第31話(尖塔の住人③)16歳

「二人にはいろいろ教えてほしいな。わたし、知らないことばかりだから」


 わたしたちは食べ終わった後も、カフェテリアで話し続けた。ここは座席が通りに面しているので、開放的で心地良い。


「もちろん、何でも聞いてよ。僕らで分かることは答えるから」

「ありがとう。質問がとりあえず三十くらいあるのだけど」


「うわ、多いな」

「あはは、いいわよ、アイカ。いくつでも聞いてちょうだい」


 わたしが魔法学校に入ったのは、イーダが過ごした学舎で学びたかったという思いからだが、他にも目的があった。ここで探している人がいるし、調べたいこともあった。


 すぐに達成できるとは思っていない。時間をかけて取り組むつもりだ。知り合ったばかりだが、アレクシスやキーラもいつか力になってくれるかもしれない。そんな淡い期待も抱いていた。


 そのとき、アレクシスが突然、身を縮めた。わたしとキーラに小さな声で言う。

「うわさをすれば何とやらだ。『貴族派』の親玉が来たよ」


 向こうから五人のグループが歩いてきた。わたしはその中心にいる白いローブの女子学生に注目する。わたしたちの前を通りすぎようとしたところで、彼女が足をとめた。


「あら、ごきげんよう。アレクシス、キーラ」

「ごきげんよう、ライラ」

「やぁ、ライラ。きょうも元気そうだね」

 ライラと呼ばれた彼女は、わたしの方に目をとめると、テーブルに近づいてきた。


 ライラ——。

 その名前は知っている。

 入学前にヴィルマから聞いていた。


「ふふ、お二人がうらやましいわ。専科の新しい方とずいぶん親しげなんだもの」


「ついさっき知り合ったばかりだよ」

 アレクシスが答えた。それから、わたしに「アイカ、彼女も僕らの同級生なんだ」と紹介してくれた。


「ライラです。よろしく」

「わたしはアイカ。よろしく」


 ライラは金髪をきっちりと編み込んでまとめ、前髪を眉の上で切りそろえている。意志の強そうな真一文字の眉が印象的だ。


 ライラがふいに、その美しい顔をわたしに寄せた。距離がとても近かったので、わたしは驚いて固まってしまった。彼女はわたしの耳元で、他の人には聞こえない小さな声でささやく。


「会いたかったわ、アイカ・レイン。あなたとお近づきになりたいと思っていたの」

「ありがとうございます、。でも、わたしは、あなたに興味を持ってもらえるような人間ではありませんよ」


 ライラ・ハーリンはノール帝国の皇女で、ルーカスの妹だ。金髪と涼しげな目元がルーカスによく似ている。ライラは笑みを浮かべると、なおもささやいた。


「ご謙遜を。あなたはその若さで、アルマ・レインの魔法のすべてを受け継いだ『時の魔女』なのでしょう。興味を持つには十分だわ」

「いえ、右も左も分からない、ただの田舎者ですよ」


 取り巻きはおそらく護衛を兼ねているのだろう。皇女が突然、わたしのような胡乱な人物に話しかけたので、いぶかしんでいるに違いない。


「アイカ、また会いましょう。アレクシスもキーラも失礼したわね」


 ライラが立ち去ると、アレクシスがため息をもらした。


「ふう、彼女は別格だな。話すだけで、何だか寿命がすり減ってしまう」

「それにしても、アイカはライラと知り合いだったの?」

「ううん、会ったのは初めてよ。ただ、ちょっといろいろ事情があって。彼女に目をつけられているみたい」


 アレクシスがため息をもらすのも分かる。彼女は間違いなく別格だ。身分も、それから魔力も。キャンパスですれ違った魔法使いの誰よりも、圧倒的な力を感じた。


 そして、ライラの魔力は、他の魔法使いとは根本的に違う、独特の雰囲気があった。

「ねぇ、アレク。ライラの魔力って不思議ね。何て言えばいいか、まるで彼女が二人いるような気がしたわ」


「アイカはよく分かるね。ライラは、珍しい二大属性持ダブルホルダーちだから」


 あぁ、なるほど。そうか。

 複数の属性を持つ魔法使いに会ったのは初めてだ。自分とアルマ以外では。どうりで、魔力の在り方が普通じゃないと思った。二大属性持ちとは、あんな感じなのか。


 キーラが言った。

「ライラを見ると、やっぱり貴族のすごさを感じるよね。わたしはついさっき、貴族なんて関係ないと言ったばかりだけど」

 アレクシスがそれに応える。

「あぁ、積み重ねた歴史の重みだろうね。あれは一般人には到達できないレベルだよ。ライラはルーカス殿下を上回ると言われる才能の持ち主だから。貴族だけでなく、皇族の中でも飛び抜けているとは思うけどね」

「確かに。ちょっと話しただけでも、彼女のすごさは十分に伝わってきたわ」

 わたしもうなずいた。


 アレクシスがなおも言う。

「まぁ、ライラは確かにすごいけどさ。でも、うちの学年のトップはライラじゃないんだぜ。もう一人、破格の魔法使いがいる。『狂犬』ってあだ名なんだけど。アイカもそのうち会うんじゃないかな。ライラと狂犬の模擬戦は、かなり見ものだからさ」


 キーラがふと、わたしを見て言った。

「どうしたの、アイカ。さっきから笑ってるけど」

「あ、わたし、笑ってた?」

「うん、楽しそうに笑ってたよ」

「気持ちが顔に出てしまっていたのね。アレクもキーラも、それからライラも。わたし、同世代の魔法使いに会うのは初めてだから。世の中には、同じ年頃でこんなに魔法使いがいるんだなぁって。何だか嬉しくなって、興奮していたの」


「あはは、アイカって、前向きな人ね。いままで、どんな辺境に住んでいたのかしら」

「よし、そろそろ質問に答えようか。急がないと日が暮れてしまうよ」

 アレクシスの言葉を受けて、わたしは背筋を伸ばして二人に向き直った。

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