第10話 パーティ名
レクサムで数週間を過ごし、近隣の森に出るゴブリンやオークを討伐していった。
基一が加わってからはオーク五体の群れなら問題なく倒せるぐらいになった。パーティの連携もうまくなり、前衛にフレディと基一、中衛にグレース、後衛と支援にソフィアの隊列でうまく機能していた。
特にグレースの成長は目覚ましく、槍からレイピアに武器を変え、前衛からの打ち漏らしや後ろから現れて近づく魔族などはグレースが難なく倒せるようになった。
オークなら一対一だとまず負けることはなかった。
「やあ!」
今日はゴブリンの群れだ。十匹はいるだろう。フレディと基一の二人で群れに接近し、数匹を倒すが数が多いだけにさすがに打ち漏らしてしまう。
三体のゴブリンがうまくすり抜けてグレースとソフィアのところまで迫ってきた。
女を見ると我先にと目の色を変えて襲ってくるゴブリンに、グレースは嫌悪感をいだきながらも落ち着いて対処していく。三体が迫るといってもやはり時間差はある。
基一からは優先順位を決めて順番に対処するだけだから、一つ一つやれば簡単だと教わった。ようは常に冷静に考え、決めたことを一つずつやり遂げていく、それだけだ。
一匹目のゴブリンは右手の居合いで首を切り、二匹目は両手で振り下ろしての袈裟切りに肩口から心臓まで切りおろし、蹴り飛ばして剣を抜き、三匹目は引いた剣を突きに変えて当てやすい胴に突き刺す。一瞬で三匹を見回して状況整理。最初の二匹は絶命した。残るはこいつだけ。グレースは胴に刺した剣を回してえぐってから引き抜く。よろよろとよろめくゴブリンの首めがけて横なぎに剣を振るう。ザンッ
と音を立てて首が飛んだ。血糊を振り払い、剣を鞘に納める。
「ふうっ」
グレースはここで一息ついて後ろのソフィアの無事を確認し、前衛の状況を見る。すでに戦闘は終了したようだ。
「お疲れ様です。先生、兄さん」
「ああ。みんな無事だな」
「グレース、だいぶ動けるようになったね。今のはいい動きだった。三匹とも攻撃をする間を与えなかったところがすごいよ。よくやった」
「ありがとうございます! でも先生の教えの通りにやっただけです」
「いやいや。教えた通りにやるなんてなかなか難しいからね? 剣があってるんだと思う。君は思い切りがいいからね」
「は、はい! ありがとうございます。えへへへ」
思い切りがいい。女子としてはどうなんだという褒め方だが、グレースにとってはその言葉は自分が変われているという証だった。
グレースは剣をレイピアという細剣に変えていた。軽量なレイピアは本来は突きに特化した剣だが両刃で切ることもできるものを選んだ。直刀なので日本刀のように居合を使うには工夫が必要だ。基一の助言で少し重いが鞘を金属製にして鞘走りができるようにし、刀同様に柄を小指だけに力を入れて支点にし、抜刀の瞬間に刃を前に繰り出すことで瞬時に、また威力を増して繰り出せる居合術を覚えた。ゴブリンのような小柄な魔族ならこれで十分に対応ができるのだ。
「ほんとにすごいわ。グレース。見違えたわ。初めてゴブリンに襲われた時は怖くて泣いてたものね」
ソフィアが基一の前で暴露する。
「ひめさ、ソフィア! それは言わないで! お願い!」
グレースはあたふたした。先生と慕う基一に過去の失敗を知られたくないのだ。
「いや。誰でも初めてってのはある。最初は泣いたとしても今はもう違う。ちゃんと成長しているんだ。そうだろ? グレース。」
「先生! は、はい! わたし、もっともっと頑張ります! えへへへ」
「ちっ」
先生に褒められてデレデレのグレースが気に入らないソフィアであった。王女にあるまじき舌打ちである。
「よし、今日はこの辺で終わりにしよう。町に帰ればちょうど夕方ぐらいだろう」
このパーティのリーダーはフレディである。四人はレクサムへの帰路に就いた。
冒険者ギルドに討伐の報告をしているときに、受付嬢のセルカが訪ねてきた。
「ところでパーティ名は決まりましたか?」
「はっ、そうだった。まだ決めてなかった」
三人とも忘れていたようだ。
「パーティ名ってなに?」
基一は尋ねた。
「はい。パーティ名は無くても問題は無いのですが、最近ご活躍されていますし、名前があった方がいろいろと便利かと。指名依頼などでパーティ名があれば依頼主もわかりやすいので」
「なるほど。この隊の名前か。よし、ここは俺がいい名前をつけよう。いいか? リーダー」
基一はフレディに尋ねる。
「お、おい。勝手につけられても困る。よし、晩飯でも食べながらみんなで決めよう。セルカさん、明日には決めますので待っててください」
「わかりました。素敵な名前がきまるといいですね」
四人はギルド内の酒場で食事をしながら考えることにした。
「よし。じゃあ一人ずつ思いつく候補を出し合ってその中でみんなが気に入ったものをパーティ名にしよう」
リーダーの意見に三人は頷いた。基一が先陣を切った。
「じゃあ。俺から出そう。俺が思いついたのは『麒麟のたてがみ』だ。麒麟は神獣の名前で空想の生き物だけど、世の中が平和だと現れる獣の長とされる心優しい神獣なんだ。俺たちで魔族を倒し、平和な世の中を作る。どう? よくない?」
ほー、と三人は頷く。ソフィアが感想を言う。
「なかなかいいわね。でもこの世界でキリンっていわれても誰も想像できないわね」
「それもそうか。名は体を表すからな。もっとわかりやすいほうがいいかもしれない」
「じゃあ次は私ね。『ナイツオブソフィア』なんてどう? あなた達は私を守るためにあるの。まあ、フレディがリーダーだけど、マスコットは必要よね?」
基一はないわーと思った。
この人何様だ? 若いのに偉そうだな。ちょっと教育が必要かもしれんな。
ソフィアの素性をしらない基一は彼女の評価を一段下げた。
「ひめ、、うおほん、ソフィア。それだと君の名が目立ってしまって何かと良くないかなと思うんだ」
フレディが言う。そうだそうだと基一は心のなかで同意する。
「ま、まあ、そうよね。ごめんなさい。今のは忘れてちょうだい」
「じゃあグレースは何かあるか?」
フレディが妹に尋ねる。そろそろいい感じの名前が出てきてほしいところだ。
「は、はい。私は『サジタリウス』がよいかと。弓を引く半人半獣の神様のことですが私たちの攻撃の要はやはりソフィアの遠距離魔法だと思うんです。それを究極の矢にちなんでサジタリウスでどうかなーなんて」
「グレース! あなたいいこと言うわね。いいじゃない。サジタリウス! はぁぁ、なんて素敵な響きかしら」
ソフィアは大喜びである。目立ちたがり屋だな。基一はソフィアの評価をもう一段下げた。
「弓か何かの神様ってこと?」
「そうです。天から地上に落ちた悪魔に矢を射て滅する神ともいわれています。私たちは冒険者といってもあくまで魔族討伐を専門にしています。人族の敵を私たちが倒すんですからあながち間違いではないかなと。もちろんキイチさんが来てからは剣による攻撃も主体となりましたので『ヴァルキリー』も良いかと思いました。おとぎ話に出てくる有名な戦士で圧倒的な数の差で不利な状況でも剣一本で斬り込んでいった勇敢な英雄のお話なんです。あ、あと『ナイツオブジャスティス』というのも素敵ですよね! 正義のための騎士って感じで。あっ、これはただ私が作った名前なので特に何かにあやかってというわけではないのですが。それと勇敢で崇高な気高さという志だけを取ると『ヴァリアント』なんかかっこいいと思います! あとはダー〇フレイ〇マスターとかバーニン〇ファイ〇ィングファイターとか……」
「い、いや、グレース、そのぐらいでいいよ。ありがとう」
変なスイッチが入った妹を兄が止める。
「あっ、ごごごめんなさい。わたしったらついずっと考えてたことが出てしまって」
言ってることはよくわからんがいろいろ考えてるんだな。さすが我が弟子だ。
基一は関心しているが、他の二人はなぜか引いていた。
「グレースはちょっとあれね。妄想癖でもあるのかしら?」
「はう! いえ、あのあの……すいません」
ソフィアの一言にグレースがしょぼんと落ち込んでしまった。
くそっソフィアめ!俺のかわいい弟子になんてことを! 基一のソフィア評価が大暴落した。
「グレース。何を落ち込むことがあるんだ。すごいじゃないか。普段からいろいろ考えてるなんていいと思うぞ。ナイツオブソフィアなぞよりいい案だと思うぞ? ん?」
「な、なによ! グレースの肩ばっかりもって! ひどいじゃない!」
「いいや、ここは素直に言わせてもらうと『サジタリウス』が一番いいと思うぞ? ソフィアの魔法が要なのは確かだし、今のパーティにピッタリじゃないかな。ソフィアオブなんちゃらより」
「もういいわよ! そうやって私を馬鹿にすればいいわ。いつか後悔するからね! キイチ!」
ソフィアはふてくされた。
ふう、まったく情緒不安定なやつだぜ。
フレディが間に入る。
「まあまあ、ソフィアオブなんちゃらは確かにちょっとあれだが『サジタリウス』でいいんじゃないか? ソフィア」
「ふん、あなたまで馬鹿にして。王都に帰ったら覚えてらっしゃい。でも、私もそれでいいわ」
「いや、でもフレディはどうなんだ? 何か考えてることはないのか?」
「実はちょっと考えてたことがあったんだけど、俺もサジタリウスがいいと思うよ。だから言わないでおこう」
「いや、言っとけよ。あとで後悔するよりいいよ。ほら、言ってみ?」
基一がしつこい。
「わかった。言うよ。俺が考えたのは『聖戦士フレディとその仲間たち』だ!」
「「「ないわー」」」
下には下がいると安心したソフィアだった。
基一はリーダーの評価も下げた。
パーティ名は『サジタリウス』になった。後にはアルビオンでは知らぬ者はいないほどの、勇名を馳せる名が決まったのだった。
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