第17話「その女、娼婦につき Part1」
アクアリンデルの四つの城門から、シールズ侯爵城までは大きな道で繋がっている。その道沿いには、さまざまな露店や店舗が立ち並び、大きな港のお陰で物資にも困らず大変賑わっている。そんな炎天下の昼下がり、平民街のある大通り沿いの店のテラス席では、青い髪の大男が木製のジョッキを粉砕していた。
「畜生!!!どうなってやがる!!!」
「頭、落ち着いてください。」
左目に大きな切り傷があり、おそらくその所為で失明したと見られる男が、ブルガを宥めようとするのだが・・。彼は、ブルガに後頭部を鷲掴みにされ、テラス席の木製テーブルに叩きつけられた。無惨にも、テーブルはくの字に叩き割られた。
通行客は、大通りにも関わらず道の端で、肩をすくめながら歩き、店の客は逃げるように、小銭をテーブルに叩きつけ店を後にした。
「これが落ち着いて居られるのか?!アーネットの野郎、10日待つと言っておきながら、舌の根も乾かないうちに、製造拠点にガサ入れしやがったんだぞ!!?あいつ、長年上納金を納めて来た俺じゃなく、あの芋やろうと手を組んだにちげぇねぇ。最初から、俺を切り捨てるつもりだったんだ。トカゲの尻尾みてぇにな!!」
ブルガはどかっと、椅子に座ると酒を飲もうとするが、机が叩き割れた時に、ジョッキも全部床に落ちたことに気づいた。周りの取り巻きどもに、新しいエールを注文させ、勢いよく酒を零しながら飲み、濡れた青髭を袖で拭った。
「あぁ、おい。」
「へい。」
立派なケツアゴの厳つい子分が、ブルガに歩み寄った。
「もう命令下して、二日だぞ。まだ、酒野郎の首あがんねぇのか?」
「・・はい、それがですね。親分に命令された、襲撃という襲撃が例のハーフエルフに尽く阻まれているんですよ。それも待ち伏せで・・。」
ピクッとブルガの右眉が釣り上がった。
「どういう意味だ。」
「・・・ちんころ(告げ口)してる奴が、いるとしか思えねぇんですわ。」
「なんだと・・。俺の命令を直に聞いてるのは、幹部のお前らしかいねぇだろうが!!」
ブルガはそう言って、ケツアゴを殴り飛ばす。ケツアゴは、大通りのど真ん中まで吹っ飛び転がった。
そこへ、片手がフックの男がブルガに近寄った。
「親分。」
「おう、ソルドどうした。」
「つかぬことをお聞きしますが、親分のよく行く娼館にあの酒野郎が出入りしてるのを見かけたんですがね。」
「何?」
「あの辺の、うちの下のもんに聞いてみたんですわ。あの酒野郎はよく来るのかと。」
「おう、それで。」
フック野郎の額から、一筋の汗が流れ落ちる。この炎天下での暑さのせいなのか、これから言う事への緊張から、きているものなのかは分からない。
「・・・それが、どうやら親分の気に入りの女の常連らしいんですわ・・・。ゴクリッ」
少しの沈黙の間、静寂は破られた。ブルガの手に持ったレッドブルの角で作られたジョッキが、握りつぶされた。ブルガは、いかにあの酒野郎をどうやっていたぶり殺すかを、娼婦の女に話していた。それも、いつ襲撃するかまで詳細の全てを得意げに語っていたのである。その女が自分に惚れ込んでいると信じて。
これほどの屈辱をブルガは味わったことは無かった。事は、娼婦にまでコケにされていたという、短絡的な思考にまで落ち、そこから怒りの振り幅が生まれてしまったのである。
「すると何か、俺の女の浮気相手が、よりにもよってあの酒野郎だとでも言うのか?」
ブルガの凄まじい殺気に、フック野郎がたじろいだ。
「・・・いえ、その可能性も、あると言う話でして。ただ、そいつの話では、商売女が酒野郎に金を返すほどの、太客待遇してるみたいでして。あはは。」
「・・あの女を俺の元まで連れて来い!!!」
「「「へ、へい!!!」」」
ブルガの腹の底からの号令に、幹部一同が敬礼した。
娼館の営業は、基本的に朝に終了する。客が女を抱き、そのまま帰る客もいれば、宿代も払い朝までいる客もいる。そして午前中は、娼婦と従業員は眠りにつく。もちろん、働く者もいるにはいる。しかし、高級娼館である<赤い唇>はそんな営業をする訳がなく、皆静かに眠りについていた。
そこへ、ズカズカと首に三匹の蛇の墨を入れた男達が乗り込んできた。朝の店番達は、元締めである彼らに頭は上がらない。その為に、特になんの障害もなく彼らは、最上階の高級娼婦の個室にたどり着いた。
”バキャ!!”フック野郎が、扉を蹴破ると、ブルガのお気に入りの女が突然の物音に、飛び起きた。
「な、なんだい?!あんた達!!?その入れ墨は、<
「いいから来い。」
「痛い!私は親分の女なんだよ!?」
腕を掴まれた娼婦は、暴れて抵抗したが・・
「ウルセェ!」
「キャァッ!」
フック野郎が、娼婦の頬を張った。そしてご自慢のフックで、娼婦の服を引っ掛け引き摺り出していった。
彼らが娼館から、この街一番の商品を引き摺り出していくのを、見ていた関係者の一人が、慌てるようにその場から走り去った。
「や、ヤバイこっちゃ。酒の旦那に知らせな!」
その後、娼婦が先程の店で待っていたブルガの前に、放り出された。フック野郎は、ドヤ顔で親分に報告する。
「親分、命令通り連れてきやした。」
「おう。」
商売女は、ブルガを前にするなり、まずは自分の命を握る彼に擦り寄った。自分のことを殴った奴の子分を、ブルガにチクるのではなく。自分が酒の旦那にチンコロしていたことがバレたことを前提に、彼から同情を引き出そうとしたのである。
「親分さん!これは一体どう言うことなんだい。私何か、親分の機嫌そこねちまったのかい?」
「・・・。おめぇ、例の酒野郎のこと知ってたのか?」
娼婦は確信した。自分にちくりの容疑がかかっている事を。そこからの彼女の演技力は凄まじいものだった。
「え、何のことだい。」
まずは、本当になんのことを言っているのか分からないと言った態度だ。
「部下が言ってるんだよ。オメェの常連に酒野郎がいるってな。」
「知らないよ!本当にそんな奴のことは知らないんだよ。でも」
「でも?」
「知らないうちに、私の客になっていた事はあるかもしれないね。」
「テメェ!!」
「お待ちよ!!」
「うっ・・。」
娼婦の気迫に、沸騰しかけたブルガの血が止まった。
「客は、なんでも私ら娼婦に、身の上話を正直に話すとは限らないだろ? そもそも親分以上に、私を大事にしてくれた男なんていないんだよ?! そんな男達の事を私がいちいち気にしていると、親分は本気で思ってるのかい?! うっ、うぅ、」
娼婦は今にも自殺でもするのかと思わせる程の迫力で、ブルガに涙の直訴を表明した。最もらしい言い分と、迫真の涙にブルガは自分が間違っていたと思った。
ブルガは、自分の足元で泣き崩れている娼婦を抱き上げて、優しく胸に抱き締めた。
「俺が悪かった。お前の言う通りだ。お前が俺を裏切る訳がねぇよな。」
「そうだよ、親分。いつも言ってるだろう?私には親分しかいないって・・。」
娼婦が、ブルガの胸に枝垂れかかり、ブルガの胸に手を添えて、涙で濡れた頬を押し付ける。周りの取り巻き達は、ブルガのひと睨みでこの後の自分たちの運命を悟り、各々が頭を抱えたり、視線を地面に落とし、悔しさに震えた。
そんなひと茶番終えた雰囲気を切り裂くような怒号が、大通りに響き渡った。
「ブルガ!! その女を放しやがれ!!!」
この声の先にある人間をみて、いち早く反応したのは言うまでもなく。ブルガの胸に抱かれていた商売女だ。嘘泣きだった涙が、歓喜の涙に変わった瞬間だった。
(嘘でしょ旦那。私なんかのために、ここに来ちゃだめだよ。でも、こんなに嬉しいことがあるんだね。私の命一つを惜しんでくれるんだね、旦那!!)
そう少し前に、客引きの少年が翔吾の店に訪れ。その一部始終を翔吾に話すと、彼はティナの制止も聞かず、店から飛び出し、ここまで単身駆けつけてしまったのだ。
「へっ、娼婦に本気で惚れて一人のこのこと現れるとは、やっぱりお前は大間抜けだな、酒野郎!!」
ブルガは、女をどかしながらその場にイキリ立った。両腕の拳を鳴らし、処刑の準備は万端といった模様である。
(((あんたがそれを言うかい。)))と子分一同が、そう思った。
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