でもこんなものが広まれば戦い方が変わってしまいます。キイチはよくこんなものに剣で対応できましたね。あなたの世界では皆あなたのような身体能力があるのですか?」
「いえ、この力は代々斎藤家だけが受け継いだものです。他で見たことはありません。言うならば姫様の固有魔法みたいなものかと」
「そう、それはたしかに魔法です。あなたの体から見えたのは魔力光です。あなたの世界にも魔法があったのですね」
「いえ、魔法なんて力、聞いたこともありませんでした。俺のこの能力も実は何なのかもわかりません。
一子相伝で他の人達には秘匿されていましたのでどんな力かも調べられたことがないのです。」
「そうなのですか。ですがキイチのその魔力、人族の持つそれではありませんでした。それはまるで……」
ソフィアは言い淀む。フレディやグレースも何か言いたそうだが何も言わなかった。
「何です? 俺のこの力のこと、何か知ってるんですか?」
「い、いえ、そうですね。まだはっきりとしたことではないのでなんとも」
「いいですよ、想像でも。教えてください。何を知ってるんですか?」
「……少し考えさせてください。やはりいい加減なことは言えませんので」
「……わかりました。でも不思議だな。魔力ってなんなんだ? なぜ俺だけがあの世界で持っていたんだろうか」
この異世界で銃が存在したこと、基一の見せた能力について姫様やフレディ達が何か知っていること、謎は深まるばかりだ。
盗賊が持っていた銃と持ち物から弾を回収し、連れてきた女性たちと姫様を馬車に乗せ、基一たち三人は歩きながら馬を引いて王都へ向かっていった。
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