第59話「通商条約締結会談 Part1」

 僕は意気揚々と会談に向けて、城の廊下を歩いていた。一歩先を歩いているのは、スタンプ伯爵で隣にはウマイヤが一歩後ろを追従していた。その更に後ろを、護衛で雇った特級冒険者パーティー<渇欲の戦士団アヴァリス・ウォリアーズ>の三名が追従した。


 この冒険者は、十三大尽会議長であり、第二席次のリチャードより借りたものだ。どうしても、最高の護衛を国内で用意しようとすると、あの男を通さないと手に入らないのが、僕の最大の弱点といっていい。


 もちろん、戦闘奴隷ならばいくらでも用意できたが、最大の手駒を大使派遣をかけた決闘で壊されてしまった。その為、些か今回の長旅の護衛に不安が残った為、その予防措置というわけだ。


 <渇欲の戦士団>のリーダーで、戦士のディートハルトが声をかけてきた。


「カシーム様、会談の間、俺たちはどこに居れば良いんだ?」


 その声色は、冷たい鉛の様に重く低かった。筋骨隆々とした身体と、二本のククリ刀を腰に携えた戦士で、防具は、特級のモンスターの革鎧といった軽装備だ。しかし、その革鎧がミスリル級の板金鎧と、同等の防御力がある事を私は知っている。


「そうだな、会談では呪いや、毒を察知できるものだけ、僕と共に来い」

「となると、リナお前で決まりだな」

「……把握」


 小さな声を発した少女は、魔法使いでその手には樹人より授かったという、<季節の木>の一部で誂えられた長身の魔法の杖が握られていた。その先端には、魔力を増強し安定させる役目を担った、水色の魔法石が輝いていた。


「良かったわねぇ、リナ。大尽様と同じものが食べられるのよ〜」


 弾む様な声で、<渇欲の戦士団>最後の戦士である、その背中に弓を抱えた射手の女が魔法使いの少女に抱きつき、その頭を撫で回した。


 魔法使いと違い、実にいい胸を持っている。


「警告……それ以上髪を乱したら、凍らせる」

「アハハッ、ハ〜! ごめん、ごめん! リナって可愛いから、つい妹を思い出しちゃうのよね〜」

「訂正……私は貴方の妹じゃない。ゆえに、敬意を払って欲しい」

「お前ら、大尽の前だぞ。いい加減にしておけ」

「了解」

「は〜い」


 すると、スタンプ伯爵が立ち止まった。どうやら目的の場所に辿り着いたようだった。見覚えのある、この城の晩餐の間だった。ここには既に一度訪れたことがあり、特に不安はなかった。


 それよりも、今強く感じているのは商談に対する、期待と高揚である。


「それでは大使様、ご準備の方はよろしいでしょうか?」


 私は、身だしなみと、献上品といった諸々を確認し、答えた。


「あぁ、もちろんだ」


 そう言うと、伯爵は一礼し扉前の板金鎧を着た兵士に解錠を告げた。


「アレス商国大使、カシーム・ボンク様のご入場です」


 晩餐の間に入場したのは、僕とウマイヤ、<渇欲の戦士団>の魔法使いのリナである。


 そして既に、マリウス・シールズ侯爵は晩餐の間、最奥にて着席していた。


「カシーム・ボンク殿、いかがお過ごしだったかな? 不自由はございませんでしたか?」


 ふむ、マリウス・シールズ侯爵、旧名マリウス・フォン・ランバーグ。幼い頃より、文武に優れ、貴族院を他の兄弟を尻目に首席で卒業、レイピアの使い手としても、先日の大戦で名前を轟かせ、翡翠のマリウスと聞けば敵国兵士が震え上がるほどだったという。


 今この場で、この男の気迫を一心に浴びている私に言わせれば、あながち、戦場伝説もまた真実のようだ。


「マリウス様、このカシーム、貴方様の心よりの歓待、感謝に堪えません」

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