第18話「その女、娼婦につき Part2」

 子爵とブルガが店に来てから、既に三日目だ。


 あの日から店が開いてない時に、娼婦の小間使いが俺のところに訪ねて来て、ブルガの襲撃情報を伝えに来ていた。その男は、年は12、3歳の少年で、片腕が無かった。だけど、目は爛々としていて、体中から生命力がみなぎっているようだった。チャキチャキの江戸っ子ってこういう子を言うのかもな。


「この情報は、本当かい?」


 彼から渡された紙には、ブルガ本人の口から聞いた。襲撃情報が仔細に書き込まれていた。娼婦の彼女の事は、この街に来てからと言うものの、週に1、2回くらいの頻度で遊ばせてもらってはいた。彼女は、前世の常識からしたら手を出してはいけない年齢だったが、この世界に慣れてしまうと、年齢は関係なくなっていた。


 彼女は立派な、商売女で成熟していた。まるで、自分と同年代ほどの精神の円熟さを感じさせたのだ。それからと言うものの、あの娼館だけでの色恋を楽しんでいた。


 とはいえ、彼女はどこまで行っても娼婦で、俺は彼女の客の一人にすぎない。そんな彼女が俺のためだけに、命を危険に晒すとは思えなかった。なんなら、ブルガの回し者の可能性の方が断然高いし、その方が納得できる。


「旦那がそう言われると、姐さんは思っていたみたいで、「騙されたと思って、一度信じてみてよ旦那」と言伝を頼まれました。」

「ふむ。どう思うティナ。」

「一度確かめてみれば良いだけだ。この話が本当なら、これまでに無い規模の襲撃ということになる。いよいよ、あの青虫の尻に火がついたと見て間違い無いだろう。決戦の時だ。私が、奴らを別の場所で待ち伏せして処理してこよう。」

「一人で、大丈夫か?」

「まさか、その細腕でついて来る気じゃないだろうな?守るものが増えると戦い辛い。安心しろ、ごろつきがいくら束になったところで、私には触れれやしない。」


 まぁ確かに、ティナの戦闘力だったら問題ない。けど、心情的には年下の女子を戦場に送り出すと言うのは、まだ慣れないなぁ。


「・・は〜、わかった。よろしく頼むよ。」

「あぁ。任された。」

「君も早く、戻った方がいい。ここにいることがバレたら、君の身も大変だ。」

「あっしの心配までしてくれるとは、姐さんのいう通り優しい旦那ですわ。だけど、心配には及びません。あっしは、姐さんにこの命捧げると覚悟は決まってますから。では、これにて失礼します。」


 小間使いの少年の去り際に、その背中に向かって言葉を投げかけた。


「だからこそ、君がいなくなったら、彼女は悲しむんじゃねぇかな。」


 少年は、立ち止まり。片方しか無い拳をギュッと握りしめた。


「・・旦那。」

「なんだい?」

「一つだけ約束、しちゃぁくれませんか。」

「・・約束。」

「姐さんを決して、見捨てないと。」

「・・・。」


 それは、無理な相談だ。彼女は娼婦で、俺は彼女の面倒を見れるだけの力も甲斐性もない。何より、彼女はそんな慈悲を望んでいない。腹括って、生きるために春を売ってるんだ。だけど、少年には少し考えが及ばない事かもしれないな。


 そんなことを思っていたら、少年は絞り出すような声で話し始めた。


「姐さんは、娼婦だ。たくさんの男に春を売っている。それは紛れもない事実です。でもね、あっしには分かるんですよ。あんたは、客じゃないんすよ。あんたが店に来るたび、真っ赤な薔薇を買って来るでしょ。姐さん、あんたが薔薇の匂いが好きだと聞いてねぇ。あっしに、薔薇の香水を用意させるんでさぁ。

 今まで姐さんが、客の好みで香水変えるなんてことは、あり得なかったことなんですよ。無理は承知です、あんたにも立場ってものがありますから。ただ、覚えておいてください。姐さんは、あんたの為なら命張る覚悟なんですよ!!」


 そう言って、男は一度俺に頭を下げて店から出ていった。


 俺は彼に対してなんて失礼な考えを持っていたのだろう。あの少年も、彼女同様、子供になりそびれた口なのかもしれない。そうだよな、この世界は厳しい。前世の生活がどれほど恵まれていたか。いつも身に沁みるなぁ。それに、あの子はあのひとのことが大好きなんだな。


 そんな思いに頭をいっぱいにしていると、ティナが話しかけてくれた。


「あまり気にするな。所詮は、娼婦の言葉だ。それに、私がこの情報を確かめてからでも遅くないだろう。」


 なんだろう。ティナって、娼婦の話になると少し声に棘があるような・・。


「・・あ、あぁ。」


 その日、早速ティナは情報通りの日時に、<三頭蛇>の襲撃を待ち伏せに向かっていった。日暮れ前に、彼女は戻ってきて俺に報告した。


 それにしても、彼女の身嗜みは全く乱れてなかった。もし戦闘があったとしたら、乱れがなさすぎると違和感を感じるほどだ。


「どうだった?」

「な、無かった」

「無かった?」


 やっぱり、戦闘が無かったのか?


「あぁ、あの坊主の言う通り奴らを待ち伏せしていたが、待てどもあいつらは現れなかったよ。やっぱり、娼婦のいう事はあてにならないって事だな。ワハハハッ。」


 そうか。そうだよな。仮に娼婦の彼女に、ブルガが色々喋ったとしても、その話が本当かは別だもんな。


「・・そう、ティナが無事だったなら。それでいいよ。情報が合ってなかったとしても、今度お礼しにいかないとな。」


 俺がそう言うと、彼女は異常に反応した。まるで、こんな筈では!!みたいな驚きぶりだ。


「なっ?! なんでだ!!」

「なんでってそりゃぁ、彼女は自分の身を危うくしてまで、出来ることをしてくれたんだ。お礼はしないといけないでしょ。」


 ティナは、俯き何やらぶつぶつと呟いていた。肩まで震わせて、どうしたのだろうと声をかけようとしたら。


「そんな事言って。お前はただ女を抱きたいだけだろ?!!」


 俺が何か言い返す前に、ティナは大声をあげてプリプリと店の外へ出ていってしまった。


 二日後。


 あれから、ティナさんとは少し気まずい感じになってしまった。今まで、呼び捨てで話し合える仲だったのに、さん付けに逆戻りしてしまった。とはいえ、彼女はしっかり仕事をしてくれているし、特に変わったこともないのだけれど。


 そう思って、接客でウオッカを量っていたら、勢いよく店の扉が開いた。びっくりしてみてみると、娼婦の小間使いをしている少年だった。ここ二日みていないと思ったら、ここまで全力疾走して来たみたいだ。


「だ、旦那!えらい事になっちまった。姐さんがブルガの親分に連れ去られちまった!!」


 彼の一声目で、俺は世界が廻るような眩暈がした。手にしていた量り売り用のジョッキを、目の前の客に押し付けて、少年の元に駆け寄った。


「な、なんだって?!! 一体彼女は、どこに連れ去られたんですか。」

「た、多分西門の大通りにある酒場です。あそこには、ブルガの親分がよく使う店がありますから。お願いです旦那。あんたは子爵にも顔が効くって、姐さんが言ってました。このままじゃ、姐さんきっと殺されちまう!!」


 何故娼婦のお姉さんが、ブルガの野郎に殺されるか。ここで知らないふりをしたら、人間じゃない。


「分かりました。そこまで案内してください。」

「へ、へい!」


 俺と小間使いの男は店から出ると、ティナさんに呼び止められた。


「どこに行く気だ。」

「・・・少しの間、店番よろしくお願いします。」


 そう言って、彼女のそばを通り過ぎようとした時、ティナに腕を掴まれた。


「行くな、ショウゴ。お前が行ったところで、何もできやしないさ。」


 なら、ティナが手を貸してくれよ。そう言いかけて、グッと飲み込んだ。俺も馬鹿じゃない。ここまで来たら、認めざるをえない。ティナさんは俺に気があるんだ。だから、娼婦の話をすれば機嫌が悪くなるし、ここ数日気付いたら、彼女は店番を抜け出していた。そんな事は今まで無かったことだ。


 店に立ち寄った門兵のベンに聞くところによると、この数日街でブルガの子分達が派手に暴れていたらしい。目撃情報では、一人のダークエルフが全員を血祭りに上げていたそうだ。ティナさんは、俺に嘘ついていたんだ。何よりも、高潔な事を重んじていた彼女がまさかとは思った。けれど、人は思いがけない理由で裏切る。


 彼女を毒したのは、恐らく”嫉妬”という毒だ。もう少し早く気づいてあげるべきだった。殺しかけた相手を好きになるなんて、平和ボケをしていた俺からしたら予想の範疇外だった。いや、彼女が初めて家に来たあの晩・・。その時には、気付いていたかもしれない・・。


「それに、あの女は娼婦だぞ。きっと、今頃青虫に良いようにされてるさ。」


 聞きたくない、高潔さを重んじている貴女の口からそんな言葉・・。


「そうかもしれません。俺はティナさんみたいに強くありませんから。それでも、受けた恩を返さない、くそ野郎にはなりたくありませんので。それに彼女が娼婦である事は、関係ないです。」


 俺は彼女の手を振り払った。しっかりは見えなかったが、ティナさんは泣いていたと思う。そんな彼女を、俺は遠回しに侮辱してしまった。


 やけに真夏の蝉の音が、頭に響いてくる。


 こんな時に、八つ当たりとは俺も人間が出来ていない。あぁ、どうしてこうなっちまったのかなぁ。それに彼女のことを娼婦だと思って、ここまで割り切っていたのは俺なのに・・。


 うだうだと、そんなことを考えていると、大通りに出た。いつもの大通りなら、ひっきりなしに馬車が通り、露天の前には大勢の人が居るのに、今日に限ってはがらんとしていた。


 一箇所を除いて・・。すぐに分かった、あんな青い頭をしたバカはこの世でただ一人だ。そしてその足元に転がっている女性こそ、彼女だった。彼女は、いつも綺麗なドレスを着て、どんな男が相手でも余裕の笑みを浮かべるような、まさに夜の蝶だった。

 なのに俺なんかのせいで、着ている服は土まみれで、下着姿で街中を白昼堂々引き回され、何より誰かに殴られ腫れている白い頬を見て、もう我慢ならなかった。


 許せない。その言葉だけが俺の感情の全てを支配した。


「ブルガ!!その女を放しやがれ!!!」


 ここで決着をつけてやる。テメェのせいで、静かに酒を造り、飲み仲間と語り合う。そんな暮らしが、お前みたいなヤクザモンに脅かされているのが、もう我慢ならねぇ!!!


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