第13話「<三頭蛇>登場」
警備を雇おうとしたら、その警備員候補に殺されかけた話から、一ヶ月が過ぎた。それからと言うものの、店の経営は順調に軌道に乗った。
そしてこの世界で初めての真夏を迎えたのであった。入道雲が海の上を雄大に漂い、カモメが空高く港町の上空を飛んでいる。相変わらず港には、往来の船が沢山停泊し、商売人の熱も夏の暑さのせいか上昇していた。
こんな日にはキンキンに冷えたビールが飲みたくなるものだ。まぁこの世界にはビールを薄めたようなエールしかなくて叶わぬ夢だが。あぁ、ビール造りたい……けど、俺一人じゃ限界があるなぁ。
そんな事を考えていた時。
店の扉に取り付けた、呼び鈴が鳴る。誰かが、店の中に入って来た事を意味する。彼女は、白いタンクトップに軍服使用の白い長ズボン、爪先と踵に鉄板が仕込まれた黒いニーハイロング革ブーツを履いている。全身の服装が白い上に、肌は小麦色の彼女の体はくっきりと浮き出ていた。
日頃からよく鍛え抜かれている四肢は、無駄肉がなくモデルのようだ。その代わりと言っては何だが、彼女の無駄肉は胸に合流しているようだった。爆乳とまではいかなくとも、豊満な胸が白い衣服と影によって浮き出される。それでいて、腰高で脚は長くさすがエルフとのハーフと言ったところか。
彼女の腰に佩かれた、赤い鞘に収まったレイピアで殺されかけたのは、つい一ヶ月前だ。そんな彼女とは良好な仲を維持していると言ってよかった。彼女の健康的な肌には、滝のように汗が流れていた。
「いやぁ、相変わらずこの街の夏は蒸し暑いな。ショウゴ、悪いが水をくれないか」
「はいよ、悪いな警備なのに店の外で働かせちまって」
俺は、グラスに氷と水を入れてティナに手渡した。氷は、最近買った魔法が込められた魔道具で生み出される。やっぱり、酒を飲むときにはロックも必需品だ。
「ふぅ、構わないさ。この店の大きさじゃ、並んでる客を全員中には入れられないからな。誰かが、列の整備をしないといけないわけだし、何より並んでる客を勝手に追い抜いたりする、不埒な輩も取り締まれて一石二鳥だ」
一度は彼女に殺されかけた訳だが、今ではすっかり頼りになる警備員だ。元々の実力は特級クラス、何でも専業軍人この世界でいう騎士百人と、単独で戦える程の実力者なのだ。そんな彼女を、店先で雑用よろしく炎天下の中立たせるのは気が引けたが、先日の一件以来憑き物が落ちたように雰囲気が穏やかになった。
「やっぱり、給料あげようか? ウチもだいぶ金に余裕ができたし。日に銀貨5枚くらいには、あげられるぞ?」
「その話は何度もしただろう。少なくとも、一年はこのままでいい。私は一度、お前に刃を向けた身だ。私は感謝しているんだぞ。あの黄金に輝く酒を飲んで以来、私の凝り固まった美学など、まだまだ大したものでは無かったと思ったんだ。……だから、その、これは、お前に対する恩返し! そう! 恩返しなんだ!」
なんで、もじもじしてるんだ? まぁでも誰かにお礼を言うときは恥ずかしいよな。少しは可愛いところもあるじゃないか。
「お、おう、わかった。まぁでも、いつでも入用になったら言ってくれよ。準備はしてるから」
「……あぁ。では、警備に戻るとするっ」
彼女は思いの外強めにグラスを叩きつけて、ティナは店の外に出て行った。何となく怒っている気がした。
「何だぁ? グラスは大事に扱えって、あれだけ言ってんのに」
ティナはたまにあぁやって、グラスに八つ当たりする癖がある。不満があれば言ってくれれば良いのにな。
そう思っていたら、カウンターで酒を飲んでる常連が口を開いた。
一人はカウンターに頬杖を突き呆れたようにしていた。
「あーあー、素直じゃないねぇティナちゃんも、なー親父」
もう一人は背筋を伸ばしてロックグラス片手に、もう一歩の手をひらひらさせながらそれに返答した。
「あの嬢ちゃんは見るからに初心そうだからなぁ。それよりも、この純粋ぶってる朴念仁の兄貴の方が重症さぁ〜ね」
俺は酒瓶にウオッカを補充しながら吐き捨てた。酒瓶に補充するときは、木製の漏斗を使う。鉄製は高かったのでケチった。
「外野が、口を挟むんじゃねぇっての。てか、ベンはいつまでここで飲んだくれてんだ? それにナッツの親父も店はいいのか?」
そう、店の常連とは西門の門番長ベンとナッツを売っている親父である。ほぼ毎日と言っていい具合に、店に来ては酒を飲んでいる。
「今は昼休憩よ。こんな暑いと、酒でも飲まなきゃやってられるかってんだ。ティナちゃんが羨ましいねぇ。日に銀貨5枚って、俺の月給と一緒じゃねぇか」
「うだうだ言いなさんな、門番だって立派な高給取りだよ。明日もわからねぇ野良商人じゃあるめぇし」
「寝ぼけたこと言うなよ。ショウゴの店に置いてるナッツが飛ぶように売れてるくせに」
そう言われてナッツの親父は自分の後頭部を叩いて笑った。
「ははは、バレてたか。ショウゴが教えてくれた、燻製ナッツが酒の肴になるってんでこれがもう馬鹿売れで!! 左団扇よ〜っとグィ、カーーッ昼から飲む酒ほど美味い物は無いねぇ! ウオッカをロックで、そこにこの炭酸石を入れたら、暑さなんてパァーッとどっかいっちまうよ!」
ったく、この連中は。昼間から飲みに来る客は、大抵金持ちだ。酒を買いに来る客はいても、昼間から飲む奴はそういない。だが、俺は夜の営業はやっていない。と言うのも、<
奴ら、酒の中にでっかい虫が入っていたとか、酒を買いに来た客に因縁付いたりと、まぁうざったい。その度に、ティナが追い返してくれるから、大きな問題にはなっていない。
それもあって、人目につきにくい夜は怖くて営業ができないのだ。カチコミでもかけられて、抗争に発展したりしたら面倒だからな。それに夜は衛兵の警邏が少なくなる。
そんな事を考えながら、接客をしているとベンのやつが血相を変えて、慌てて店から出て行った。
「なんだ?」
すると店先に、豪華な馬車が止まっていた。ベンの奴が、御者やその周りの騎士にペコペコしながら、帰っていく。ベンの上司か?
「ありゃぁ、この街の代官アーネット子爵家の紋章だよ。兄ちゃんの酒も遂に、お貴族様にまで知れ渡ったんだよ!」
ナッツの親父がやけに興奮しているが、馬車の中から赤茶色の髪をした中年の男性が降りてきて、その後に青い髪をした、顔に切り傷がある男が降りて来た。
「ゲェ!!!」
「どうした親父」
「ありゃ、最近兄ちゃんを悩ませている。<三頭蛇>のボスだよ!!!あの青い髪に、顔の切り傷、間違いねぇ……。兄ちゃん、悪いことは言わねぇ。穏便に、穏便にな!」
そう言うと、ナッツの親父は裏口から逃げるように出て行った。その直後に、店の扉が開き、ティナが彼らを店に招き入れた。しかし、その顔は臨戦態勢そのものだった。茶髪の子爵は、この暑いなか貴族の正装でキザな帽子を被り、口元にハンカチを当てて空気を気にしていた。目つきが、あまり良くない印象だった。
続いて、入って来たのがナッツの親父曰く、こいつが<三頭蛇>のボスらしい。太々しくも、葉巻を吸いながらのご登場だ。体は、そこまで大きく無かったが、開けているシャツから、垣間見える胸筋は鍛え抜かれているのが見て取れた。
ティナが、俺の方を手でさして紹介してくれた。
「こちらが、この酒場のオーナーショウゴです。」
「どうも」
俺は少しお辞儀をした。
最初に声をかけて来たのは子爵だった。
「そうですか、貴方が噂の商人ですか。まさか、ムルテウ人だとは思いませんでした。私は、この街を管理しているアーネット子爵だ」
気になる単語を向けられたな、む、むるてう? 何じゃそりゃ、よく分からんが今は放置しておこう。
「お貴族さまでしたか、これは失礼を。生来、学がない者でして無礼をお許しください。この酒場は、貴族の方が足を運ばれるような場所ではございません。どう言ったご用件で、こんな汚い場所にいらしたのですか?」
「貴様の言う通り、私も平民街はあまり長居したく無いのだがな。私の友人が、困っていると言うから、付き添いで来たまでの事」
「ご友人がですか……。商業ギルドの方でしょうか。私は、ギルドに加入していますし、契約料、営業許可証全て正規の手続きを踏んでおります。お疑いなら、書類を用意しますが」
「いや、その必要はない。そう言う事で、今日は来たのではないからな」
「なら一体−−」
貴族相手に、ネチネチと遠回しな会話をする気はなかったんだが、こういう輩との交渉ごとはなにぶん直接的には進まない。そんな空気に耐えかねて、後ろのヤクザ野郎が子爵を押しのけて、俺の顔を値踏みするように睨みつけてきた。
「−−ゴチャゴチャうるせぇ!! 今日は、お前の命の値段を決めにきたんだよ!!」
俺は咄嗟に同じ熱量で言い返した。
「何だと、この野郎。アメリカ製の歯磨き粉みたいな頭しやがって! この野郎!」
「あ? 何言ってんだ?」
ヤクザ者は少し戸惑った顔を呈した。
歌舞伎町で、店をやっていた経験がこんな所で生きるとは……。それはヤクザ耐性である。俺自身キレてはいないが、ここで引くと要求が酷くなる。
それに、先程から眉間に青筋をブッチブッチに立てているティアが、剣の柄に手を置いているのが怖すぎた。彼女にキレられたら、交渉もクソも無くなるので、俺がキレる他なかったのだ。
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