第27話(冒険者たち⑧)13歳

 ヴィルマは、並んで歩くわたしに、噛みしめるように話した。静かに、ゆっくりと。


 イーダより二年早く魔法学校を卒業したこと、それから宮廷魔法師団に入ったこと——。


「宮廷は魔法学校とはやはり違うな。緊張のなかで、時間が飛ぶように過ぎた。かつての仲間とはなかなか会えなかったが、一年後にはルーカスとレオが宮廷魔法師団に入ってきたんだ」


 ヴィルマはわたしの方に少し目をやると、話を続ける。


「イーダはさらに一つ下の学年だった。わたしはもちろんイーダにも、卒業したら宮廷魔法師団に入るように誘っていたんだ」


 その話はわたしも聞いていた。父も母もその進路には賛成していたのだ。おそらくイーダ自身も、それを望んでいたに違いない。


「だが、イーダは卒業したらレピストの領地に帰った。わたしは引き止めたが、本人の意思は強かった。——いろいろ思うところがあったのだろうな。その後は、イーダが死ぬまで、一度も会っていない。ずっと気にはなっていたんだ。でも、わたしたちはお互いに忙しく、遠く離れていたからな」


 ヴィルマが歩みをとめた。

 わたしが隣にいないことに気づき、後ろを振り返る。


 わたしは立ちどまっていた。

 流れる涙のせいで、歩くことができなかったのだ。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 ヴィルマがわたしの方に戻ってきた。


「すまないな、イーダのことを思い出させてしまったか」

 わたしはかぶりを振った。

「そうじゃない。わたしのせいだから」

「どういうことだ?」

「イーダが領地に戻ってきたのは、たぶん、わたしが心配だったから」

「ふむ」

「そして、わたしを守るために死んだんだ」


 ヴィルマの銀色のローブが陽光を受けて輝く。

 イーダが同じローブを着て、ヴィルマらと共に歩む未来があったかもしれない。そう考えると、ますます悲しく、悔しかった。


 ヴィルマはしばらく黙っていた。

 それから、きっぱりと言った。

「アイカ、自分を責めるな。イーダが自分で選んだ道だ。彼女も本望だろう」

「うん」


 わかっている。

 いつまでも悲しみに浸ってはいられない。

 だからこそ、わたしは魔法の鍛錬を積んでいるのだ。

 アルマという師匠も得た。


 わたしは風に舞う髪を手でおさえ、涙をふく。


 ヴィルマがふいに言った。

「アイカ、帝都に来るつもりはないか」

「わたしが、帝都に?」

「そうだ。アイカはもっと広い世界を見たほうがいい」


 ヴィルマの表情は真剣だった。

 わたしは即答できずに黙り込む。


「今すぐでなくとも良い。時の魔女から魔法の手ほどきを受けるのは得難い経験だろう。だが、アイカはこれからもこの屋敷で暮らしていくのか」


 いまはアルマとの修行で頭がいっぱいだ。

 でも、自分の行く道はその先にずっと続いている。


 帝都に行く。

 そんな選択肢が、あり得るのだろうか。


 ソフィアが帝都から逃げ帰った話は強い印象に残っている。

 その一方で、イーダやヴィルマらが帝都で過ごした月日を、まぶしくも感じていた。


「ヨナス殿のように、一年のうち何カ月かを帝都で過ごす方法だってある。アイカにその気があれば、わたしもレオも、力になれるはずだ」


 わたしは流れる雲を見つめる。

 イーダがやったこと、それから、イーダがやれなかったこと。

 わたしにそれが出来るだろうか。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 どれくらい時間が経ったのだろう。

 ぼんやりと空を見上げていたわたしに、ヴィルマが声をかけた。


「そろそろ戻ろうか。我々があまりに長いあいだ姿を消していたら、またヨナス殿が心配しそうだ」

「あっ、ちょっと待って」


 わたしは先に歩きかけたヴィルマを呼びとめた。

「ヴィルマ、もうひとつ、教えてほしい」

「いいぞ、何だ」

「ルーカス殿下は、心が読めるの?」

「ふうむ」


 ヴィルマは立ちどまって、答えた。

「魔法のことは本来なら、本人に聞いてもらいたいところだ。他人が種明かしをする訳にはいかないのでな。ただ、ルーカスは昨日、時の魔女にもそのことを話していたな」

「うん、わたしの心を覗いたって」

「間違っていない。ルーカスの眼には見えるんだ。魔力を通じて、アイカの心に浮かぶ画像の一部がな」

「わたしの、心に浮かぶ画像」

「そうだ」


 アルマは精神系の解析魔法だと言っていた。もし、それが本当なら、あまり聞いたことがない類の能力だ。

 いったい、わたしの心の中の、何を覗いたというのか。


「それは、わたしが、終幕の魔法使いかどうかを確かめるために?」

「それもあるが、多分それだけじゃない。そもそも今回はルーカスが言い出したのだ。ここに訪れたいと。だからわたしとレオがついてきた」


 ヴィルマは首をひねった。わたしにどう説明すべきか、考えをまとめているようだ。


「ルーカスの考えは、我々には読み切れない。彼は自分の心のうちを他人には容易に悟らせないからな」

「そうなのですね」

「まぁ、彼は昔からあんな感じだった。考えが深すぎるんだ。思考が他人よりも先へ行き過ぎて、ついていけない面もある」

 ヴィルマが苦笑し、わたしも釣り込まれて笑った。


「アイカ、でも我々はみんな、ルーカスを人の上に立つ器だと認めている。彼は間違いなく、ノール帝国の歴史に残る皇帝になるだろう」


 それから、ヴィルマはこう言葉を続けた。

「そのとき、ルーカスを側で支えられるのは、イーダだと思っていた。イーダのあの真っ直ぐ、誠実な心でな」


 わたしは大きく息を吸い込む。

 イーダとルーカス。

 二人が一緒に並んで立つ姿はうまく想像できないが、ヴィルマの言葉はわたしの胸に深く響いた。


「イーダとルーカスは、その、どういう関係だったの?」

「互いに想い合っていたと思う。ルーカスは皇太子という立場があるから、公にはなっていなかったがな」

「……」


「ここへ来る途中、我々はレピストの屋敷跡にも立ち寄った。ルーカスは自分の目で確かめたかったのだろう。イーダの最期を。だから、自らの意思でここまで来たんだ」


 ヴィルマとわたしは大広間に戻った。


 食事が終わり、お茶が運ばれてきていた。ハーブを煎じたよい香りが漂い、侍女がポットを手に行き来している。


 ティーカップを手にしていたとき、ルーカスがわたしに言った。

「どうした。俺の顔に何か付いているのか」

 ついルーカスのことを目で追っていたようだ。わたしは少し考え、返事をした。

「そうですね。何だかいろいろ、余計なものが付いているようです」

 わたしの言葉にヨナスがお茶をこぼす。

 ヴィルマが口もとを手でおさえた。


「ふっ」

 ルーカスが笑いを噛みころし、そして、わたしを見た。

「まったく、お前たち姉妹は、よく似ている」

「わたしとイーダのことですか」

「そうだ。そういうところは、そっくりだな」


 わたしはイーダに似ていると言われたのは、初めてだった。


 ルーカスら一行は、その翌々日に帝都に向かって出発した。

 屋敷を出て行く馬車を見送りながら、ソフィアが言った。

「何だかやっぱり冒険者のような人たちだったね」

 わたしも同じことを思っていた。


 わたしが帝都とレイン家の領地を行き来するようになるのは、それから半年後のことだ。














 







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