第4話 召喚魔法

 それから数日間、レクサムにとどまり森に入った。初めての戦闘の教訓を活かし、作戦を立てて再度ゴブリン討伐に臨んだ。

 その後の三度の討伐戦は順調だった。大きな群れでなければゴブリンならすでに脅威ではなくなっていた。しかし魔族との戦いはそれほど甘くはなかった。


 この日は五度目のゴブリン討伐を目的とした探索だった。しかし遭遇したのはさらに強い魔族だった。オークだ。

 三人は初めてのゴブリン戦の時のように魔物を襲っている音を聞き、近づいていった。しかし相手はゴブリンではなかったのだ。

「もしかしてあれがオーク?」

 オークは豚鼻に牙のある大きな口を持った顔で、毛のない頭には二本の牛のような小さな角が生えている。緑っぽい体はゴブリンと同じだがかなり大きい。六フィート(一・八メートル)ほどある。人族に比べてかなり太った体形をしているので重量がありそうだ。一頭のオークが狼に似た顔のコボルトという魔物を倒して食べていた。

「あれはヤバイ。オークにはまだ作戦をちゃんと考えていない。出直そう」

 引き返そうとしたが遅かった。もう一頭がいたのだ。三人の後方から近づいて来ていた。気づかれていたのだ。するとコボルトを襲ったオークも獲物を放り出して走り出してきた。嵌められた。どうする?

 三人は後方のオークを撃退し、可能なら逃げることを選んだ。こちらからも後方のオークに近付いて時間差で一頭だけ当たるように仕向ける。まずはソフィアの魔法だ。

「ウォーターボール!」

 オークに水球が飛んでいく。

「ブヒッ」

 豚のような鳴き声を出した。ひるませるのが目的だったがオークは気にもとめなかった。

 次にフレディだ。ショートソードで斬りつける。

「はっ!」

 オークの胸を斬りつけることができたが皮が厚く、これもあまり効いていないようだ。オークはそのままフレディにこん棒を振り上げた。

 素早さでは勝るフレディがよける。こん棒が地面にぶつかる。

ドゴッ!

 かなり力がある。頭に当たれば確実に死ぬ。近距離で見るオークは大きい。まるで牛が二本足で立っているようだ。フレディは恐怖を押さえつけ、オークの横腹めがけて突きを放った。ザクっと刺さったがまるで効いた感じがしない。人に比べて体が大きく、致命傷にならない。オークは下ろしたこん棒をそのままブンッと横なぎにはらった。

「くっ!」

 フレディはしゃがんでよける。

オークの両腕が左右に開いたのを機に、グレースが槍で胸を突いた。

「はっ!」

 どすっと刃の半ばまで刺さる。ブホッと呻くがまだ動いてる。体がぶ厚いので急所まで届いていないようだ。フレディはすかさず後ろからオークに飛びつき、首を掻き切る。何度も何度も同じところを切りつけて首の3分の1まで切れるとブシュッと血が噴き出し、ついにオークは後ろに倒れた。


 やっと一頭、残りもう一頭だ。オークが倒れたと同時に飛び降りたフレディはすぐさま走ってくるオークを見る。

 コボルトを襲っていたので口元を真っ赤に染めたまま迫ってくる。かなり怖い。

 ソフィアが詠唱を始める。フレディとグレースはソフィアをかばうように前に出る。

 このオークはツーハンデッドソードを片手で持っていた。倒した冒険者から奪ったのだろう。近づいてきたオークは剣を振りかざして叫ぶ。

「ブギャアアア!」

 グレースが槍を胸にめがけて突き出して応戦する。しかし、槍先を手でつかまれてしまう。多少オークの指が切れたようだがおかまいなしだ。左手で槍をつかみながら右手の剣をグレースに振り下ろす。すかさずフレディがショートソードで右手を斬り飛ばそうと振り上げる。

ザシュッ

 オークの二の腕を切る。だが重量差もあり浅かった。そのまま剣を振り下ろされた。

「グォオオ!」

 グレースは槍を引き抜いて間一髪でよける。

ブンッ

 オークの剣がうなる。すごい威力だ。当たれば体が両断されるだろう。

 グレースがよけ、前方が空いたところで詠唱が終わったソフィアが魔法を放つ。

「ヒートレイ!」

 高い魔力を持つソフィアは火と光属性の混合魔法を放つ。熱線が、剣を振り下ろしてよけられない体制だったオークの顔に当たった。

ブジュゥゥッ

 と音がして顔の真ん中に熱線が貫通して穴が空き、後ろに倒れてそのまま動かなくなった。

「はぁはぁはぁ。やった。」


 三人でオークを討伐することができた。勝因は一頭ずつ時間差で対応できたことだ。しかしこれがもし二頭同時なら、間違いなく誰かが怪我を負うか、死んでいたかもしれない。それに一人一人の通常の攻撃力ではオークを倒すに至らないこともわかった。

 致命傷を与えられるソフィアの魔法は発動までに時間がかかり、それまでにやられてしまう可能性が高い。

 そう思うと今のままの体制ではいつか誰かが死んでしまうと考えさせられる戦闘だった。



 このままでは国内の魔族の討伐は難しいことを悟ったソフィアは、自身がもつ固有魔法を使って魔族を倒せる戦力を求めた。

『召喚魔法』だ。

 固有魔法は特定の人のみが持つ希少な魔法だ。

 人族が使える魔法は火、水、土、風の四属性が一般的だが、ごく稀に光属性や空間を司る魔法を持つものが現れる。

 ソフィアは火、水、光、そして召喚魔法という人族の中でも優れた魔法士だった。

 二つの属性を持つだけでも十分に優秀な魔法士になれるが、ソフィアは三属性が使えるトライアングルというトップクラスの才能があった。

 さらにソフィアは二つの属性を混合して使うことができた。

 火と光の合成の『ヒートレイ』は高温度の光線で、敵を焼き切ることができる。

 水と光の合成である『アイギスヒール』は水の治癒魔法以上に体を癒す魔法で欠損部位を完全に復元することは難しいが、切り落とされた手足であればつなげて治すことができる。


 召喚魔法はどの属性にもあてはまらない固有の能力で、アルビオンの王族に代々伝わる特別な魔法である。

 いつの時代にも王族の一人だけが授かる力で、今はソフィアのみが持っていた。

 本来は自分を守護する魔物を召喚する魔法だ。召喚された魔物は主に服従し、身を呈して主を守るという。

 ソフィアは単独でも魔族に、それも最強のオーガに打ち勝つ大型魔獣を召喚したいと考えていた。

 聖獣だ。

 聖獣は異界に住むとされる魔獣である。過去の文献ではサラマンダーやユニコーンなどの強力な属性魔法が使える大型魔獣を呼び出したとの記録があった。

 召喚魔法は莫大な魔力が必要となる。この魔法の保持者は魔力を召喚用に貯めておく能力を持っている。ソフィアは今まで一度も召喚魔法を使うことなく魔力をため続けてきた。

 一度召喚すれば次はいつできるだろう。おそらくは数年はかかると思われる。

 まだまだ魔力をため続けて、さらに強力な魔獣を召喚すべきなのかもしれない。

 しかし今必要だ。大丈夫、もう十分に莫大な魔力がたまったはずだ。

 ソフィアはそう決意した。



 雲一つない晴れた朝、レクサムの町から馬車で少し離れ、誰もいない草原で召喚魔法を使うことにした。

 ソフィアが前に立ち、後ろでフレディとグレースが見守る。

 詠唱を始める。古代語だ。固有魔法はなぜか所持者が自然と詠唱文を覚えている。

「フォルティス エト プラ エゥセ、デウス エジェスタ エト ヴェラ べドゥレ、レティウム イグジトゥス フォルテム、オルビス!

(清き、そして強き者よ。神の力で生まれし者よ。我の願いに応え現れよ。我が望みを叶えるならば、汝が望む対価をもって応えよう。召喚!)」

 ソフィアの目の前に魔法陣が現れ、白く輝く。すると陣から何かが現れた。召喚は成功のようだ。はたして何が呼び出されたのか。

 白い輝きがだんだんと薄れていく。


 人型だ。まさか魔族?


 光が消えると、一人の人族が立っていた。うつむいているため顔はわからない。

 珍しい黒髪だ。異国の服装をしている。よく見るとボロボロだった。左腕が今にもちぎれそうだ。いやすでにちぎれてる。防具をつけており籠手でなんとかぶら下がっていた。

 三人はこの少年のような、それでいて今にも死にそうな人族を見てしばらく声も出せなかった。


 どさっと左腕が落ちたと思ったらどうっと顔から前に倒れてしまった。

「いけない! 早く治癒魔法をかけないと!」

 ソフィアは慌てて飛びつき少年に治癒魔法をかけた。ソフィアの魔法はちぎれた腕も治すことができる。ただ、召喚魔法で魔力を使い切ったので、マナポーションを何本も飲みながら何時間もかけてかろうじて左腕をつなげた。よく見ると体中が穴だらけだった。

 これでよく生きていたものだ。

一つ一つの傷をゆっくりと魔法でふさいでいく。そして少年に回復ポーションを飲ませた。

ゴフッゴフッ、ゴクン

 吐き出しながらも少しづつ飲ませた。

 何時間たっただろう。とっくに正午を過ぎ、夕方に差し掛かろうとしたところで何とか

峠を越えたようだった。少年はそのまま眠ってしまった。

 三人は少年を馬車に乗せ、レクサムの町まで戻ることにした。

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