第24話「港の支配者」

 シールズ侯爵の馬車は広くて、収容人数は向かい合うようにして六名まで座れるようだった。俺とティナが一列、向かい側にアーネット子爵とその側近騎士が座っていた。馬車の中の雰囲気は、何となくだが剣呑としていた。


 なぜかは分からないが、ティナと壮年の騎士が睨み合っているからだ。この謎を、楽しそうに微笑んでいる子爵が解いてくれた。


「ショウゴ、不思議かい?この二人が、睨み合っていることが」

「あ、はい」

「ふふっ、私の隣に座っているブ男はね、我が家門の騎士団長、何だがな。君のところの狂姫に、それは見事に一度負けているのだ。それ以来、狂姫、狂姫と初恋をした少年のようにうるさくてな、ハハハッ」


 壮年の騎士が、年甲斐もなく仏頂面で顔を赤くしていた。ここでグッと堪えられるのも、年の功という奴だろうか。


「そうでしたか、そんなことが。それはそうと閣下、恐れ入りますが、私の前で彼女の事を狂姫と呼ぶ事は、お控え願いたい。こちらの剣士は、美しくはあれど、狂ってはおりません。ファウスティーナは、私の大事な家族ですので」


 子爵は、俺の抗議に対して、少し目を丸くしていた。


「無礼な」


 子爵の騎士が、鋭い視線を俺に向けて来た。


「よい、あの狂姫を、いやファウスティーナを、乙女に変えしまうとはやるではないか」

「へっ?」


 子爵が急に何を言い出すのかと思ったら、横に座っているティナが両手で顔を覆い隠していた。


「か、家族っ! まだ、手も繋いだこともないのに、いや、さっき手を繋いだから、つ、次はキスなのか?! いや、でも、あのショウゴはあの売女の事が、好きなのであって決して、私のことなんかは」


 見るからにティナが自分の世界へトリップしている事だけは分かった。それも強力な自己催眠にかかっているようだ。さて、どうしたら良いものか……。


「あ、ティナ? 家族というのはだね、仕事上何があっても君を守るという意味であって……、聞いてない」

「フハハハハッ、面白い! こんなに、面白い見世物はいつぶりだろうか」

「閣下……」


 笑い事じゃないよ、でもまぁ少しはティナが元気になってくれたからいいか。


「それより、ショウゴ」

「あ、はい」

「まさか、ブルガと手を組んでしまうとは思わなかったぞ」

「は、はぁ」

「貴様が、ブルガに代わり街の管理をする物だと思っていたがな」


 ん? んなわけないだろ。どうやって、あの筋肉ゴリラを倒せっていうんだよ。それに街の管理なんか、俺は死んでもごめんだ。なんで、酒職人が政治に顔を突っ込まなきゃいけないんだよ。


「私は、政治家でも、商人でもありません、あくまで酒を造る杜氏ですから」

「トウジ?」

「私の故郷の言葉です。杜氏とは、酒蔵における酒を造る最高責任者のことです」

「なるほど、あくまで貴様は一介の職人に過ぎないと?」


 念入りに聞いてくるなぁ。俺がブルガと手を組んで何かやろうとしてると、思ってるのか? あくまでも、酒造りを手伝うだけで、あんたの邪魔はしないよ。


「左様です、閣下。私は酒を造る事はあっても、いかなる権力にも帰属する気はございません」

「ふっ、ならば良い。今の言葉、忘れるなよ」

「はい、それはそうと、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

「何だね」

「シールズ侯爵閣下は、一体私に如何なる要件で、私を呼ばれたのでしょうか」

「あぁ、それは直接ご本人から、お聞きすると良いだろう。閣下は、君のウイスキーを痛く気に入られたのだ」

「光栄です」


 そうか、侯爵もウイスキーを飲まれたのか。それで、酒を造った張本人に会いたくなった。その目的は、賞賛の声を直接聞かせるためか。子爵との密約の件か。そんな事を考えていたら、馬車はいつの間にか貴族街に入っていた。


 貴族街は、第二城郭の中にあって、道も石畳で、建物も平民街とは比べ物にならない程立派だった。平民街の建物といえば、木造か石を積み上げたもので、屋根は茅葺か、よくて瓦だった。それが貴族街は、立派な木造建築物もあれば、頑丈な石造の建築物が軒並みだった。建築物の外壁は、綺麗に塗装されていて、平民街に漂う砂埃と異臭はほとんど感じられなかった。


 貴族街の街並みは、青色系統で統一されていた。シールズ侯爵家を象徴する海と港町を示しているそうだ。そして、貴族街の中心地に聳える青玉色の城こそ、シールズ侯爵家の居城、アクアリンデル城だった。


 元々は、王国の王都だったこのアクアリンデルは、遷都に伴ってシールズ侯爵領となった。と、博識なユリアに聞いていた。


「ショウゴも、貴族街に住みたいかね? 平民でも、金で爵位を買えば住める場所だぞ」

「恐れ多い事です閣下、私は酒さえ造れればそれで良いのです。このような所に、私如きが住むなどあってはなりません」

「あれほどの酒を造っておきながら、貴様は本当に欲のない男だな」

「それは違います」

「ほう、どう違うというのだ」

「はい、私には身の程を弁えぬほどの野望ではございます。それは世界中から、私の酒を目当てに、客が集まってくる事。これを野望として、日々生きているのです」

「フハハハッ、確かにそれは一介の商人などでは、成し遂げられない野望であるな。これは私が悪かったな、失敬。もう少しで貴様を、甲斐性なしにしてしまう所だったよ」


 子爵との談笑もほどほどに、馬車が停まった。いつの間にか、アクアリンデル城に到着していたようだった。外の様子を見ると、城門は鉄格子のシャッタータイプで、それが釣り上げられていくと、今度はさらに奥にある城門から、吊り橋が降りてきた。どうやら、城の周りをぐるっと深い堀で囲っている様だった。


 その吊り橋を渡ると、両扉の鉄城門が、重い音をあげながら開き始めた。なかなか、男心をくすぐる城だなぁ。


 城門を潜ると、広場に出た。少し進むと城への入り口扉の前で馬車が止まった。すると、城の扉が開いて中から二人の男が姿を表した。


 その様子を見て、子爵が声をかけてくる。


「さぁ、降りてくれたまえ」


 馬車の扉は、騎士によって開けられた。子爵に促されるように、ティナ、俺の順で馬車を降りていく。そこから、広場を眺めると、城門にはたくさんの兵士たちが巡回していて、広場にも鍛冶屋や、馬小屋がいくつも備えられていた。そして、青色の城壁は何とも渋く時間の流れを感じさせる雰囲気を、醸し出していた。


 すると、そんな俺に話しかけてくる人物がいた。先ほどから、視界には入っていた二人の男のうち、高貴そうな服を着た初老の紳士の方だった。その男の背は高く、背筋が伸びていて、深緑の髪の毛を、香油で纏めていた。


「ショウゴ殿、よくぞ来られました。私は、侯爵閣下よりこの城の管理を任されている。スタンプ伯爵家当主のネイサン・スタンプです」


 伯爵は、平民なんかの俺に非常に物腰柔らかく接してくれた。あーー、疲れる。こんなの、どう接しろっていうんだよ。とりあえず、前世の時代劇に頼るしかない。


「伯爵閣下、自らお出迎えしていただき、感激の念に絶えません。私は、平民街で酒売りをしているショウゴ、こちらに控えますは、私の護衛をしているファウスティーナであります」

「ほほう、ショウゴ殿は平民と聞いておりましたが、大変丁寧な返礼感服した。それに、ファウスティーナ殿とはこれが初めてではない。前のように、暴れてくれなければ良い」


 暴れたって、何をしたんだよティナ〜。なんかもう、俺の知らないティナがどんどん出てくるよぉ〜〜!そういうティナは、俺の視線を無視し、斜め上の空を眺めていた。


「閣下」

「うむ、アンドレ卿、ショウゴ殿の出迎え、誠にご苦労であった。先に、閣下の元へいき報告してきたまえ」

「御意」


 子爵とその騎士は、先に城の中へと消えていった。子爵の名前、初めて聞いたな。


「それでは、我々も参りましょう」


 伯爵の板についた笑顔に誘われて、俺とティナも城の中へと入って行く。城の中は、翡翠色の大理石で出来ていて、元王城だったことも頷ける豪華絢爛さだった。それを前にして俺は、自分の薄汚れた服を見直した。俺は、街で買った半袖長ズボンのボロを着ていた。何と、場違いな格好だろうか。


 そして俺はある客間に連れられた。さすが、侯爵の居城なだけあって、部屋は広く、シャンデリアや数々の装飾品で部屋は飾られていた。


「こちらで、まず身だしなみを整えていただき、その後シールズ侯爵閣下との謁見があります」


 そこには、白色のバスタブが用意されていて、中にはいっぱいのお湯と泡が立っていた。そしてその周りには、見目麗しいメイド服姿の下女が三名控えていた。


「良いのでしょうか。この様な、手厚い歓迎を平民の私が受けても……」


 伯爵は、少し笑って堂々と言い放ってきた。


「当たり前です。侯爵閣下は、ショウゴ殿をお客人として、お呼びせよと御下命くださいました。すなわち、ショウゴ殿は我らが全力を持って歓待すべき、お客人である事は間違い無いのです。それでは、私は宴の準備がございますので、後ほどお迎えにあがります」


 伯爵はそういって、部屋を後にした。すると、メイドが次々と俺に群がってきた。


「お召し物を脱がさせていただきます」

「え、あ、いや自分でやれますので」

「それでは、私共が伯爵様に叱られてしまいます。どうか、お任せください」

「へっ、ひゃん!」


 俺の抵抗も虚しく、次々と服を脱がされていき、俺は丸裸になってしまった。貴族は、自分で着替えないって聞いたけど、これは追い剥ぎだ!!


 そう思っていたら、剣が鞘から引き抜かれる音がした。


「貴様ら! 我が主人は自分でやるといっているのだ! これ以上の無礼、決して許さんぞ!!」

「「「キャァ」」」


 ティナが、自身のレイピアをメイドに向けて、大声を出した。メイドはびっくりして、部屋から出て行ってしまった。


「全く、これだから貴族は嫌いなのだ。ショウゴ、お前もお前だ。女相手にされるがままとは、何と情けなっ……なっ!!」


 ティナが、レイピアを鞘に収めながらこちらを振り返ると、そこには息子を丸出しにした俺が立っていた。俺は、ティナに感謝を言おうと思ったのだが、俺自身も裸だったことに気付き、急いで息子を隠した。


「いやん」

「なっ! な、何が!! イヤンだ! 馬鹿者ーー!!」


 こうして凄いビンタが俺の左頬に飛んできた。

 俺は泣きながら、豪華なバスタブに浸かった。


「うぅ、どうしてこうなるの」

「ふん!」

 ティナは、バスタブ側に置かれた四連式パーテーション向こうで待機していた。

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