第6話 冒険者としてのスタート

 翌朝、基一の冒険者登録のために四人は冒険者ギルドに行く。基一は穴だらけだが鎧を付けている。といっても元々軽装鎧で、胸当てと左腕の肩から手首までを覆う籠手、両足の脛当てのみだ。黒の詰襟の隊服に白の羽織を着ていたが血まみれだったため羽織は脱いでいる。隊服もところどころ穴だらけで赤黒く汚れてしまっていた。ここでのお金がたまったら装備を変えよう、それまではこの装備で冒険するつもりでいた。


 レクサムの冒険者ギルドはレスターに続いて大きい。レンガ造りの建物を見上げて基一はつぶやく。

「でかいな。固い作りで頑丈そうだ。すごい技術だな。ここは」

 幕末の日本から来た基一の目には、レンガや石造りの建物はかなり高度に映った。

 ギルドに入る。室内はかなり広い。正面には備え付けの長机があり、ここの職員であろう人が横並びに座っている。左側にはテーブルが並び、冒険者だろう人たちが何か食べてる。食事処のようだ。右側には壁一面にたくさんの張り紙が張られていて、何人かがそれを見ていた。

 ソフィアに連れられて正面のカウンターにいる人のところまで行く。

「一人仲間が増えたので冒険者登録をしたいのだけれどよろしいかしら」

「はい。かしこまりました。それではこちらに必要事項を記入してください」

 女性職員から紙と洋ペンとインクを出される。基一がのぞき込むと字は読めなかった。

「すまない。ここの字が読めないのだが」

 すると横にいたグレースが代筆してくれた。

「それなら私が書かせていただきます」

「かたじけない。グレースさん」

「ふふ、それでは。名前は、キイチ・サイトウ、出身はマツザカ、年齢は三十五歳、と……」

「三十五歳?」

 受付けの女性が不信がる。またか。

「はい。俺はこれでも三十五になります。本当です」

「そ、そうですか。わかりました。大変失礼いたしました」

 用紙を記入して次は魔法属性検査だ。水晶に手を当てる。すると、

「えっ、なにこれ。何の属性もない。でも魔力はけっこうあるわ。どういうことかしら?」

 一同は基一が手をかざす水晶をまじまじと見る。

「本当だ。属性がないぞ。どういうことだ?」フレディ

「やはりこの世界とは違う体の仕組みなのかしら?」ソフィア

「えっ、この世界と違うってどういう……」

 受付嬢がソフィアの言葉に反応した。まずい。

「こほん。い、いえ、なんでも」

 ソフィアはごまかした。

「どうしましょう。属性なしなんて人は初めてだわ。ただ冒険者登録するだけならいいけど、いきなり戦闘パーティに登録してしまってもよいものかどうか」

 受付嬢が思案し始めた。登録できないと手伝えないぞ、まずいな。よし。

「ご婦人、ご心配なく。魔法なるものは使えませんが剣術を極めておりますゆえ、鬼退治はお任せください。なので是非登録を!」

「えっ、オニ? なんですって?」

「いいいえ、魔族のことですわ。こう見えてキイチさんはお強いらしいのです。おほほほ」

 ソフィアがかばう。ますます受付嬢の不信感が募ってしまった。

「では一度試験をしてみますか? 本来は昇格試験用なんですけど、こちらとしてもそれで十分な力量があると判断できれば問題ありませんので」

 基一はそれに乗った。

「いいでしょう。ではそれでお願いします」


 ということでギルドの中にある訓練場に来た。ここにはさっき話していた五人のほかに試験官を行うベテラン冒険者が一人いる。三十前後の茶髪の男だ。フレディよりも背が高く、体格もがっしりしている。背中に両手剣を佩いていた。

「やあ、俺はギブソンという。B級だが今日は依頼を受けて無くてな。代わりに戦闘職の試験管を引き受けることになった。よろしくな。それで? どいつが受けるんだ?」

 基一が前に出て行く。

「俺が登録したいんだ。キイチ・サイトウだ。よろしくギブソンさん」

「ははあ、成人なりたてか。おいおい大丈夫か。こんな奴じゃすぐに魔物にやられるんじゃないか。やめとけやめとけ」

「いや、俺は三十五だ。それに試験すればわかることだ。早く始めよう」

「なに? 三十五だと? 嘘つけ! いくら何でもサバ読みすぎだろ? ははーんさてはお前まだ成人前だな? 登録は十五歳からだぞ。嘘ついたらだめだぞぼうず」

「キサマ! 武士を愚弄するか! 嘘などついておらんわ!」

「むきになるところがますますあやしいぜ。おい、セルカ、こりゃやめといた方がいいぜ」

 ギブソンは一向に信じない。

「でも年齢は自己申告していただくしかないので。それに技量があれば問題ありませんが試験をしてギブソンさんが無理だと判断すれば戦闘冒険者の登録は見送りますので」

「まあ、そうだな。わかったよ。やれやれ。じゃあやるか」

 お互い木剣をもち、対峙する。

「どっからでもいいからかかって来いよ」

「なめられたものだな。まあいいや。じゃあいくよ」

 基一は左手で木剣を腰元に下げ、一礼し、右手を木剣の柄に添え、右足を一歩踏み出して構えた。

「ほう、なかなかさまになってるじゃねえか」

 ギブソンはまだまだ余裕の表情だ。しかし、その表情はすぐに変わることになる。

トンッ

 基一が左足で地面を蹴って踏み出した、と思ったらギブソンの首元にはすでに剣先がピタリと添えられていた。

「これで首が飛んだな」

「なに! いつの間に!?」

 ギブソンだけでなくこの場のみんなが何が起こったのかが見えなかった。離れて見ていたにもかかわらず、基一の動きが見えなかったのだ。ほんの瞬きほどの瞬間に三ヤード(二・七メートル)の距離を詰めていた。

「どう? これでもまだ冒険者は無理だって思う?」

 基一はドヤ顔でギブソンに聞いた。

「くっ、おい、もう一度だ。今度は手加減しない」

 ギブソンは表情を一変させた。

「いいよ。何度立ち会っても。認めてもらうまではね」


 基一は下がって再度構える。居合の構えだ。

「今度はギブソンさんから来なよ。俺からばっかりだと不公平だからね」

「上等だ。行くぜ」

 ギブソンは踏み込み、木剣を上段から振り下ろす。ブンッと音がして基一がいたあたりを剣が通過した。

「!」

 振り下ろした瞬間に基一は消えていた。気が付くと左横に通り過ぎるように立っていた。ギブソンの腹には木剣が当てられている。

「これで上下真っ二つだな」

 二度の対峙でギブソンは悟った。ダメだ。とてもじゃないが勝てない。

「いや、参った。俺の負けだ。降参だよ」

 二戦目にして素直に負けを認めた。

「じゃあ、登録できるってことでいい?」

「登録どころか、俺以上の剣の手練れだよ。B級でもいいくらいだ。いやそれ以上かもしれねえ」

 ギブソンの言葉を聞いて受付嬢のセルカはハッとして話し出す。

「い、いえ、戦闘冒険者は例外なくDランクからですのでそれは……。でも、これで登録試験は合格です。すぐに登録を行いますので少しお待ちください。ギブソンさん、ありがとうございました。受付で報酬をお渡しします」

「いや、報酬はありがてえが自信無くしたわ。試験管の依頼なんて受けるんじゃなかったぜ」

 ギブソンは受付嬢とカウンターに戻っていった。 


 ソフィアが基一に訪ねる。

「キイチさん、お疲れ様でした。それにしても見事な剣術ですね。私には速すぎて見えませんでした」

 フレディも話す。

「いや俺にも見えませんでした」

「ありがとうございます。これは居合術といって一人目を確実に切るときに使う剣術になります。なので相手より素早く剣を当てる手法でして……」

 グレースも目を輝かせて基一を賞賛する。

「すごい。一瞬の出来事でした。こんなの初めて見ました」

「練習すれば誰でも速くなりますよ」

 基一もまんざらでもなかった。が、

(いかんいかん慢心するところだった)

「おほん、いえ、失礼しました。自分なんてまだまだです。でもこれで冒険者になれるので、何とか皆さんのお手伝いができそうです。よかった」

(意外と謙虚なのね。というか礼儀正しくて人格者なのね)

 とソフィアは思った。


「お待たせしました。これが冒険者カードです。いつも身に着けておいてくださいね。身分証にもなりますから」

 登録カードを受け取り、嬉しそうに首に下げる基一。

 受付嬢はほほえましくをそれを見て言った。

「申し遅れました。私はセルカと申します。いつも受付にいますので、何かあれば声をかけてくださいね。これからよろしくお願いします。キイチさん」

「はい。これからお世話になります。よろしくお願いします」

 ペコリと一礼する基一。

(礼儀正しい冒険者なんて久しぶりね。ちょっと子供っぽいけどよく見るとハンサムだわ。剣の腕もすごいのに謙虚だし、この人優良物件かも)

 打算を働かせるセルカであった。ソフィアは横目でセルカを見てなぜかもやもやしていた。


 四人でレクサムの西の森に来た。西はコボルトやワイルドボアなどの魔獣が多く生息する場所だ。

 剣士の基一は前衛につけることになった。フレディとツートップだ。その後ろにグレースを、最後尾はソフィアだ。

 三人は話し合い、今のところはソフィアが王族であることを基一には隠すことにして、信頼に足るかを見極めるまで冒険者パーティに偽装することにした。


 進むこと一時間、魔獣が現れた。

「コボルトだな。五匹か、ちょっと多いな」

 フレディが基一に教える。基一は見たことのない生物をまじまじと見る。

「何だあれ、狼か?」

 やはり別世界なのか。

 狼のような灰色の生物が人と同じように二本脚で立っている。後ろ脚は太く、体をしっかりと支えている。前足は人の手のように長い指があり、鋭い爪が生えている。顔は狼そのもので口が大きく、大きな牙が見える。

 相手との距離は百ヤードほどだ。

(狼の類ならその脚力に注意だな。前足をどう使うのかだな。鼻も効くだろうが、こっちが風下で良かった。まだ気づかれてないようだ。よし)

 基一はフレディに目配せして獲物に近づいていった。

 六十ヤード(六十四メートル)くらいで気づかれた。一気に走って距離を詰めていく。

(いくぞ!)

 基一は刀の柄に右手を添え、左手で鞘を持ち、鯉口を切った。

 先頭にいたコボルトと三ヤードまで接近したところで抜刀、居合だ。柄を前に突き出して抜いた刀をそのままの動きで小指を起点に回転させ、刃を下から振り上げる。  

 切っ先がコボルトの顎を下からかち割った。

「グブォッ」

 そのまま刃を返して振り下ろし、肩から脇腹にかけて袈裟斬りにする。コボルトの上半身が斜めにずれ落ちた。

「!」

 フレディは横目でその切れ味に驚愕しながらも、基一に続いてもう一頭に向かう。牙を剥く顔に盾をぶつけ、怯んだところにショートソードで胸を斬りつける。

「キャウン!」

 続けざまに首めがけて突きを放ち、頸動脈を切って倒す。

 その間に基一は二頭を真っ二つにした。

(何という速さだ)

 横目で基一を見ながらも残る一頭はフレディが倒して戦闘は終了した。

「ふう」

 刀を振って血糊を落とし、鞘に納める。チン、と音がした。

「お疲れ様でした。キイチさん、お見事です」

 ソフィアが称賛を送る。

「大したものだ。やはりかなりの剣の達人だな」

「ありがとう」

 フレディの言うとおり、かなりの技量がある。素早さ、流麗な動き、つい見とれてしまいそうになるほどのきれいな剣さばきだ、とソフィアは思った。

 コボルドの素材を剥ぎ取ってその日は街に戻ることにした。基一の技量も判明したので本格的にパーティの連携を話し合い、魔族討伐を再開することにした。

 その日の晩、食事を取りながら方針を決めていった。

 明日からはレクサムの北側に出て魔族を狩っていくことに決めた。

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