第7話 魔族討伐依頼

 いよいよ魔族討伐のためにレクサム北部の森に入る。三日分の非常食とテントなどを持ち、森の中を進んでいく。

 一日目はコボルトやワイルドボアなどの魔物を倒したが、魔族には遭遇しなかった。暗くなる前に岩場を背にした場所で野営の準備を始めた。夕食は干し肉と豆のスープだ。スープは火魔法で焚き火を炊いてそのうえに鍋をおいて温めた。

「魔法って便利だね。簡単に火がつけられるなんてすごいや」

 グレースが火をつけるのを見て基一が関心している。

「でも基一さんも魔力はあるので魔道具があれば火をつけたりはできますよ」

「うそ! ほんとに!」

「ええ、次に街に入った時に買いましょう。」

「やった。たのしみだなあ! 魔法使うってどんな感じなんだろう」

(ふふ、キイチさんてなんかかわいいです)

 グレースは見た目も言動も子供のような基一を見て微笑んでいた。

(それなのにあんなに強いなんてすごい。この人今までどうやって過ごしてきたのかしら)

 グレースはだんだんと基一に興味を持っていった。そんなことは知らずに基一は自分が魔法を使うだろう時のことに思いをはせていた。


 夜は交代で見張りをすることになった。フレディとソフィア、基一とグレースの二人ずつだ。先にフレディ達が担当したあと、基一たちの番となった。

 焚き火を囲んで二人はスープの残りを飲みながら見張りをしていた。

 ふとグレースが基一に尋ねる。

「あの、キイチさん、お聞きしたいことがあるのですが……」

「なんでしょう?」

「キイチさんはどれくらい剣術を修行してきたんですか?」

「そうですね。剣を握ったのが三歳だったので三十二年とかですね」

「えっ、三歳からですか? すごく早くないですか?」

「ははっそうですね。ウチは代々剣術道場をやっていたので。俺も物心ついた時には剣を振ってました」

「そうなのですね。そうかあ。そんなに修行しないとキイチさんみたいになれないのかあ」

「グレースさんは剣術を極めたいのですか?」

「さんはいらないです」

「えっ」

「グレースと呼んでください。なのでさん付けはいらないです。キイチさん」

「でもグレースさんは俺のこと基一さんて」

「私はまだ十八なのでキイチさんに比べて年下ですから。どうぞ呼び捨てになさってください」

「そうですか。いや、そうだな。わかったよグレース」

「はい。それで、私は剣術を極めたいというよりはもっと強くなりたいんです。ひめさ、、いえ、ソフィアの護衛として、ソフィアが安心して魔法が撃てるように私がしっかり守らなくちゃいけなくて……」

「そういうことか。じゃあ、剣の稽古してみる? 良かったら俺が教えるよ」

「本当ですか? あのあの、ぜひお願いします。私にキイチさんの剣術を教えてください」

「わかった。じゃあ、せっかく二人で見張り中だから、今、簡単なやつを教えよう。グレースは剣持ってるよね?」

 二人で並んで立ち、剣を構える。

「あの、キイチさん、初撃の居合術というのを教えてほしいのですが」

「あれはグレースの剣だとまだむずかしいなあ。できなくはないけど技術がいる。俺の持ってる刀じゃないと。ほら、刀は刀身が反ってるだろ? こうなってないと速度が上がらないんだ」

「そうなんですね。残念です。じゃあどのような技を?」

「技というより基本を教えよう」

「はあ、基本ですか」

 グレースがしょんぼりした。

「グレース、基本がしっかりしてないと剣術はうまくならないよ。ていうか基本を極めたら剣術は完成といってもいいぐらいなんだ」

「えっ、どういうことですか? 私は剣術の基本はやってきましたけど、一向に強くならないのですが」

「それは基本じゃないんじゃないかな。俺が使う正道一刀流という剣術は、基本に始まり基本で終わるんだ。基本の振りって最も理想的な振り方ってことだろ? だからそれを誰よりも早く、基本どおりに刀を振ることができれば誰よりも先に剣を当てることができる。それってもう勝ちだろ?」

「言われてみればそうですが……」

「じゃあ試してみよう。グレースは槍でもいいから俺にかかってきてよ。俺はあくまで中段の構えからまっすぐにしか振らないから。グレースは横からでも後ろからでもいいよ。さあこい!」

 基一は刀を抜いて岩に立てかけ、鞘の方を持ち、中段にまっすぐ構えた。何か考えがあるのだろうと考えたグレースはリーチの長い槍をカバーを付けたまま持って剣の届かない距離から基一に突きを放った。しかし、基一は体の回転で剣を回し、槍にぶつけて回避する。その瞬間に基一が殺気を放つ、体制を崩したグレースは真正面から斬られる感覚を覚えた。

「!」

 すかさず飛びのく。

「はあはあ。いまのなに?」

 基一を見ると中段の構えのまま動いた形跡はない。気のせいか?

(よし、じゃあ剣を横払いで弾いて突いてやる)

 グレースは一機に距離を詰めながら槍を遠心力で横に回し、基一の剣を横から弾いた。

「!」

 しかし、はじくどころか剣はピクリとも動かず、逆に槍が反動ではじかれてしまう。そして再度殺気を感じる。

「!」

 まただ、一瞬の隙をついて基一が剣を振り下ろす感覚があった。

「はあはあ。ま、まいりました。勝てる気がしません」

 グレースはその場でくずれ落ちるように座り込んだ。

「どう? 俺はあくまで基本の一の型しか使ってないんだ。ちなみに一の型だけでも極めたら達人と呼ばれるまでになれると思うよ」

「うそ。本当に? でもなんとなくわかる気がします。私、基本を覚えたつもりでも、まだまだ未熟だったんですね」

「そういうことだ。なのでこれからはしっかりと基本を教えていくよ。もうこれでグレースはさっきよりも強くなったよ」

「どういうことですか?」

「どうすれば強くなれるかがわかったんだ。理解ができたんなら迷いもなくなる。だからさっきのグレースと今のグレースが戦えば今のグレースが勝つよ。きっとね」

「そうか。そうですね。ありがとうございます。キイチさん、これからもよろしくお願いします」

「うん、わかった。といっても俺もまだまだなんだ。一緒に強くなろう」

「はい!」

 それからグレースはキイチから剣術を習うことになった。この世界での正道一刀流の一番弟子となったのだ。


 次の日も魔族に遭遇することはなかった。魔物には何度か遭遇し、グレースはそのたびに槍をしまって基本を思い出しながら魔物に剣を振るった。

 その夜、基一とグレースの見張りになり、また稽古を行った。

「グレース、ちょっとまっすぐ素振りしてみて」

「はい」

 グレースは中段からいつものように剣を振るった。

「はっ」

 ブンと音がなる。力強い剣だ。しかし、

「もっと力抜いて見て」

「えっ」

「力みすぎだな。だからもっと力抜いてみて」

グレースは力を抜いて剣を振るった。

ヒョロー と剣が振り下ろされる。

「……抜きすぎだな。いや、俺の説明がだめだな。じゃあ今度は初めにやった素振りで胸まで振り下ろすまでは力まないで相手に当てる瞬間から力入れてみて。わかる? 腕の力だけで振るんじゃなくて、当てる時だけ切るための力を入れてみて」

難しいことを言う。グレースは理解できなかった。

「じゃあ俺がやってみるからみ見てて」

 基一は刀を抜いて構える。そして音もなく剣が振られた。

「あれっ」

 予備動作もなくきれいに振られた剣を見てグレースが驚く。基一の振りは何かが違う。

「グレースの刀法だと力がいるんだ。それは力に自信のある大男ならいいかもしれないけど、俺や女のグレースみたいな力のない者には無理だろ? だから力じゃなくて技で切る。振り下ろすときに柄が頭から胸の高さあたりまでは刃先は上を向いたままにして。相手のどこに刃を落とすかだけ考えて柄を胸の高さまで下ろすんだ。そこから両手に力を込めて肘を脇に締めるように振り下ろす。そうすれば当てる時だけ力を入れるだけでいいし、最初から力んでるよりもよく切れるんだ。それに刃先が膨らむように降りるから速度も上がる」

 グレースは基一の説明を聞いて試すもなかなかうまく行かない。

「まずは慣れだな。よし、体が覚えるまで今のを意識して素振りだ。二百回!」

「は、はい!」

 ブンブンとグレースが素振りを始める。

「いいか、一振り一振り敵を想像して切れ。頭を狙うんだ。遅いぞ! 慎重すぎる。敵を想像しろと言った。そんなんじゃ敵にやられるぞ!」

 素早く、集中して十五分で二百回振った。

「はあはあはあ」

 グレースは汗だくになり息を切らしていた。

「これでしんどいという事はまだまだ力が入ってるってことだ。じゃあ当分はこの素振りだけをやるぞ。そうだな、これで汗をかかなくなったら次の稽古だな」

「えっそんな」

「なに? 基本もできてないのに他のこともやりたいとか思ってる? そんなんじゃいつまでたっても今のままだぞ」

「!」

 厳しい言い方だ。これでは今までのグレースのやってきたことが無駄だったと言っているようなものである。しかしグレースは、

「は、はい。わかりました。絶対にできるようになって次に進みます」

「そうだ、その粋だ。じゃあはじめ!」

 ブンブンとグレースは素振りを続けた。その音は一晩中辺りに響いていた。


 森に入り三日目、いよいよ基一達は魔族と対峙することになる。

 正午ごろに魔獣を襲っている魔族に遭遇した。オークの群れだ。

「いたぞ。オークだ。だが三頭もいるぞ」

 フレディがささやく。向こうはまだ気づいていない。

「すごい。まるで豚の化け物だ。あんなの初めて見る」

 基一が驚く。

「多すぎる。引き返そう。今ならまだ気付かれずに済む」

「いや、もう気付かれたな。ほら、あっち」

 フレディの選択に基一が右側を見て指をさす。するとがさがさと叢をかき分けて二頭のオークがこちらに向かってきていた。これで全部で五頭だ。

 今まで遭遇したことがあるのは二頭までだった。

「右の二頭が近いから俺があの二頭の相手をする。フレディ達は向こうの三頭が来るのを待つんだ。二頭倒したらすぐに合流するよ。じゃあ」

 キイチはフレディに言うとさっさと右側の二頭に向かっていった。状況判断が速い。

 フレディはその場で待機して、三頭が向こうから近づいてくるのを待つ。

 その間にキイチは二頭と対峙した。こん棒を持ったオークと、両手に一本ずつ剣を持ったオークだ。キイチはこん棒を振り下ろすオークを気にも止めることなく正面まで接近し、居合で刀を振り上げた。

「グフォ!」

 オークは一声上げると腰から上下二つにわかれて倒れた。

 それを見たグレースは驚愕する。

「すごい。オークの体格でも真っ二つにできるなんて」

 二頭目だ。二刀流で同時に錆びた剣を両袈裟切りで振り下ろすオークに、やはり正面から接近し中段からまっすぐに正中線に沿って刀を振り下ろす。やはり基一の剣は音がしない。二刀流を振り下ろす遠心力でオークの体が後ろから開いて倒れる。今度は左右に真っ二つだ。

「……」

 もう何も言えない。ただ唖然としてしまった三人だったが、気付けば基一が戻っていた。

「よしあと三頭だ。いくよ」

 その言葉を聞いて皆「よし!」と気合を入れて三頭に近づいていく。ソフィアは思い出したように詠唱を始めた。

 三頭はすでにこちらまで接近している。大剣持ちと、盾と片手剣持ち、そして槍を持ったオークだ。

 キイチは大剣を持ったオークに接近して行く。フレディは片手剣と盾持ちのオークと対峙する。

 二人が対峙する間に槍を持ったオークがグレースとソフィアに近づいて行った。

 グレースは槍を地面に刺して、腰に佩いたショートソードを抜いた。

「!」

 それを見たソフィアはなぜそんな無謀なことをするのか理解できなかった。ただ、なにか考えがあるのだろう。そのまま集中を切らさずに詠唱をしてタイミングを図る。

 槍のオークがグレースに突きを放つ。グレースは両手持ちで中段の構えのまま槍に剣を当て、その反動で自分の体をずらしてかわす。一昨日の夜に基一が見せてくれた技の一つだ。そして一瞬のオークのためらいを逃さずに、踏み込みながら剣を振り上げ、相手の頭に振り下ろした。

「やあ!」

 まっすぐに振り下ろしたグレースの剣は、なんとオークの頭半分まで切り込んでいった。オークはそのまま動かなくなり絶命する。

「えっ、うそ! 信じられない!」

 ソフィアは驚愕する。

「はああ、やった。できた」

 グレースは思惑通りと言わんばかりにつぶやいた。

 その間にもキイチとフレディがそれぞれのオークを倒し、戦闘は終了した。基一が近づきながらグレースを見て言う。

「グレース、すごいじゃないか。今の正面切りは見事だったぞ。ブレのない素晴らしい一太刀だった」

「はい! ありがとうございます。先生!」

 グレースは基一に笑顔で答える。

「先生ってどういうこと? もしかしてキイチに何か教わったの?」

 ソフィアが尋ねると

「はい。私一昨日からキイチさんの弟子になりました」

 グレースは幸せそうに告白する。

(言ってる内容と表情がなんか違うわね)

「いや、まだ何も教えてないよ。グレースが理解したことを実践できたんだ。これはすごいことだよ。グレース、君はきっと強くなれるよ」

 絶賛である。女の子を弟子にしたのは初めてだ。ほめて伸ばすことにした基一であった。


 その日からグレースは少しづつ変わっていった。今までは兄に隠れて自分に自信が持てなかったが、基一の影響により強く生きるようになっていくのだった。

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