第25話「侯爵との会談 Part1」

 俺は湯浴みをして、清潔な体になった。


 その後、伯爵が用意してくれた服が、時代劇とかでしかみた事のない、いかにも貴族様! みたいな服で着用方法が分からなかった。そのため結局、逃げ出していったメイドさん達を呼び戻して、ティナの非礼を謝罪してから手伝ってもらった。


 最初の方は、ティナに対して威嚇していたメイドさん達だったが、侯爵家のメイドだけあって仕事はしっかりこなしてくれた。


 貴族というより、これじゃ吟遊詩人だな。うわ、なんか恥ずかしくなってきた。まるで、コスプレしている様な錯覚。


「ぷっ、似合ってるぞショウゴ」

「笑わないでよ」


 全く、俺だけ笑い物かよ。


「よく似合っていますよ、ショウゴ殿」

「閣下、恐れ入ります」


 そこへ、伯爵が現れた。


「それでは参りましょう。侯爵閣下が、お待ちです」


 伯爵の後に続き、アクアリンデル城の廊下を歩いて行く。俺は、その美しさに改めて、心を奪われていた。前世では、日本から出た事のなかった俺だが、海外旅行をしておけばよかったと今、後悔している。


 俺が、お城の装飾や絵画、中庭をキョロキョロ見ていると伯爵が声をかけてくれた。


「ショウゴ殿もこの城が美しいと思いますか?」

「はい、それはとっても」


「そうですか、私もこの城のことは本当に美しい場所だと思っております。アクアリンデル城、旧名を翡翠宮と言いまして、我らランバーグ王国がまだ小国だった時に、ここは王都として今のアクアリンデルに負けない、繁栄を極めておりましてな。


 ここはその王城のほんの一部。遷都したとは言え、家臣が王城をそのまま使うわけも参りませんから。この翡翠宮だけを残し、他は砦に改修したのです」


「へぇ、興味深いお話ですね。私も、かつての王城を見てみたかったです」

「はははっ、そうでしょう。ここは、ただの侯爵家本邸なだけではなく、我が王国の守らなければならない歴史そのものですからな」


 伯爵と、喋っていたら俺たちは大きな扉の前に、たどり着いていた。その扉は両扉で、扉には細かな彫刻が施されていて、翡翠色と青色のこの扉は高貴さを感じさせた。その扉には、二人の青色の重装鎧を装備し、その手には金色の槍を携えた騎士が立っていた。


「開けよ」


 伯爵が、短くそう命令すると騎士が二人で扉を開けた。


 その扉の先には、真っ白な大理石の長机と大枠の窓が両壁に埋め込まれ、正面には円状の煌びやかなステンドグラスから夕日が差し込み、青色に変色した陽光が差していた。


 そして、部屋の一番奥に青色の貴族服を見に纏い、ステンドグラスを眺めて立っている人物がいた。その側には、正装をしたアーネット子爵も控えている。


「閣下、お客人をお連れいたしました」

「スタンプ伯爵、案内大義であった。君が、巷で噂の酒売りかな?」

「左様です、閣下。私はアクアリンデルで、酒を造り商いをしているショウゴです。本日は、一介の職人に過ぎない私を、ご招待して頂き身に余る光栄です」


 俺は、貴族式の挨拶など知らないので、社会人なら身に染みているお辞儀を丁寧に返した。


「顔をあげよ。私がシールズ侯爵である。そして貴様は、我が民であり、今宵は我が客人である。楽にせよ」

「はっ」


 俺は顔を上げた。楽にして良いなら助かる、まぁ本心かは知らないが。


 目の前に立っている侯爵を見やった。それがまぁ、なんてイケメンなんでしょう。


 彼は翡翠色の髪の毛に、真っ青な瞳、年は前世の俺とタメぐらい、高身長で筋肉質なのが伝わってくる。


「座るが良い」

「はっ」


 侯爵が誕生席に座って、俺はその右手に左手には伯爵と子爵が、俺の右隣にはティナが席に着いた。


「話は、食事をしながらにしよう」


 侯爵がそういうと、子爵が下男に指示を出した。すると、あれよあれよと豪華な料理が続々と、大理石の食卓上を埋めた。そして、銀のグラスにワインが注がれていく。


 侯爵は、グラスを掲げて乾杯の音頭をとった。


「新たな友に、乾杯」

「「乾杯」」


 俺の皿に、七面鳥の丸焼きが切り分けられていった。俺は、腹が減っていたこともあり、ナイフとフォークでそれらを食べていく。テーブルマナーに不安はない、前世ではソムリエの資格の勉強もしていたぐらいだった。ただ、テーブルマナーは現代版で異世界も同じかは知らない。


「ショウゴ、侯爵家自慢の料理は口にあったか?」

「はい、閣下。大変美味しゅうございます」

「ぷっ」


 俺が普段と違う言葉遣いをしているせいか、ティナが吹き出した。それを見て、貴族の御三方は少し微笑んでいた。


「イッ!」


 俺は、彼女の左太ももをつねった。意外と柔らかかった。


「すみません、私の護衛が」

「構わないさ。それより、どうかなワインのお味は?」

「そうですね、わざわざ南方からお取り寄せをしていただけたのでしょうか?」


 侯爵の食事の手が少しの間制止した。表情は読めないが、何か気に触ることを言っただろうか。ワインを飲めば、誰だって産地ぐらいは分かりそうなものだが。


「ふふっ、さすがだな。その通りだ、このワインはランバーグ王国南部のロティで造られた物だ。何故わかった?」

「温暖な地域で作られるワインは、何よりも味がしっかりとしているという事が特徴なのです。何故なら、南方地域の葡萄は太陽の恩恵を存分に受けて、我儘な果実を豊満に実らせます。となれば、その果実味は重厚でフルーティーな香りと味わいが楽しめますから。

 それに、このワインは風味にまだ未熟さが残るものの、口当たりはまろやかでした。つまり、船旅をして熟成が早まったワインなのでしょう。さすがは、港街を納めるお方の粋なお計らい、感服いたしました」


 あれ? 聞かれたことに、正直に答えただけなのに場の空気が微妙な感じに。伯爵と子爵に関しては、口が半開きだし、侯爵に至っては少し視線が鋭いような……。そんな中なぜか、ティナは、少し誇らしげな顔を浮かべている。


「いやはや、貴様は思った以上に酒に精通しているのだな。本当に、貴様があの酒を造ったという事か」

「あの酒……あぁ、ウイスキーの事でしょうか?」


 子爵に友好の印にお裾分けした事があったけ。


「そうだ。正直、今の今まで平民にあれほどの酒を造る事が可能なのかと、疑っていたのだが、その疑念は無礼だったようだ。疑うような真似をして、申し訳なかった」


 侯爵が、少し頭を下げた。その様子を見ていた伯爵の顔色伺うに、この状況はあまり芳しくない。


「やめてください。閣下に、頭を下げられては、私の立つ瀬がございません」

「はははっ、お言葉に甘えるとしよう。いや、私が準備していた試験も無駄になってしまったな」

「試験? ですか」

「そうだ、本来であれば貴様に、三つのワインを飲み比べさせ、当てさせようと思ったのだがな。その前に、私たちが舌を巻く始末だ」


 なるほど。この招待には、俺が本当に酒を作れるだけの人間か、確かめる会合だった訳か。これから大事な、取引先であり、スポンサーになるかも知れないしな。ここは−−


「閣下、よろしければその試験やらせてください」

「良いのか? 既に貴様への信頼は厚いものであるぞ」


 俺は少し口元を緩め、意気揚々と言い放った。


「閣下の信頼を確固たるものにしたいと考えます」

「ふっ、このマリウス・シールズの信頼か。自分で言うのも何だが、私の信頼安くはないぞ」


 それはそうだろう。貴族階級第二位の御仁だ。平民の俺からしたら殿上人であり、虫けらを潰すように俺を殺す存在。


 だが、もし一度その人間と誼を結べれば、俺の異世界酒造生活は、順風満帆なものになるのではないだろうか?! ここは引けない。


「心得ております」


 初めて、侯爵の表情が崩れて、目が見開かれその顔に覇気が宿った。


「良いだろう。この際だ、三種類とは言わず城にあるワインを全て持って来させよ!」


 それに驚愕した伯爵が抗議した。


「閣下、城のワイナリーには百種類近くのワインがございますが……」

「それがどうした。この男は、平民の身でありながら、侯爵である私の信頼を欲しているのだ。それぐらいこなせない様で、私の信頼は得られまい?」

「それは……」

「私もそれで構いません。酒のことであるならば、誰にも負ける気はございません」


 俺はまっすぐ、伯爵を見つめた。伯爵は、助けを求めるように子爵を見やる。子爵は、首を横に振り、すがる思いでティナを見たが、ティナは伯爵にドヤ顔を送る始末だった。


 伯爵は、諦めたように少し小さな息を吐いた。


「かしこまりました。急いで用意させます」


 こうして俺の眼前には、グラスに注がれた百種類のワインが並べられた。そこには番号が書かれた石板も一緒に添えられた。


「久しぶりにハメを外しますか」


 俺は意気揚々と、ワインの試飲を始めた。

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