第20話(冒険者たち①)13歳

「生きることのすべては魔法にとって意味がある」


 アルマの言葉だ。


 朝、起きて陽の光を浴びる。窓を開いて風を感じる。井戸からくみたての水を飲む。森の中を散歩する。鳥の声を聞く——。


 そういったひとつひとつの動作がすべて、魔力を磨くことにつながるという。意識を研ぎ澄ませることによって。


 レイン家の領地はノール帝国の中でも最北端に近い。冬は一帯が雪と氷に包まれる。その長くて、寒くて、暗い季節を、わたしは魔法の鍛錬に費やした。


 どうせやることなど何もないのだ。ソフィアと過ごすか本を読むかする以外には。


 最初のうちアルマから受けた手ほどきはシンプルだった。

「とにかく魔力を制御すること」

 それだけを考えた。


 例えば、魔力の出力を最小限に絞り、ごくわずかだけ身体に常時まとわせる。その状態で朝から晩まで、それから寝ている間も過ごすのだ。


 時の回廊にも頻繁に出かけた。そこでは魔力を体内で血液のように循環させる練習を積んだ。


「アイカ、集中力が切れてるぞ。指先までしっかり意識するんだ」

「はい、師匠」


 わたしは四大属性の魔力をひとつずつ個別に循環させるやり方をまず学んだ。それができるようになると、複数を組み合わせて循環させた。


 時間はいくらでもあった。時の回廊に何時間、あるいは何日滞在しても、元の世界では時間が経過していないのだ。


 わたしはこれまで魔法の勉強を真面目にやってこなかった。そしてイーダと比べても明らかに魔法のセンスがなかった。

 そんなわたしが時間魔法を習得できたのは、単純なことだ。

 それだけの時間と労力をかけたからだ。


 わたしは四大属性持ちだが、普通の魔法はほとんど練習しなかった。すべてを時間魔法の習得だけに注いだ。


 幸い魔法学校には行っていないので、余計な魔法の習得に時間をとられることもない。

 わたしという、いびつで異質な魔法使いは、こうして育まれたのだ。


 時折り、ソフィアにだけは進み具合を報告した。弱音や愚痴をこぼすこともあった。ソフィアはいつも優しく、わたしを励ましてくれた。


 ソフィアはアルマに会いたがった。

 魔女の部屋で二人を引き合わせてみたのだが、駄目だった。わたしには見えるアルマの姿が、ソフィアには見えないのだ。


「どう? ソフィア。いまここに師匠が立っているんだけど」

「ううん、何も見えないわ」

「子供みたいな外見で。あなたの肩くらいの身長で。ほら、ここにいるの」

「悪かったな、子供みたいで」

「あ、師匠、怒らないで」

「アイカ、わからないわ。声も聞こえない」


「どうして師匠の姿はソフィアに見えないのかな」

「アイカと違って、ソフィアには魔力がないからな。わたしの存在を感じ取れないのだろう」

「残念だわ」

「仕方ない。わたしはそもそも幽霊のようなものだ。こちらの世界との結びつきも希薄になっているからな」


 アルマが何かを思い付いたように、机の引き出しの中を漁り始めた。

 まもなくペンダントを二つ取り出す。細い銀のチェーンの先に、あの砂時計のマークがついている。


 アルマはわたしたちにペンダントを差し出した。

「簡単なお守りみたいなものだ。ほら、お前たちにやろう」


 ソフィアが目を見張る。彼女の目には、ペンダントが宙を漂って、机からやって来たように見えただろう。


「ソフィア、師匠があなたとわたしにって」

「ひいおばあさま、ありがとう」

 ソフィアはペンダントを受け取ると、目に涙を浮かべた。


 そんな風に、レイン家での日々が過ぎていった。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 わたしは13歳になった。


 この二年間、時の回廊でその何倍もの時間を過ごしたが、肉体や成長への影響は特にない。余計に歳をとってはいない。


 身の回りにいくつか変化があった。


 わたしは背が伸びた。相変わらず痩せっぽっちだが、身長はソフィアよりも高くなった。


「あの小さかったアイカがこんなに大きくなるなんてね」

 ソフィアはわたしを抱きしめてそう言った。ソフィアは16歳だが、出会ったころと変わりなく見えた。


「わたし、もっと高くなるかもよ。ヨナスくらいになるかも」

「嫌だわ、やめてよ」

「メガネもかけようかな」

「そんなの、アイカじゃないわ」

 わたしたちは笑い合った。


 それから、わたしはアイカ・レピストではなく、アイカ・レインと名乗るようになった。


 この問題については、ヨナスと、それから宮廷とも、いろいろ話し合った。


 レピスト家の家督と領地をどうするかを議論したのだ。家督を継ぐのはわたししかいない。だが、わたしは成人ではないので、いったんレイン家の庇護下に入ることになった。


 もっとも、それは表向きの理由だ。一番の理由は、父と母とイーダが殺された事件が解決していないからだ。


「慎重に考えるべきだ。今すぐに決めなくてもいいのだから」


 ヨナスは、わたしがレピスト家を継ぐと、「また命を狙われるかもしれない」と心配した。そこで、あえてレピストと名乗らないことにしたのだ。


 無責任かもしれないが、わたしは領地も放棄して構わないと思っていた。

 ヨナスは宮廷と掛け合った。わたしが成人したら家督を継げるよう取り決め、そのうえでヨナスが後見人として領地経営を代行することになった。


 この頃になると、わたしはヨナスへの認識を少し改めていた。彼は堅物で口うるさいだけではない。ああ見えて、わたしのことを常に心配し、尊重しているのだ。


 そんなヨナスが数週間ぶりに帝都から戻ってきた。


 季節は初夏になっている。


 わたしとソフィアはおそろいのワンピースで出迎えた。デイジーをプリントした黄色の生地で手作りしたものだ。

 テーマは「双子」だ。髪型もそろえ、ご丁寧に二人で左右対称のポーズをとる。


 ヨナスの反応をうかがったが、彼はまるで気付いていない。心ここにあらずという感じだ。ヨナスは屋敷に着くなり、執事のクラウスを呼び出して何やら相談を始めた。


 わたしたちはせっかくの服装にヨナスの関心が向けられず、がっかりした。だが、わたしは少し気にもなった。

 ヨナスがわたしの方を見て、何か言いたげなそぶりをしていたからだ。


 レイン家に来客が訪れたのは、その数日後のことだった。

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