プロローグ(最初の戦い②)14歳

 失敗は許されない。手間取ってもいられない。


 わたしは馬上の敵に近づくと、片足をつかんで引きずりおろした。男は乗馬した姿勢のまま地面に転がった。


 確実に仕留めるためには、とどめをさすべきだろう。いまならできる。

 だが、わたしにはその覚悟がない。たとえ野盗でも、命を奪うことにためらいがあった。


 そこで、馬車にあった麻ひもで拘束することにした。まずは男の両足首、それから両手首を後ろ手にしばる。

 そうだ、口も塞ごう。手ごろな大きさの丸石を口にふくませ、口元をぐるぐる巻きにした。


 時をとめてから何秒たっただろう。呼吸がだんだん苦しくなってくる。

 男が腰に下げていた手ぬぐいが目についたので、目隠しもすることにした。そこまでやると、もう我慢ができなくなった。

 わたしは近くの草むらに隠れて魔法を解除した。


「はあああ」

 大きく息を吸って吐く。周囲に喧騒が戻った。

 草むらからうかがうと、魔法使いの男は声も出せずにもがいている。後の三人は気づいていない。


 よし、いいぞ。

 わたしは息を整える。そして再び時をとめた。


 周囲の音が消える。

 さて、次は馬車のそばの三人だ。そのうちいちばん端の一人を狙った。

 まずは剣を奪って投げ捨てる。それから男を地面に倒し、足を引っ張って移動させた。だが、とまっている人間がこんなに重いとは思わなかった。四苦八苦しながら木陰に引っ張りこむ。


 こんなことなら、もっと自分の身体を鍛えるべきだった。わたしは普段、部屋にこもって本を読んでいることが多い。身体を動かすのは子どものころから大の苦手だ。


 ああ、苦しい。もう時間がない。

 わたしは急いで手足を縛り、口を塞ぎ、目隠しをした。それから、今度は木陰で魔法を解除した。


「ふぅ」

 よし、大丈夫だ。なんとかうまくいっている。

 残る二人のうち、馬車の正面で声を張り上げている方が頭領だろう。剣や胸当てなどの装備も他の男たちよりもワンランク上だ。


 もう一人は、大柄で太った男だった。わたしは太った方に狙いを定めた。剣を奪い、地面に倒し、そして足を引っ張って移動させようとした。


 うわ、重い。何これ。

 ダメだ。まったく動かない。少しでも軽くしようと、ブーツや鉢金を脱がせたが、たいして変わらなかった。


 頭領を先に倒すべきだったかもしれない。後悔したが、ここまで来たら、やり切るしかない。動かすのはあきらめ、その場で手足をしばる。


 時間停止の回数を重ねるたびに、息をとめていられる時間が短くなってきた。限界が近い。急いでしばり上げると、立ち上がる。

 よし、馬車の裏で魔法を解除しよう。そう思って数歩進んだところだった。


「あっ」

 わたしは無様に転んで手をついた。

 つまずいた。さっきの男のブーツだ。脱がせて放っていたのを、うっかり見落としたのだ。 

 転んだ衝撃で、息が漏れる。


 しまった。

 時が戻った。

 風の音が、馬のいななきが、そしてわたしのぜいぜいという息づかいが響く。


「何だ?」

 野盗の頭領が異変に気づいて周囲を見回す。

 そこは歴戦の勘だろう。頭領は何が起きたのかは把握せずとも、仲間がやられたことは瞬時に理解した。目の前に突然現れたわたしがそれに関わったことも。


「お前、何かしやがったな!」

 わたしは慌てて時をとめようとしたが、呼吸が乱れてうまくいかない。そこに頭領の蹴りが飛んできて、かわす間もなく腹を蹴り上げられた。わたしは数メートル吹っ飛び、馬車の扉に激突した。


 痛い。腹に焼きごてを押し付けられたみたいだ。胃液が逆流してきて、ゴホゴホとむせた。呼吸を整えるどころではない。

 わたしは馬車の中に逃げようとしたが、頭領の手に首もとをつかまれ、引き戻された。


「いつのまにやりやがった。魔法使いか?」

 頭領は左手でわたしの首ねっこをつかんで軽々と持ち上げ、右手に持った剣のつかでわたしの頬のあたりをグリグリと押さえつける。わたしは痛みと恐怖で返事ができない。


「お前が変な術で仲間をやったんだな」

 頭領はわたしを投げ捨てた。そして「何だか分からんが、お前は危険だな」とつぶやくと、改めて剣を構え、わたしの方ににじりよってきた。

 だめだ、切られる。


 その時だった。

「わああああ」

 馬車から誰かが走り出てきて、後ろから頭領に体当たりをした。あの娘だ。

 ふいをつかれた頭領は剣を落とし、もんどりうって転がった。

 娘は呆然として、転がった頭領を眺めている。


 わたしも呆然としたが、すぐ我にかえった。

 はやく逃げて! 娘にそう伝えようとしたが、腹が痛くて声が出ない。頭領が振り返って娘を見た。娘は立ちすくんだままだ。


「ふざけやがって」

 頭領が娘を殴りつけた。一発、二発。

 わたしは、悲鳴を飲み込み、目をつむる。

 あきらめた訳ではない。わたしがいまやるべきことは、無駄に悲鳴を上げることではない。

 三発、四発、五発……。

 頭領が娘を殴る音が続く。それを苦い思いで聞きながら、わたしは呼吸を整えた。魔法を再び発動するために。


 娘が倒れ込んだ。その瞬間、わたしは時をとめた。これで四回目となる静寂のなか、わたしは立ち上がる。


 頭領は倒れた娘を見下ろしていた。娘は顔が腫れ上がり、口もとから血を流していた。

 わたしは、そばに落ちていた頭領の剣を拾いあげた。時をとめていられるのは、あと数秒だろう。


 ためらうな。

 これはわたしが負うべき、わたしの戦いなのだ。

 渾身の力をこめて、頭領の首の後ろを狙って、剣を横なぎにふるう。ガツンという鈍い音がして頭領が倒れ、わたしは息を吐き出した。


 時が再び流れ出す。

 わたしは娘のもとに駆け寄って、助け起こした。血と涙でくしゃくしゃになった娘がやがて「へへへ」と弱々しげに笑った。わたしも同じようにくしゃくしゃの顔で笑い、娘を抱きしめた。


 以下は余談だ。


 その後は、いろいろ面倒だった。われわれは馬車で近くの街に移動し、役人に報告した。そこから、検分や事情聴取や治療やらで丸一日を費やした。


 わたしは娘の住居を聞いた。そして、帝都に戻った後、彼女の傷の治療のために、最上級の回復薬ポーションを贈った。

 彼女とは仲良くなれそうな予感があったが、その後は二度と連絡を取っていない。わたしとは関わりにならない方が彼女のためだ。


 わたしの最初の戦いは、こうして終わった。

 このときに得た苦い教訓は、わたしのその後の戦い方や、時間魔法の習熟に大きく影響することになる。








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