第22話「密造酒を造ろう 上」

 俺の正体を知ってから、明らかに不機嫌になったチャップ。


「……兄さん、お言葉ですが、俺たちがこいつのせいで、仲間が犠牲になってるんですよ。それでも、こいつと手を組むんですか?」

「これは俺の決定だ、チャップ。まさか、俺に楯突く気か?」


 いよいよ、剣呑な雰囲気になってきたぞ。チャップの言い分も、分からないではない。<三頭蛇>の何人かは、ティナの手によって殺されている。ティナは、俺を襲ってくる全員を殺すわけではなく、決死の覚悟でなりふり構わず、俺を殺す事を諦めなかった奴だけを殺していた。


 俺だって、殺さなきゃ殺される状況だっただけに、言われぱなっしは性に合わないのだが、ここで俺が口を挟めば、ブルガの面子に関わる。黙っておくのが、得策だろう。


「でもよ!!」


 チャップが、さらに捲し立てようとした、その時だった。ブルガの拳が、チャップの顔にめり込んだ。そして、彼の小さくも逞しい体は、石飛礫のように鉄屑の瓦礫の山に飛んでいった。


「ごちゃごちゃウルセェ!! お前は黙って、俺のいう通りに鉄を打ちゃぁいいんだよ!!」


 チャップは、鼻、口から血を流していた。本当に、どんな馬鹿力してんだよ。こいつと殴り合わなくて正解だったな。チャップは、あれだけの力で殴られても意識を保っていた。


「うっ、うぅ。分かったよ、兄貴」

「チッ、おいショウゴ。んで、お前はこいつに何造らせる気だ?」

「あぁ、蒸留器さ」

「蒸留器? なんだそりゃぁ」

「書くものは、ないよな。じゃ、今から地面に書くよ」


 俺はせっせと、密造酒時代に作られた蒸留器を、地面にその辺の鉄屑で描き始めた。


「おい、チャップ!! いつまでのびてんだ! こっちこい、お前がこれを造るんだぞ!!」

「へい」


 チャップは、起き上がってきて、力むと鼻に詰まった血を全部出して、口の中に溜まった血も吐き捨てた。そうして、俺の場所までやってくると、俺の描いた蒸留器を見て、少し考え込んでいた。


「この螺旋状の部分は、空洞か?」

「そうそう、大きな金属の器から伸びてるここから、ここまでは中が空洞で、お酒がここを通って、この螺旋状の管の中で冷水によって冷されるんだ。すると、高濃度の酒精が雫になって出てくるっていう仕組み」

「鉄の管は薄くないとダメか?」

「そうだね、特にこのお酒を冷やす螺旋部分は、可能な限り薄い方が効率いいかもね」


 チャップは、意外と話してみると、職人なのが伝わってきた。初めて見る装置なのに、構造を理解し、細々とした部分への指摘が的確だった。


「兄貴、これなら俺でも造れそうです」

「そうか、必要な資金は組織が出す。しっかり、造れや」

「ういっす」

「これで、肝心な蒸留器は大丈夫そうだな」

「あとは何が必要なんだ?」


 基本は、ウイスキー作りと一緒で、穀物に砂糖を加えて糖化、そこに酵母を加えて発酵させる。すると、アルコールつまり酒精が含まれた麦汁が出来あがる。その麦汁を、蒸留器に入れて、アルコールだけを抽出するわけだ。


「まずは、酒の原料となる穀物に、砂糖、あとはエールの上澄みの泡が必要です。あ、あと、お酒を作る工場と道具ですね」

「よし、なら俺の組織が持ってるエール工場に行くぞ」


 ブルガはそういうと、ズカズカと歩き始めた。俺は彼の後を追って話しかけた。


「え、エール工場なんて持ってたんですか?」

「あのな、テメェがこの街に来るまで、平民街の酒屋は俺が取り仕切ってたんだ。それも、エール工場を抑えてな」

「だったら、シノギとしては十分なんじゃ……」

「バカ言ってんじゃねぇ! お前のせいで、酒類のシノギは少なくなるし、大黒柱だった薬はおじゃんだ!! このままじゃ、俺たちは影響力を失って、殺されるしかなくなるんだよ」


 オタクらは、いない方がマシだってんだよ。でもまぁ、歌舞伎町の時もそうだったけど、ヤクザの取り締まりが厳しくなって、奴らも絶滅危惧種になった。そうなると、ヤクザにも成れない半グレ共がのさばってくる。あいつらのタチの悪いところは、悪の中の善悪、それも越えてはいけない一線を軽々と、踏み越えちまうところだ。


 一昔前の歌舞伎町だったら、そういう奴がヤクザのシマ荒らせば、警察が手を出せなくても、裏家業の人間同士で治安が維持されたもんだ。


 アーネット子爵が、薬を捌いていたブルガを飼っていたのも、こいつが一線を超えない奴だからだろうな。聞くところによると、ブルガは薬を捌いてはいても、女子供にシャブは売ってなかったみたいだ。こいつは、こいつなりの悪の中の善悪を持っている奴なんだ。


「お前がマシな奴だなんて、絶対認めねぇけど、選択肢がないのもまた事実か」

「何、ぶつぶつ言ってんだ?」

「なんでもねぇよ」


 そうこうしているうちに、俺たちは北門南西の産業区画にやってきていた。ここでは、貴族の紡績工場や食品加工といった工場エリアになっていた。その大きな建物のそばに、そこそこ大きな建物があった。建物の入り口には、首に蛇の刺青を入れた、ブルガの子分が立っている。


「「ご苦労様です」」

「おう」


 ブルガを前にして、子分その一とその二が敬礼しながら答えた。まるで軍隊だな。俺とブルガは、工場内に入った。すると、麦汁の香ばしい匂いと甘い香りが漂ってきた。


作者後書き

 蒸留器の略図を近況ノートに載せておきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る