第14話「密約」
この街の表の政治役と裏の政治役が揃ってご来店された。これが何を意味するか、前世でいう現代人なら色んな、小説、漫画、ドラマを見ていれば気付くだろう。それは、癒着だ。歌舞伎町で商売をするとよくわかる。社会は、正義だけでは回らないのだ。正義だけでは、庇いキレない膿が出る。その膿を吸い取り、汚い金を生むのが裏社会の連中だ。
そして俺は、その裏社会の奴らが嫌いだ。理由はどうであれ、やっている事は人でなしのすることだ。そしてそいつらを利用して、甘い蜜を吸う表の政治家連中も大っ嫌いだが、どちらを利用するかと言われれば、表しかない。
つまり、ここで味方につけるべきは、アーネット子爵だ。まだ、一言二言しか喋っていないが、この人は実利をとっているだけに過ぎない感じがする。となれば……。
「まぁ、まず座らんかい大将」
「あ?」
「ここは、酒を売るとこで、俺と話したいなら、そこに座って酒を頼むのが筋ってもんだ。ここは俺の店だからな」
「何だと?!」
「ブルガ、ここは一献受けようじゃないか。私も、君を困らせている酒とやらを飲んでみたいよ」
アーネット子爵が、少し視線を飛ばしただけで、ブルガは怯んでしまった。どうやら力関係が、はっきりしているようだ。思いの外、見掛け倒しのヤーさんなのかもな。
「うっ……チッ!」
先に子爵が座り、ブルガと呼ばれていたヤクザが後に続いて着席した。彼らの前にそれぞれ、グラスを置いた。ブルがの前には、ショットグラス、子爵の前にはテイスティンググラスだ。テイスティンググラスは、ショットグラスと違いボウル部分がワイングラスのように膨らんでいる。
「彼とはグラスが違うようだね」
「さすがです閣下。あえて、ブルガ様と閣下には違うお酒をお出しします。好みが分かれると思いましたので」
「ケッ、商売人の考えそうなことだ」
やはり、閣下は些細な違いに聡い方のようだ。俺は、ブルガにはただのウオッカを、子爵にはつい先日樽に詰めて三ヶ月が経過したウイスキーを注いだ。
「正しい飲み方は、あるのかな」
「恐縮ながら、ご説明させていただきます」
「構わない。私は専らワインばかりを飲むのでね、平民が飲む酒には疎いのだよ」
「それでは、閣下のグラスに注いだ酒はウイスキーという酒で御座います」
「ウイスキー、聞いた事もないな。それは君の故郷の酒かね」
「左様です。そして、私自らが作りました。お口に合えばよろしいのですが……」
「私は探究心は強い方だ。毒でない限り、何を憚ろうか」
随分と直接的に釘を刺してきたな。どんなバカでも、白昼堂々と貴族を毒殺するかってぇの。
「ご心配なら、先に私が味見をしてもよろしいですか?」
「そうして貰おう。ついでに、飲み方も講義しなさい。手間が省ける」
俺は子爵のために、注いだグラスを手に取った。
「ウイスキーはその酒精が強く、また香り高いことが特徴です。香り一つから、味を想像することが出来ます。ですので、まずはグラスのボウルを酒で濡らします。このようにグラスを揺らし、鼻をグラスの中へと入れ、十二分に香りを楽しんでください。……十分に香りを楽しみましたら、思うように酒で舌を濡らしていただきたい」
俺は、一通りのベーシックな飲み方をレクチャーした後、毒味を兼ねてウイスキーを飲んだ。このウイスキはーは時空魔法のおかげで、すでに十二年以上、つまり十分に樽から成分が滲み出し美しい琥珀色に染まっている。そうこれが、俺の初めて作ったシングルモルトウイスキーだ。この酒瓶に入っているウイスキーは、俺が樽詰した複数の酒樽から厳選してブレンドしたウイスキーだ。
なぜこうするかは、それぞれの酒造で追い求める理想の味があるからだ。例えば、酒樽が十個あって、それぞれ十二年間漬けたとする。すると、十二年後それぞれの樽の酒を飲むと、不思議なことに別々の味がしてしまうのだ。これは、樽が蒸留酒に与える影響の違いによって起きることで、解明されていない部分も多くある。
そのために、それぞれの樽の味の特徴をブレンドして、酒造の味が出来上がるのである。そしてウイスキーボトルに表記される十二年の十二年は、ブレンドされたウイスキー樽の熟成年数の中で最も若いウイスキーの熟成年数を表記してある。
要するに、酒蔵の顔となる味を均一化させるために、中には三十年以上熟成させたものまで混ぜる時がある。
===<シングルモルトウヰスキー>===
モルトウイスキーのうち、同一蒸溜所のモルトウイスキーだけを使った製品のこと。蒸溜所の個性がはっきり現われ、個性豊かなウイスキーとなります。
シングルモルトは、1980年代後半から世界的なブームとなっていて、日本でもシングルモルト・ウイスキーの需要は年々増大しています。
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「君は、本当に平民なのか?」
「え、それはどういう」
「いや、気にしないでくれ給え。君のお陰で、ウイスキーとやらに興味が湧いたよ。君の酒を頂こう」
(平民が酒を飲む仕草が、しっくりと来た。そう、優雅さまで感じられた彼の酒へのこだわり。実に興味深いな。)
子爵は、俺がやって見せたようにウイスキーを飲んでみせた。さすが貴族、グラスを揺らす姿からは、普段ワインを嗜んでるのが良くわかるほど絵になった。
「ほう。これは驚いたな。……これを君が造ったというのか?」
「嘘偽りはもうしません。貴族様に嘘を言うだけで、私の首は簡単に飛ぶでしょうから」
子爵の視線が鋭くなった。そして彼は、もう一口ウイスキーを飲む。それを隣で見ていた、ブルガは面白くないようで、ショットグラスのウオッカを一気に煽り、カウンターに叩きつけた。
「酒なんて、酔えればみんな同じだろうが!! いいか、二つに一つだ! 店の売り上げの五割を<三頭蛇>に納めろ」
「断れば?」
「その時は、魚の餌になって貰う。」
子爵がウイスキーを飲みきり、空のグラスを静かに机に置いた。少しの間を経て、子爵は鋭い目で俺を見据えながらブルガに命令した。
「ブルガ、先に馬車に戻っていてくれ」
「なっ?! そりゃぁないぜ旦那!! こいつにはしっかり、ケジメを付けて貰わなきゃならないんだぜ!!」
「その件は、私がしっかりと話を付けてやろう。だから、ここは下がれ」
子爵の鋭い眼光は相変わらず俺を見据えていて、話し相手のブルガを歯牙にも掛けない様子だった。無視されている事に気付いたブルガは、どうする事もできない怒りを叫びに変えた。
「くそぉ!!」
ブルガは怒りを露にして、店の樽を蹴り飛ばしていった。力だけはあるようで、樽は粉砕され中の酒が床に溢れてしまった。
「やれやれ、あの酒は私が弁償しよう。さて、一つだけ聞かせて貰おう。そう難しい話じゃない」
「何なりと、お聞きください。誠心誠意お答えさせていただきます」
ここだ。子爵は、おそらく俺とブルガを天秤にかけているんだ。最初は、ブルガに泣きつかれて出張ってきたのだろう。裏社会のゴミとはいえ、彼のビジネスを円滑に回すための必要悪を無碍にできず。俺を捻るつもりだったんだろう。
だが、ここで彼の要望に答えることが出来れば、形勢は悪くないものになるはずだ。だからこそ、嘘は言えない。
「このウイスキーは、君であれば量産出来るものなのか?」
「……私にも酒の造り手としてのこだわりがございます。ですので、大量生産をする気はありません。」
シングルモルトを造るときに、最大の天敵は大量生産である。厳密に言えば、同じ味のウイスキーは二度と味わえないのである。それは、樽が酒に与える影響を百%コントロールする事は不可能だからだ。無理な大量生産をすれば、ウイスキーの味は安っぽく、薄い味になってしまう。
だから、それだけは絶対にしたくない。
「そうか、それは実に残念だ」
「ですが!私に全てを任せて頂けるのでしたら、閣下には優先的に一月10樽はご用意いたします」
「何?! この酒を一月に十樽だと?! その話、嘘ではなかろうな」
このレベルの酒を一月に十樽、そう聞いてどう驚いたのだろうか。少ないのか、多いのか。どう考えても一月に十樽と言う数量は大手の酒造であれば痛くも痒くもないだろう。何せ大手の酒造には何十万樽、もっと多ければ百万樽を超えて貯蔵している所もあるくらいだからな。
ただ、個人でやっている俺にしてみれば時空魔法があるとはいえ十樽は限界値に近い。ここで可能な範囲でケチるのはやめた方が、貴族とのパイプ造りには良いはずだ。
「はい、取引を守れなかった時には、喜んでこの首差し出しましょう」
「……フッ、フハハハハハッ、まさか平民にこれほどの男がいるとはな。良いだろう。君の名を聞かせてくれ」
子爵は、先程までの冷徹な表情を崩した。どうやら、気に入ってもらえたようだった。てか名前ならさっきティナが紹介してただろう? この野郎覚える気もなかったんだな。
「翔吾です」
「ショウゴか。ブルガの事は私に任せたまえ。これより、君への飛び火が激しいだろうが、耐えて見せろ。その暁には、真に君は私のパートナーになるだろう」
「有り難きお言葉であります、閣下。是非、お近づきの印にこの酒をお持ちください」
俺は、彼に十二年もの相当のウイスキーが入った酒瓶を渡した。
「有難く頂こう、実に君の酒は気に入ったよ。期待しているぞ。酒職人ショウゴ」
子爵は、帽子を被り控えていた騎士と共に馬車に戻っていった。店の中の雰囲気は、一気に弛緩した。
「生きた心地がしなかったよ」
「あの、ブルガとかいうチンピラなんて醜いのだ。ショウゴの目配せが無かったら、店の外につまみ出して、血の雨でも降らして涼を取ろうかと思ったぞ!」
「あははは、そんな事したら次の日には、うちの店にバカが突っ込んできてたよ。子爵の事は、どう思った」
「あれは、私と同じ匂いがしたな。己の信念にひたすらに正直な男だ」
「そうだね。実利に徹する。中間管理職らしい、振る舞いだよね」
「何だその、ちゅかん、かんり、職と言うのは」
そうだよねそんな言葉馴染みないか、んとティナは軍人だから軍の中間管理職は……。
「小隊長みたいなものだよ」
「あぁ! 上からも下からも突き上げられる、立ち位置ってことか」
「そう言うこと。さ! 床の掃除しちゃおっか。お客さんも、戻ってきはじめたし」
「あぁ、任せろ」
俺は店の後始末をしながらこの出来事がどちらに転び出すのか思案していた。ま、なるようになるでしょ!
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