第8話 グレース・ペンドラゴン
私は伯爵家の長女として生まれた。兄弟に兄、フレディがいる。
家族はみんな髪の色が茶色で、瞳は緑色、それがペンドラゴン家の代々引き継がれてきた容姿だ。
しかし私は違った。瞳の色こそ家族と同じ緑だが、髪はルビーのような赤い色をしている。この大陸でもアルビオンのみでごく稀に生まれてくることがあるようで、赤髪の女性はレディシュと呼ばれ、昔から忌み嫌われていた。過去では魔族と疑われ、多くのレディシュたちが生まれるとすぐに殺されたとの文献もあるほどだ。
原因は昔いたある魔法使いで、彼女は魔術のためにたくさんの人たちを生贄や実験に使って殺した大罪人だった。
その魔法使いが赤髪であったことと、赤髪は遺伝とは関係なく、なぜか女性にだけ突然変異で生まれてくるため、『赤髪の魔女』の生まれ変わりとして恐れられるようになったらしい。
ペンドラゴン家でもなぜ私だけが赤髪なのかわからないようだった。しかし父と母は気にすることなく愛情を注いでくれた。兄のフレディもだ。
でも周りは違った。小さい頃はいつもいじめられてた。友達なんてできなかった。まわりの私を見る目はいつも嫌悪感が見えて怖かった。
恋なんて無理だろう。だって私を好きになってくれる人なんているわけないのだから。このままでは結婚もできない。おそらく縁談もなく、貴族令嬢としての務めは難しいだろう。それに私自身も結婚なんかしたくなかった。
ペンドラゴン家は王族の近衛騎士団を預かる家系だ。兄は父のあとをついで騎士団長を目指すために入団した。本来騎士は男性だけが勤める職業だ。だが私は兄から離れるのを嫌がり、自分も騎士団に入れてもらうように兄から父に相談してもらった。
父はソフィア王女の側付き兼近衛というポストを用意してくれた。
王女は家族や夫となる者以外の男性に触れてはならないというしきたりがあるため、身近な世話は侍女が務める。そこで護衛兼世話役という仕事を作ってくれたのだ。
私は父に甘えてそのポストにつくことができた。でも私だけでは力不足であることは父もわかっていた。そのため兄も一緒に配属され、騎士の職務は主に兄が務めた。私は姫様の身近なお世話と話し相手として過ごしていた。
王宮内や魔法学園ではそれで問題なく対応できた。でも、姫様が外を見たいと言ってからは、私は近衛として強くならなければいけなかった。私と兄だけを連れて王都をまわり、旅をして近くの町をまわり、ついには魔族領に近いレスターまで来てしまった。
なんで? 姫様は怖くないの? 兄さんと私だけで守れると思ってるの? 無理、絶対に無理。このままではいつか魔族にやられてしまう。怖い、怖いよ。
レスターの北の森は、さすがの姫様も怖くて諦めてくれた。でも、魔族はすでにこの国に入り込んでた。王都へ帰る途中のレクサムで、ついに魔族に遭遇してしまった。
ゴブリンだ。
この魔族はまだ小さいけど怖かった。倒したと思ったゴブリンが血だらけで起き上がるなり私を見て笑いながら飛びついてきたときには恐ろしくて動けなかった。私を押し倒して首筋に短剣を突きつけられた。動くなと脅されているように。乱暴に突きつけられた錆びた剣は私の首を少し傷つけた。プシュッと血が出てしまうほどでこのゴブリンは私のことなどなんとも思ってないのがわかる。嫌だ、こんな化け物に貞操を奪われて死ぬなんて。
誰かたすけて!
助けてくれたのは姫様だった。後ろから近づいて杖でゴブリンの頭を殴ったのだ。
思いっきり振り下ろしたようでゴブリンの頭が割れ、私のすぐ目の前で中身が飛び出した。
私は泣いてしまった。魔族の恐怖のせいもあったが、一番の理由は守るべき主に助けてもらう弱い自分が悔しかったからだ。
こんなの近衛失格だ。騎士は自分の命を賭してでも主を守らないといけないのに、私にはその覚悟がないのだ。
このままではいけない。このままでは勇気ある姫様が私より先に死んでしまう。
これじゃだめだ。もっと、もっと強くならないと。
オークに遭遇したとき、姫様も流石に私達だけでは無理だと思い、召喚魔法を使って味方を増やすと言い出した。
信じられない。まだ魔族退治を続けるつもりなんだ。
姫様は怖くないの? もう王都に戻って現状を国王様に報告してより多くの騎士団を北に派遣してもらえばいいんじゃないの? だいたい国王様に報告も無しに召喚魔法を使って大丈夫なの?
言いたいことは色々あったけど、引っ込み思案な私はやっぱり言うことができなかった。
召喚されたのは魔獣じゃなくて人だった。まだ少年のようだ。私より年下に見えた。
その人は体中ボロボロで今にも死にそうだった。左腕が肘からちぎれてた。ひどい。
姫様はすぐに彼に飛びついて治癒魔法を唱えた。高価なマナポーションを何本も飲みながら、額に玉のような汗を流しながらなんとか彼を回復させた。
召喚された彼はここではない異世界の人だった。見た目は少年だけど三十五歳のおじさまだった。
彼も騎士だったようだ。戦争で死にかけていたらしい。
彼は私を見ても嫌悪感を見せなかった。それどころか私の髪をきれいだと言ってくれた。赤髪は彼の世界でも見たことがないらしく、それでも珍しくてきれいだと言ってくれた。
うまく話せなかったけど、嬉しかった。
彼の戦いはすごかった。刀という少し反りのある細身の剣で一瞬で相手を切ってしまった。
この国の騎士が使う剣は大型なものが多く、重さで潰すのが主流だ。細剣もあるけど対人用であくまで自衛のためのものだ。
でも彼のは違う。とにかく速い。また、その切れ味も凄まじかった。
野営で二人で見張りになったときに聞くと、力はいらない、それに切られる前に切ればいいと言った。
これだ、と思った。
女の私にはこの国の剣術では無理があった。でもこの人の剣術なら強くなれるかもしれない。
彼の剣術は正道一刀流と言うらしい。剣一本で正しい騎士としての道を行く。
私は迷うことなく彼に弟子入りした。
私も強くなりたい。彼のように主を守れる、本物の騎士になりたい。
初めて自分のやりたいことが見つかった。
でもなんか不思議だな。今までこんなに他の人と話したことなんてなかったのに、この人になら自分の気持ちを素直に話せる。なんでだろう?
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