第二章〜セカンドフィル〜

第21話「新たなスタート」

 俺の店は、かつて無い賑わいを見せていた。<三頭蛇>との抗争も終わり、その噂が広がって、街のみんなが安心して買いに来れるようになったからだ。しかも、噂には薬を撲滅した英雄として、俺の名前が出るほどで、英雄が造った酒を一口でもいいから飲みたいと客が増えた。


 それと、アクアリンデルに住む男なら、誰もがその情けを貰いたがる夜の蝶改め、酒屋の店員ユリアンヌさんを一目見ようと、酒を買いに来る始末だ。まぁ、気持ちは分かる。彼女は、金貨を払わないとお目に掛かる機会さえ無い高級娼婦だったからなぁ。そんな彼らをうまくあしらい、酒を買わせる彼女はまさに魔女だった。


 そしてそんな彼女と出会って早々、火花を散らしたのが、俺の護衛であるファウスティーナだ。


「ど、ど、どういう事だ、ショウゴ!!」


 彼女は、ユリアを指差しながら俺を問い詰めてきた。


「どういう事とは、どいう事でしょうか……」

「とぼけるな!! あの女はお前の、その、あれで……とにかく!! 寝室に連れ込むだけでは飽き足らず!! 神聖な私の職場にまで、あんな淫らな女を連れ込むとは、一体どういう了見だと聞いているのだ!!」


 彼女は俺の胸ぐらを掴み、レイピアを突きつけながらすごい剣幕で捲し立ててきた。一方でユリアンヌさんの、冷笑がすごく怖い……、まさに板挟みとはこの事である。


「お、落ち着いてくれよ、ティナ」

「これが落ち着いていられるか!?」


 あはは、俺が何を言ってもこれはダメそうだ。ティナの怒りが沈むのを待っていると、一番この会話に入ってきて欲しくない人が、参戦してきてしまった。


「そんなに剣を振り回すのが好きなら、外でやってくれないかしら、店の中は私とショウゴの領分だから」

「ほう、売女の分際でこの私に意見する気か?」


 彼女は、俺の胸ぐらを突き押しながら離して、そのせいで非力な俺はその場で尻餅をついてしまった。ティナは、レイピアの鋒を今度はユリアに真っ直ぐと、突きつけた。


「あら、私が売女なら、あなたは何なの? その剣を振り回して、ショウゴが一度でもあなたを抱いてくれたのかしら?」

「なっ……」


 ユリアは、剣を少しも怖がらずにほくそ笑みながら、ティナを揶揄った。ティナの眉間とこめかみにはくっきりと、青筋が浮かび始める。


 その様子を見てユリアは、楽しそうにレイピアを避け、剣の腹を指でなぞるように触りながら、ティナに近づいた。ユリアは、俺よりも背が低い。その為、文字通りユリアはティナを見上げた。


「図星ね。ふふふっ、その様子だと貴方処女でしょ。……羨ましい、貴方はショウゴに初めてを捧げられて……。でもね、貴方は剣を振り回してるつもりでしょうけど、側から見たら、尻尾の代わりに剣を振り回して、彼に求愛している雌犬にしか見えないわよ。ふふっ、どっちが売女なのかしらね」


 俺とカイの顔は、真っ青になって、あわわわという感じだった。ティナは、プライドが富士山より高い、ユリアをこのままにしておくとは、思えない。


「死にたいようだな」


 あちゃー、もうだめだ。ティナは、体勢を変えながら、剣を懐深く引いて、目にも止まらぬ速さで、ユリアの顔を突き刺したかのように見えた。


「ほらね、貴方は私を傷つけられない。ショウゴに嫌われたく無いから」

「くっ」


 ティナが歯を食いしばった音が聞こえた。ティナのレイピアは、ユリアの顔側面を通り過ぎていた。ユリアの髪が数本宙に舞った。そして、二人の視線のぶつかり合いで、火花が散っていた。


 だ、誰でもいい!!この空気をなんとかしてくれぇぇぇええ!!俺の願いは、通じたようで、聞き覚えのあるぶっきらぼうな声が聞こえた。


「何やってんだ、お前ら」


 ぶ、ブルガ!!!店の扉から入ってきたのは、この世界で一番嫌いな男ランキング堂々の第一位の男!!しかし、まさかブルガに感謝する日が来ようとは!!


「あら、親分いらっしゃい」

「おう、ユリア。久しぶりに、可愛がってやろうか」


 そう言いながら、ブルガの熊のような手が、ユリアの青いドレスの谷間へと忍び寄る。それをユリアは、なかなかな力で払い除けた。


「親分? 私はもう堅気の女です。軽々しく、接するのはご遠慮なさって」

「いてぇなぁ。良いじゃねぇか、減るもんでもないし」


 完全に空気が変わった。ティナは剣を鞘に収めて、店の外へと出て行ってくれた。あとで、フォローしておかないと……。


 俺は慌てて起き上がって、恩人ブルガに寄った。


「ブルガ、良いところに来た。今日は何のようだ?」

「なんの用って、お前な。約束通り、新しいシノギを貰いに来たんだよ」

「あぁ! そんな事、俺言ったけな。悪い悪い、忙しくて忘れてた!」

「おい、殺すぞ」


 ブルガは、葉巻を咥えながらこめかみを痙攣させていた。


「安心しろ、忘れていただけであって、準備はしてある。ブルガ、お前知り合いの鍛治師はいるか?」

「あ? そりゃいるけどよ」

「よし、ユリア店番頼んだ」

「はい、任せて」


 そして俺は半ば強引に、ブルガを鍛治師の元まで連れて行った。その道中で、薬の製造工場は全部潰したか、確認をとった。


「薬はやめたんだろうな?」

「あぁ」

「おい!」

「ちっ、やめたよ!嘘だと思うなら、アーネットのクソ野郎に聞いてみな。あいつ俺がこっそり、残しておこうと思った拠点まで潰しやがったんだよ。あぁ、面白くもねぇ」


 へぇ、子爵がそこまで念入りに薬を排除したのか。仮にこれが、ブルガの嘘だとして、こんな下手な嘘は付かないだろう。てかこいつ、今さらっと俺との約束破ろうとしたって、言わなかったか?


「だからよ、酒野郎」

「ん?」


 不意に、ブルガに呼び止められたから何だろうと思って横を向くと、今までに感じたことのない殺気を感じた。ブルガが俺の顔に覆い被さるように、ヤクザモードなおっかない顔を押し付けてきた。歌舞伎町で、ヤクザ慣れはしていたが、前世のなんちゃってヤクザとは比べ物にならない迫力だ。


「お前が約束通り、新しいシノギを俺たちに提供しなかったら、お前は今度こそ海の藻屑にしてやる。三百人の子分を、食わせていかなならないからよ」

「わ、わかってるって、つか先に約束破ろうとしたのは、お前だろ」

「けっ、俺の睨みを喰らっても、言い返してくるとは、いよいよ気にくわねぇやつだ」


 全く、えらいことになったな。あの時は、ユリアさんのことで頭いっぱいで、多分いけると思って言っちゃったけど、蒸留酒作れなかったらどうしよう。


「ほら、ついたぜ。あいつが鍛治師のチャップだ。おい、チャップ!!」


 俺たちがきた場所は、北門側で、そこは武器屋、防具屋、鋳掛屋などが軒並み店を構えて居る区画だった。そこから、少し奥まった所に、鍛冶屋チャップと書かれた店がある。店といっても、店はなく、そこは鍛冶場が野ざらしで、屋根だけがあるような場所だった。


 そこでちょうど、真っ赤な鉄を打っていた、赤とオレンジ色の間みたいな髪の毛をした男が、こっちを振り向いた。彼は、飛び散る火花を防止するためのゴーグルをしていて、モヒカンみたいな頭をしている。


 彼は、ゴーグルを目の上にずらすと、ブルガを認識した。


「兄貴っ! 兄貴がこんな所に来るなんて、珍しいじゃねぇか。今日はどういった、御用向きで?」


 彼は背が低く、身長が小学生くらいしか無かった。それでも、横に広く体格はいかにも職人といった感じだ。


「今日はな、頼みがあってきたんだ」

「兄貴直々の頼みなら、断れねぇなぁ。俺も忙しいけど、なんとかするよ。それで、さっきから兄貴のそばにいる、見慣れねぇ兄さんは?」

「こいつは……お前名前なんだっけ?」

「翔吾だよ!」

「そう、そう、ショウゴとかいう例の酒野郎だ」


 その瞬間だった、さっきまでは人懐っこそうだった青年が、人殺しみたいな顔になった。


「へぇ、あんたがあの酒野郎かい」

「ははは、どうぞよろしく」

「チャップ、俺達の為だ。こいつが言うものを造ってくれや」

 

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