第2話 わらしちゃん

ある夏の日のお話です。






 わらしちゃんは、白く乾いた道を歩いています。


 てこ、てこ、てこ。


 赤い小袖に小さな草鞋。手には巾着一つ持ち、道をまっすぐ進みます。




 わらしちゃん、見た目は七歳くらいの少女です。


 ホントの年齢は秘密です。


 てこ、てこ、てこ。




 今日行くお家に辿り着くには、橋を渡って、右に一回、左に二回曲がります。


 橋を渡ろうとしたその時に、古くからの知り合いが、顔を出してます。




「よう、わらしちゃん、どこ行くの?」


「あら、河童さん、こんにちは。これからわたし、お仕事なの」


「そうかあ、がんばれ、これやるよ」


「ありがとう」




 わらしちゃんは、河童さんからキュウリを一本、もらいます。


 わらしちゃんは、キュウリを巾着にしまいます。




 てこ、てこ、てこ。




 橋を渡ったわらしちゃん、右に一回、左に一回曲がると、電線にぱたぱたと、何かが止ります。




「おやおや、わらしちゃん、どこ行くの?」


「カラス天狗さん、こんにちは。これからお仕事。次の道を、左に曲がったお家に行くの」


「ほおほお、あそこの井上さんだね。奥様、体が弱いからね」


「はい、そうみたい。だからわたしが呼ばれたの」




 カラス天狗は自分の羽を、一本抜いて渡します。




「それじゃあ、これをあげるから、一生懸命やるんだよ」


「ありがとう。大切にするわ」




 てこ、てこ、てこ。




 ようやくお家うちにつきました。






 井上さんの奥様は、器量よしだが、病気がち。


 四歳の女の子は元気いっぱい。


 パパは現在出張中。




 わらしちゃんは妖怪なので、大人たちには、その姿は見えません。


 今日は依頼があったので、とくべつに少し姿を見せます。




「よく来てくれました。ごほっごほっ」




 奥様は咳をしています。


 夏カゼかしら。それとも……




 わらしちゃんは奥様に契約書を渡します。


 奥様は目を通し、わらしちゃんに頭を下げます。




「来週には、主人が帰ってまいります。それまでよろしくお願いね」




 そこへやってくる少女が一人。


「ママ、お腹減った!」


 奥様と同じ栗色の髪。ツヤツヤ綺麗な御髪おぐしです。




 奥様は少し悲しそう。


「ごめんね。お台所にパンがあるわ。ママは食べたくないから、一人で食べてくれる?」


 少女も少し悲しそう。


「うん、わかった……」




 わらしちゃんは、少女にご挨拶。




「こんにちは。一緒にご飯をたべましょう」


 少女はにっこり。


「こんにちは。私はクルミ。あなたはだあれ?」


「わたし名前は『わらし』です」




 クルミちゃんのあとについて、わらしちゃんは、お台所に行きます。


 ダイニングテーブルの上に、クリームパンが一つ。バナナが一本。


 わらしちゃんは、クルミちゃんに言います。




「これだけじゃ足りないですね。何か作りましょう」




 そのとたん、クルミちゃんの顔がぱあっと明るくなります。




 わらしちゃんが冷蔵庫を開けると、お味噌とゴマと、ビニールパックのうどんが二袋。




 わらしちゃんは、巾着から、キュウリを取り出します。


 さっき、河童さんに貰ったキュウリです。


 包丁使って、トントントントン。




 それからお湯を沸かし、昆布とカツオブシでダシを取ります。


 ダシを冷ます間に、すり鉢にゴマをいれ、スリコギですります。




 ゴリゴリゴリゴリ




 わらしちゃんは、すり鉢に、お味噌とダシも入れました。




 コリコリコリコリ




 最後にキュウリと氷を入れて、はい、出来上がり!




 お盆に乗せて、クルミちゃんと一緒に、奥様のお部屋まで運びます。


 奥様の目には、クルミちゃんが一人で、持っているように見えてます。




「すごいわ、クルミ! あなたが作ったの?」


「いいえ、わらしちゃんが作ってくれたの」




 食欲のない奥様、無理して一口食べてみました。




「あら、美味しい!」




 クルミちゃんも食べてみます。


「すごい! おいしい!!」




 二人はニコニコしながら、食べました。


 奥様の顔色が、ちょっとだけ、良くなります。


 それは河童さんのキュウリのおかげ。河童さんは、人間の病気やお薬をよく知ってます。




 夜になりました。


 この辺はお家の数が少なくて、日が暮れると真っ暗になります。


 わらしちゃんは、クルミちゃんが寝付くまで、おとぎ話を聞かせました。




「雪の国に住んでいる、雪女ゆきめさんは、とってもキレイな方。でも、触ったものが全部、氷になってしまうの」


「あ、クルミ、それ知ってる! 映画で観た!」




 最近の子どもは、物知りです。






 クルミちゃんが寝付くと、わらしちゃんはそっと、奥様のお部屋に行きました。


 奥様も、すやすや寝ています。


 わらしちゃんは待ちます。丑三つ時まで。




 ヒョーヒョーと風の音。


 生温かい風がゆるゆると、部屋のなかに入ってきます。


 黒い黒い空気です。




 黒い空気の塊は、奥様の布団の上に乗ります。


 奥様はいきなり咳き込んで、うなるような息を吐きます。


 黒い塊から伸びた腕が、奥様の首を絞めているのです。




「おやめなさい! はぐれ鵺ぬえ!」




 黒い塊はビックリしたように、ずるずると奥様の布団から降ります。


 塊は形を変えて、わらしちゃんに向き合います。


 全身毛むくじゃら。獲物を狙う肉食獣のような眼。




「なんでえ、脅かすなよ、座敷わらしじゃねえか。お前、この家に棲みついていたなら、サッサと言えよ」


「わたしは単なる派遣妖怪『わらし』。この家に呼ばれてきた。だが、わたしが来たからには、この家と家に住む人を守る!」




 わらしちゃんの瞳が、燃えるように赤くなります。肩までの黒髪は、逆立っています。




「けっ! やれるもんなら、やってみな!」




 言った瞬間、鵺はわらしちゃんに飛びかかります。


 鵺の長い爪が、わらしちゃんの顔に振り下ろされます。




 危ない!


 わらしちゃんが危ない!!




 一陣の清涼な風が、黒い夜気を抜けていきます。




 鵺の片目に、何かが突き刺さっています。


 それは一本の黒い羽。




 わらしちゃんは、カラス天狗から貰った羽を、鵺に投げつけていました。




「ぎゃっ!!」




 鵺は目を押さえて叫びます。




「わ、わかったわかった! この家の者には手はださねえよ」




 鵺は、あわてふためきながら、出ていきました。


 奥様の病気は、鵺あやつのせいだったのでしょう。






 夜が明けて、昨日より元気になった奥様は、ご飯を作り、お掃除や洗濯も出来るようになりました。


 わらしちゃんは、クルミちゃんと遊びながら、奥様の手助けをそっとしています。


 吹きこぼれそうになったお鍋の火を弱めたり、洗濯物を干そうとした奥様が、転びそうになったのを支えたり。




 そうして、一週間が過ぎました。




 わらしちゃんは、お帰りの挨拶をするときだけ、再び姿を現します。




「奥様、お世話になりました」




 わらしちゃんが正座して頭を下げると、奥様も何度も何度も頭を下げます。




「あなたが来てくれて、良かったわ。私も元気になりました。ありがとう! 本当にありがとう!」


 そして奥様は、千代紙の包みを、わらしちゃんに渡します。




「本当に、これだけでいいの?」


 わらしちゃんは、頬を染めて答えます。




「はい!」




 奥様と、千切れんばかりに手を振るクルミちゃんに見送られながら、わらしちゃんは去っていきます。




 電線にカラス天狗が止まっています。




「天狗さん、ありがとう。貰った羽で助かりました」


 カラス天狗はうなずきます。カラス天狗は、鵺の存在を知っていたのかもしれません。




 わらしちゃんは奥様からいただいた、千代紙の包みを開きます。


 中から取り出した大きな飴玉を、一つ天狗に差し出します。


「天狗さんに、お礼です」




 橋を渡ると河童さんがいます。




「河童さん、河童さん、キュウリは美味しかったです」


「そうかい、それは何よりだ」


 河童さんはもう一本、キュウリをくれました。


 わらしちゃんも河童さんに、飴玉を一つ渡します。




 わらしちゃんが長く暮らしたお屋敷は、取り壊され、今はもうありません。


 家にいついているからこそ、「座敷わらし」を名乗れます。


 家を失くしてしまった今、単なる「わらし」と名乗ります。




 家をなくしたわらしちゃん、妖怪派遣会社に登録し、こうしてたまに、どこかのお家に訪れるのです。




 期間は一週間以内。


 派遣の内容は、家事育児。


 報酬は、飴玉三個。




 わらしちゃんは歩いています。




 てこ、てこ、てこ。


 暮らした村も、お屋敷も、一緒に暮らした人たちも、全部なくなってしまったけれど。


 次のお家の依頼があるまで、歩きつづけているのです。




 てこ、てこ、てこ。



 


「派遣妖怪内部規約」


 妖怪は勝手に人間の家に入ってはいけない。もちろん襲ったり、盗んだりしてはいけない。労働契約を結んでいない会社や店舗、個人宅にて、勝手に働いてはいけない。

 違反したものは、日本国の法律に則り、人間の警察とともに、妖怪の専門追跡者に追われ、然るべく処罰の対象になる。

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派遣妖怪わらしちゃん 高取和生 @takatori-kazu

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