第5話 召喚者

 宿屋のベッドに少年を寝かせた部屋で、三人は話し合った。

「ふう。やっと一息つけたわ。それにしてもこの方は何者なのでしょうか」

 ソフィアはまず、彼の素性が気になった。

「姫様は何を願って召喚をされたのですか?」

 フレディが訪ねた。

「聖獣を望みました。神に仕え、聖なる魔法が使えるならオーガをも倒すことができるかと。でもなぜ人族が召喚されたのでしょう」

 グレースも誰ともなく問いかける。

「それは不思議ですね。もしかしてこの人は天使とか?」

「それにしては普通の人族の子供じゃないか。でもなんで死にかけてたんだ?」

 はっとしてソフィアは声を上げた。

「もしかして私の召喚魔法の影響じゃ……。普通に暮らしてた子が呼び出されて召喚されている間に魔力で傷ついたとか……」

「いや、それはないでしょう。この少年、戦装束です。たぶん戦闘中に召喚されたんですよ」

「それならいいのですが。いえ、言い訳ありません。死にかけてたんですから。でも何があったのでしょう。体中穴だらけにされるなんて、ひどすぎます」

 フレディはポケットから鉛の玉を取り出す。

「こんなものが体から出てくるなんて、おそらく矢の代わりにこの玉を打ち出す武器なんだと思われます」

「なんと恐ろしい。フレディ、それはどこの国のものかわかりますか?」

「いえ、聞いたことがありません。新兵器かなにかだと思われます。でも、彼の戦装束も見たことがない。その湾曲した剣も」

 少年は右手に細い剣を持っていた。今は腰につけていた鞘に戻して壁に立てかけてある。

「誰もわからないのであれば本人に聞くしかありませんね」

 三人はひとまずこの少年が目覚めるのを待つことにした。



 翌朝、グレースが少年の部屋を訪ねるとちょうど目を覚ましたところだった。

「あれ? ここはどこだ?」

「目が覚めましたか? 気分はいかがですか? どこか痛いところとかはありませんか?」

 少年はグレースを見た。

「異国の人? でもなんで言葉がわかるんだ?」

「ちょっとだけ待っててね」


 グレースはソフィア達を呼んで戻ってきた。そして三人が少年を囲んだ。

 姫様が少年に尋ねる。

「まずは名前から教えて下さい。あなたの名前です。わかりますか?」

「私は斎藤基一と言います。松坂藩士です」

「サイトーキーチ? マツジャカファンシィ?」

「そうか異国だから…、名前はキイチ、家名はサイトウです。マツザカというところで武士、ブシわかりますか? なんて言ったらいいんだろう」

 少年はできるだけ丁寧に説明していった。話を聞くと、彼はマツザカという領で騎士を務めていたということがわかった。

「そうなのですね。でもまだ若いのに戦に出ていたのですか? 年はおいくつですか?」

「三十五歳です。もうそんなに若くありませんよ」

 三人は驚く。

「「「うそ!!!」」」

「何が嘘ですか。武士は嘘をつきません」

「えっほんとに三十五歳? 三十路?」

「ええ、三十路ですね」

「でも、どう見ても十五歳いってるかどうかにしか……」

「はは、よく言われます。俺はどうも童顔みたいで……」

 童顔どころではない、いや童顔であってる。それにしても本当の年の半分にしか見られないとは……

「わかりました。では三十五歳ということにしておきましょう。それで? あなたはなぜ死にかけていたのですか?」

「そうだ! 俺、死んだはずじゃあ? でもなんで治ってるんだ?」

 少年、もといおっさんは自分の体を見回し、完治しているのを不思議に思った。

「それはひめさ、うおほん、この方が治癒魔法で治してくださったからだ」

「ちゆまほう?」

「水魔法の一種だ。怪我を治す魔法でとても貴重なんだ」

「あの、まほうとはなんですか?」

「えっ」

「えっ」

 話が噛み合わない。フレディが説明する。


「何だそれ? 初めて聞きます。そんなことできるんですか?」

「お見せしましょうか? ファイア」

 ソフィアが魔法で指先から火を出した。

「うわ! すごい! 熱くないの? 指!?」

 いや、驚くとこはそこではない。

「自分の魔力は自分に影響がないんです」

 姫様も律儀に答えた。

「すごい。どうやったら出せるんです?」

「あなたは今まで魔法を見たことも、使ったこともないのですね。そんな国があったなんて……」

「そういえばここは何という国ですか?」

「ここはアルビオン王国です」

「聞いたことないな。ヨーロッパですか? それともアメリカ大陸ですか?」

「? ここはイーリス大陸です」

 情報交換の末、お互いに全く知らない場所であることがわかった。それだけではない。魔法、銃などの武器、米などの食べ物など、お互いにないものがたくさんあった。

 そして結論に至る。ソフィアが推測を答えた。

「もしかしてこことは全く違う世界から来たのかもしれません。どうしましょう。私はあなたをこの世界に呼んでしまったのです、ああ、なんとお詫びをすればいいか……」

「いえ、それには及びません。どうせ俺は死ぬ寸前だったのです。逆に命を助けてくれました。お詫びなど不要です。俺がお礼をしなければなりません」

 基一は頭を下げた。

「いえいえ、でも元の世界に戻りたいですよね。今頃あちらではあなたを心配なさっているご家族の方々が……」

「いえ、俺に家族はいません。それに仲間たちにはもう死んだものと思われているでしょう。現にここに呼ばれなければ俺は確実に死んでました」

「そうですか。それなら良かったです。でも帰りたいですよね。今は無理ですが、いつかまた魔力が溜まれば返すことができます」

「帰れるんですか?」

「はい。でも数年はかかってしまいます。申し訳ありません」

「いえ、ではそれまではなにかご恩返しをさせてください。俺にできることなら何でもします。それにここではどうやって生きていけばいいかわかりません。どうか働かせてください」

 基一はソフィアたちに同行することにした。

「あの、お名前をお聞きしても?」

 ソフィアたちは不思議な出来事に自分たちが名乗っていないことを忘れていた。

「も、申し訳ありません。私はソフィアと申します」

 (改めて見ると西洋美人だ。さらさらの金髪に青い瞳、肌は真っ白でシミ一つない。めちゃめちゃきれいだ。あっいかんいかん、ご婦人をまじまじと見てしまうなんて不埒な真似はダメだな。恩人に向かってそれはない。気を引き締めねば)

 基一は礼を重んじ、返答する。

「これからお世話になります。どうかよろしくお願いします」

 そしてただ一人の男が名乗る。

「俺はフレディだ。剣を使うからキイチと一緒に前衛になるだろう。よろしく」

(剣士か、いいね)

 フレディは百八十センチぐらいある長身で、少しクセのある茶髪で緑の目をしている。

(なんかここの人たちの目って宝石みたいだ)

「そしてこっちは俺の妹でグレースだ」

 グレースはフレディの横で隠れるように佇んでいたがペコっと会釈した。短めに切った赤髪に緑の目をしている。

(なるほど、目が兄妹で同じ色だ。それにしても赤い髪って不思議だな。こっちでは当たり前なのかな。なんかきれいだ。あっ、いかんいかん)

「ご兄妹ですか。なるほど、仲がよさそうだし目が同じ色をしている。きれいだね。これからお世話になります」

 しっかりと礼をする。グレースの顔がちょっと赤くなった。

「き、きれいだなんて……」

「俺の国では目の色はほぼみんなこんな感じの黒目しかいないんだ。髪の毛も黒髪しかいない。外国では金や茶色のきれいな髪の人はいる。でもグレースさんみたいな赤い髪の毛の人は見たことがないなあ」

 基一は素直な感想を漏らした。するとグレースは顔を伏せてフレディに隠れてしまった。それを見てフレディは話す。

「赤髪はここでも珍しいんだ。妹はこの髪がコンプレックスでね」

「コンプレックス? 気に入らないということか? こんなに綺麗なのに?」

「えっ」

 グレースがびくっとした。

(なんかかわいいな。俺も妹にしたいぞ)

「金や茶も綺麗だが赤い髪は特に綺麗だと思うよ。素晴らしい。俺なんか真っ黒けだからね。うらやましいよ」

「はは、でもこっちでは君のような黒髪も珍しいんだ」

「そうなんだ。まあでも容姿は自分で望んでなったわけじゃないからね。親に感謝して自信を持たなきゃね。どんな人でも同じ容姿はないんだし。俺は俺、グレースはグレースだな。ははは。お互い珍しい髪どうしらしい。仲良くしてね」

 基一は笑顔でグレースに話しかけた。

「……」

グレースは基一を見てさらに顔を赤くしてしまった。でもさっきよりも優しい表情になった。

「よ、よろしくお願いします。キイチさん」

 ぼそっとだが基一に声をかけた。

「はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 挨拶がすみ、今後のことをソフィアから話す。

「私たちは冒険者です。魔物や魔族を討伐しながら国内を廻っております。なのでキイチ殿も冒険者になってもらって一緒に旅をしてもらうことになります」

 三人は冒険者という職業で、冒険者はギルドという組織に組し、ギルドが依頼する仕事を請け負うのだそうだ。依頼内容はさまざまで、主に魔物の討伐が多いのだとか。町から外に出て人を襲う魔物を倒し、周辺の治安をよくするのが仕事らしい。

(なるほど、冒険だな)

 基一は納得した。

「はい。わかりました。冒険者というのがまだまだよくわかっておりませんが、今後ともよろしくお願いします」


「でも、どうしてその召喚とやらの儀式をしてたんですか? ほんとは何を呼び出すつもりだったんです?」

 今度は基一が三人の身の上や事情を知ろうと質問を始めた。

「聖獣です」

「せいじゅう? 神獣の類ですか? 朱雀とか玄武とか……」

「神獣? あなたの世界ではそのようなものがいるのですか?」

「いや、空想の生き物ですね。誰も見たことはないでしょう。でも鬼などのあやかしなら昔の文献で残ってますね。鬼というのは人を食べる妖怪です。神獣はそんなあやかしから人を守ってくれるおとぎ話に出てきたりするんです」

「それならここにもいます。ここではオニではなく魔族ですね。私達はまさしくその魔族を倒すために召喚魔法を使ったのです」

「えっ、まぞく? それは鬼みたいに人を襲うんですか?」

「はい。人を襲い、捕食されます。女性は連れ去られ、生殖に使われてしまいます」

「なんだって?」

「魔族はオスしか生まれないのです。繁殖するには人族の女性を犯し、子を産ませるのです。生まれてくる子は全て魔族になります」

「何ということだ」

 基一はショックを受けた。

「そんなものがどれだけいるんですか?」

「数は不明ですが、この国の北の境界の向こうに魔族領があり、そこからやってきます。すでにこの街の北側にまで来ており、町を出ると襲われる可能性があります」

 基一は驚愕する。

「なんて世界だ。まるで地獄じゃないか」

「はい。魔族に捕まれば誰もが地獄を味わうでしょう。なので聖獣を呼んでせめてこの国に侵入した魔族だけでも討伐したかったのです」

 ソフィアは召喚の理由を語った。

「なるほど、わかりました。では、俺はその討伐に加わりましょう」

「えっ」

「なんですか? 俺はそのために呼ばれたんでしょう?」

「いや、そうですが、魔族はとても強いのです。キイチさんのようなこど……こほん、普通の人族ではとても太刀打ちできません」

(今子供って言おうとしたよな、この人……まあ、しょうがないか。こんなナリだしな)

「大丈夫です。こう見えて俺、剣に覚えがありますから。魔法とやらは使えませんが、なにか手伝うぐらいできると思います」

「それでは明日森に出てみますか? まずは魔獣を倒してみましょう。それで連携を確認します」

「それにしてもソフィアさんやグレースさんも冒険者なのですか? 女性が剣をもって戦うなんて勇敢ですね」

 基一の顔を見たソフィアはその言葉が尊敬の念であることを読み取ったのか、

「い、いえそんな。そうですか。えへへへ」

 照れた。

 グレースも褒められてまんざらでもないらしい。いや基一がほめたつもりなのかは疑問だが。

「ここでも戦う女性は少数ですよ。私は魔法で後方から攻撃をします。剣はあまりうまくありません。魔法は詠唱する時間が必要なのでその間はグレースが私を守ってくれるのです」

「俺のいた国では男しか戦いません。外国でも聞いたことがないですね。男は女を守るものでした。ここでは少し風習や文化が違うようです。これからもいろいろと教えてください」

 その日は準備と休息とし、翌日に基一の実力を測ることとなった。

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