第27話(冒険者たち⑧)13歳
ヴィルマは、並んで歩くわたしに、噛みしめるように話した。静かに、ゆっくりと。
イーダより二年早く魔法学校を卒業したこと、それから宮廷魔法師団に入ったこと——。
「宮廷は魔法学校とはやはり違うな。緊張のなかで、時間が飛ぶように過ぎた。かつての仲間とはなかなか会えなかったが、一年後にはルーカスとレオが宮廷魔法師団に入ってきたんだ」
ヴィルマはわたしの方に少し目をやると、話を続ける。
「イーダはさらに一つ下の学年だった。わたしはもちろんイーダにも、卒業したら宮廷魔法師団に入るように誘っていたんだ」
その話はわたしも聞いていた。父も母もその進路には賛成していたのだ。おそらくイーダ自身も、それを望んでいたに違いない。
「だが、イーダは卒業したらレピストの領地に帰った。わたしは引き止めたが、本人の意思は強かった。——いろいろ思うところがあったのだろうな。その後は、イーダが死ぬまで、一度も会っていない。ずっと気にはなっていたんだ。でも、わたしたちはお互いに忙しく、遠く離れていたからな」
ヴィルマが歩みをとめた。
わたしが隣にいないことに気づき、後ろを振り返る。
わたしは立ちどまっていた。
流れる涙のせいで、歩くことができなかったのだ。
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ヴィルマがわたしの方に戻ってきた。
「すまないな、イーダのことを思い出させてしまったか」
わたしはかぶりを振った。
「そうじゃない。わたしのせいだから」
「どういうことだ?」
「イーダが領地に戻ってきたのは、たぶん、わたしが心配だったから」
「ふむ」
「そして、わたしを守るために死んだんだ」
ヴィルマの銀色のローブが陽光を受けて輝く。
イーダが同じローブを着て、ヴィルマらと共に歩む未来があったかもしれない。そう考えると、ますます悲しく、悔しかった。
ヴィルマはしばらく黙っていた。
それから、きっぱりと言った。
「アイカ、自分を責めるな。イーダが自分で選んだ道だ。彼女も本望だろう」
「うん」
わかっている。
いつまでも悲しみに浸ってはいられない。
だからこそ、わたしは魔法の鍛錬を積んでいるのだ。
アルマという師匠も得た。
わたしは風に舞う髪を手でおさえ、涙をふく。
ヴィルマがふいに言った。
「アイカ、帝都に来るつもりはないか」
「わたしが、帝都に?」
「そうだ。アイカはもっと広い世界を見たほうがいい」
ヴィルマの表情は真剣だった。
わたしは即答できずに黙り込む。
「今すぐでなくとも良い。時の魔女から魔法の手ほどきを受けるのは得難い経験だろう。だが、アイカはこれからもこの屋敷で暮らしていくのか」
いまはアルマとの修行で頭がいっぱいだ。
でも、自分の行く道はその先にずっと続いている。
帝都に行く。
そんな選択肢が、あり得るのだろうか。
ソフィアが帝都から逃げ帰った話は強い印象に残っている。
その一方で、イーダやヴィルマらが帝都で過ごした月日を、まぶしくも感じていた。
「ヨナス殿のように、一年のうち何カ月かを帝都で過ごす方法だってある。アイカにその気があれば、わたしもレオも、力になれるはずだ」
わたしは流れる雲を見つめる。
イーダがやったこと、それから、イーダがやれなかったこと。
わたしにそれが出来るだろうか。
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どれくらい時間が経ったのだろう。
ぼんやりと空を見上げていたわたしに、ヴィルマが声をかけた。
「そろそろ戻ろうか。我々があまりに長いあいだ姿を消していたら、またヨナス殿が心配しそうだ」
「あっ、ちょっと待って」
わたしは先に歩きかけたヴィルマを呼びとめた。
「ヴィルマ、もうひとつ、教えてほしい」
「いいぞ、何だ」
「ルーカス殿下は、心が読めるの?」
「ふうむ」
ヴィルマは立ちどまって、答えた。
「魔法のことは本来なら、本人に聞いてもらいたいところだ。他人が種明かしをする訳にはいかないのでな。ただ、ルーカスは昨日、時の魔女にもそのことを話していたな」
「うん、わたしの心を覗いたって」
「間違っていない。ルーカスの眼には見えるんだ。魔力を通じて、アイカの心に浮かぶ画像の一部がな」
「わたしの、心に浮かぶ画像」
「そうだ」
アルマは精神系の解析魔法だと言っていた。もし、それが本当なら、あまり聞いたことがない類の能力だ。
いったい、わたしの心の中の、何を覗いたというのか。
「それは、わたしが、終幕の魔法使いかどうかを確かめるために?」
「それもあるが、多分それだけじゃない。そもそも今回はルーカスが言い出したのだ。ここに訪れたいと。だからわたしとレオがついてきた」
ヴィルマは首をひねった。わたしにどう説明すべきか、考えをまとめているようだ。
「ルーカスの考えは、我々には読み切れない。彼は自分の心のうちを他人には容易に悟らせないからな」
「そうなのですね」
「まぁ、彼は昔からあんな感じだった。考えが深すぎるんだ。思考が他人よりも先へ行き過ぎて、ついていけない面もある」
ヴィルマが苦笑し、わたしも釣り込まれて笑った。
「アイカ、でも我々はみんな、ルーカスを人の上に立つ器だと認めている。彼は間違いなく、ノール帝国の歴史に残る皇帝になるだろう」
それから、ヴィルマはこう言葉を続けた。
「そのとき、ルーカスを側で支えられるのは、イーダだと思っていた。イーダのあの真っ直ぐ、誠実な心でな」
わたしは大きく息を吸い込む。
イーダとルーカス。
二人が一緒に並んで立つ姿はうまく想像できないが、ヴィルマの言葉はわたしの胸に深く響いた。
「イーダとルーカスは、その、どういう関係だったの?」
「互いに想い合っていたと思う。ルーカスは皇太子という立場があるから、公にはなっていなかったがな」
「……」
「ここへ来る途中、我々はレピストの屋敷跡にも立ち寄った。ルーカスは自分の目で確かめたかったのだろう。イーダの最期を。だから、自らの意思でここまで来たんだ」
ヴィルマとわたしは大広間に戻った。
食事が終わり、お茶が運ばれてきていた。ハーブを煎じたよい香りが漂い、侍女がポットを手に行き来している。
ティーカップを手にしていたとき、ルーカスがわたしに言った。
「どうした。俺の顔に何か付いているのか」
ついルーカスのことを目で追っていたようだ。わたしは少し考え、返事をした。
「そうですね。何だかいろいろ、余計なものが付いているようです」
わたしの言葉にヨナスがお茶をこぼす。
ヴィルマが口もとを手でおさえた。
「ふっ」
ルーカスが笑いを噛みころし、そして、わたしを見た。
「まったく、お前たち姉妹は、よく似ている」
「わたしとイーダのことですか」
「そうだ。そういうところは、そっくりだな」
わたしはイーダに似ていると言われたのは、初めてだった。
ルーカスら一行は、その翌々日に帝都に向かって出発した。
屋敷を出て行く馬車を見送りながら、ソフィアが言った。
「何だかやっぱり冒険者のような人たちだったね」
わたしも同じことを思っていた。
わたしが帝都とレイン家の領地を行き来するようになるのは、それから半年後のことだ。
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