第16話(時の魔女③)11歳
アルマ・レインは帽子に続いてローブも脱ぎ捨てると、椅子に座った。すねた素振りがますます子供のように見える。
わたしも別の椅子に座った。
「あの、ひいおばあさま?」
わたしはアルマの顔色をうかがいながら話しかける。
「あなたは何年も前に死んだと聞いていたんだけど。本当は生きていたの?」
アルマはわたしの方を一瞥すると言った。
「いや、死んでいる。お前たちの世界ではな」
「やっぱり死んでいるの? じゃあ、ここにいるあなたは何?」
「いまのわたしは思念体だ。お前にもわかるように言えば、魂の一部だな」
「それって、幽霊のようなもの?」
「まぁ、そう思ってもらってもいい」
アルマは自分の手を見て、確かめるように握り直す。その仕草は幽霊には見えない。
「わたしは、時の魔女として、さまざまな時間と空間に存在したからな。わたしの生と死は、普通の人間のように一本の糸では結ばれていないのだ」
「よくわからない」
「そうだろうな」
アルマは苦笑した。
「例えば、この『時の回廊』は元の世界の時間の流れとは隔絶されている。だから元の世界でわたしが死んでも、時の回廊にいるわたしは、存在し続けている」
「ふうん」
「思念体のわたしと、元の世界で死んだわたしとは、連続した生ではないが、でも、同じわたしだ」
わたしはさらに尋ねる。
「時の魔女ということは、あなたは、時間を操ることができるの?」
「そうだ。わたしは時間魔法の使い手だ。わたしが生きていた時代では、唯一無二のな」
時間魔法——。後にわたしは知る。「理外の魔法」の中でも、最高の難易度を誇るこの魔法を会得した魔法使いは、歴史上、数える位しかいない。会得した魔法使いの大半が、自らの能力を喧伝しなかったため、実在すら疑われている。
「時間魔法というのは、時間を止めることができるの?」
「そうだな。できる」
「時間旅行もできる?」
「それは、かなり難しいが。理屈の上では可能だ」
「いよいよ信じられない」
わたしは天を仰いだ。
そのときだ。
ふと、ある思いつきが頭に降りてきて、わたしは戦慄した。
椅子から飛び上がり、アルマのもとへ駆け寄る。
わたしは勢いこんでアルマの小さな両肩をつかんだ。
「ひいおばあさま!」
「な、なんだ?」
「あの、あの、いまの話を聞いて、思いついたんだけど!」
「うむ、どうした?」
「時間魔法というのは、時間を操れるんだよね。ということは」
「ということは?」
「過去に戻れるの?」
「過去にとは、なぜ?」
わたしは自分の思いつきに興奮していた。興奮のあまり、我を忘れてアルマに迫った。
「時間魔法を使えば、お父さまと、お母さまと、イーダが、みんなが殺される前の時間に、戻ることができる?」
それからわたしは狂ったように話した。家族がみんな殺されたこと、自分だけが生き残ったこと、それから何カ月かが過ぎて、いまの自分がここにいること。
それらを一気に話し終えたあと、わたしは、ぜいぜいと激しく呼吸をしながら、アルマをにらみつけた。
アルマがわたしの頭に手を置いた。興奮したわたしをなだめるかのように。そして、わたしを静かな目で見つめ、言った。
「そういうことか。さっきわたしは、確かに理屈の上では可能だ、と言った。だが、それはあくまで理屈の話だ。実際に実行するのは難しい。過去に戻ってダニエルとアマンダとイーダを助けるのは、無理だ」
「どうして?」
わたしはアルマの両肩を揺さぶる。「だって、時間魔法を使えば、時間を自由に飛び越えられるんだよね?」
「時間魔法というのは、万能ではない」
「でも……」
理屈の上で可能なら、万に一つも出来ないことはないのではないか。そう食い下がるわたしを見て、アルマは立ち上がった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
「アイカ、お前に見せてやろう。時間魔法とは何か。そして時の流れとはどういうものかを」
アルマがわたしの手を取って、横に並ばせた。
「魔法に無詠唱の技があるように、時間魔法にも手順を省いて起動する方法もあるがな。今回はあえて省かないでやる」
アルマのノースリーブのワンピースからむき出しになった両肩が光る。
「四重魔法躯体」
アルマの両肩の前後に、合計四つの紋章が浮かぶ。それがさらに広がり、四つの魔法陣が宙空に展開された。
「魔法使いは、世界と魔力でつながっている。四大元素に呼応する四大属性の力でな」
わたしは四方向に広がる色鮮やかな魔法陣に目を奪われる。
アルマはなおも説明を続ける。
「いいか、属性というのは、この世の
広間に凄まじい量の魔力が満ちてきた。
魔法陣が閃光し、火花を放つ。
「いまのわたしは、四大属性を通じて、この世のすべての理とつながった状態だ。時の流れは、その理の基盤に底流として在るのだ」
アルマの言葉の意味はさっぱり分からなかったが、まもなく身を持って知ることになる。
「アイカ、お前の身体にも同じ状況をつくり出してやろう」
わたしの体内を魔力が激しく巡り始めた。
まるで全身の血液が沸騰したようだ。返事もできない。
「まだ一つ目だ。これが風属性の魔力。次が地属性の魔力だ」
身体の中の魔力の流れに、新たな魔力が加わった。自分が「管」になったようだ。わたしという管の中を、魔力が激流となって流れていく。
「さあ、次が水属性、それから火属性だ」
わたしは、魔力によって自分が蹂躙された気になった。圧倒的な魔力が体内を隈なく巡り、精神と肉体を踏みつけ、そして足早に去っていく。
「アイカ、知覚を放棄するな。苦しいだろうが、魔力に流されず、意識を立て直せ」
「でででででで」
でも、という言葉を発しようとしたが、もはや言葉にならない。暴走する魔力の流れに意識が飛びそうになる。
「アイカ、しっかりしろ。お前の魔力の一部は、もともとダニエルとアマンダとイーダのものなんだろう?」
アルマのその言葉に、かろうじて意識が踏みとどまった。
そうだ。わたしの身体に流れるこの魔力は敵ではない。もとは、父と母とイーダからもらったものじゃないか。
わたしは歯を食いしばる。魔力の奔流の中で意識を集中し、魔力の中に父と母とイーダを感じようと、全身を研ぎ澄ませた。
「それでいい。そうやって四つの魔力の流れを制御しろ。魔力は円のように身体を巡る。四つの同心円をイメージするんだ」
わたしの中で魔力のうねりが循環し始めた。
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