chapter5

 探偵事務所シーホースへ向かう階段に、白いスーツを来た男達が5人。

「突入するぞ、武器の用意」

 前に出ているリーダー格の男が、後ろの四人に確認する。

「了解」彼らが手に持っているものは拳銃だ。

 リーダーは足音を立てないように事務所の扉まで歩くと、扉を勢いよく開けて叫ぶ。「手を挙げろ!」

 ――――しかしそこには誰もいなかった。



「まくら駅、でネット検索したんだけどさ」

「まくら駅」

 その頃一方、カイバと一子は新幹線に揺られて旅をしていた。足下には旅行鞄が三つ。カイバのは二つ、一子のはそれより少し小さなものだった。

「目撃情報っていうか、最初にその噂が出てきたのがだいたい一年前なんだよ」

「じゃあ、最近になりますかね」

「うんそう。この間の依頼人が『改良したお煎餅が売れたから感謝のしるしにぜひこちらに遊びにきてください』ってお手紙くれたっしょ? 偶然にもその朝粉市の米菓町がさぁ、まくら駅があるんじゃないかって噂がかなりの数あるんだよ。だから遊びに行くついでにまくら駅のことも調べようと思って」

「へぇ、なんというか、運がいいですね」

「俺昔から運が強いほうだからね〜」

「それにしても米菓町って名前……美味しそうですね!」

「その名の通りお煎餅とかお餅とか作ってるみたい。どうもそこも五年前に急にできたばっかりの町みたいでさ。それも少し怪しいかなって」

「つまり、まくら駅はもしかしたら本当にそこにあるかもしれないですね」

「そういうこと」

 一子は満面の笑みを浮かべた。

「都市伝説の生まれたところに潜入って、大冒険ですね!」

 探偵顔負けの好奇心だ。これにはカイバも苦笑するしかない。

「ほほう、なるほど、君ってそんな子だったのか」

「え?」

「いや、未知の場所に足を踏み入れるってのはさ、大の大人でも恐怖するもんなんだよ」

「……私って、変ですか?」

「はははぁ、今更だよそんなこと。記憶喪失なんてそうそうあるもんじゃないんだから、他に変なところがあったって気にするこたぁない。むしろ記憶がないからこそ物怖じしないってことなのかな。探偵、いや、トレジャーハンターの資格があるかもよ」

「トレジャーハンター! それも面白いかもしれませんね」

「ふふふ。あ、そうだ新幹線に乗ったんだからあれ食べないとね。すいません! アイスください!」

 ワゴン販売をしているパーサーさんにカイバが声をかける。

 一子はバニラ味、カイバはチョコ味を頼んだ。

 二人は同時にスプーンを突き刺そうとする。

 ……突き刺せない。

「うわ、カッタイですね」

「カッタイんだよこのアイス」


***

 

「リーダー! 念のため駅に待機させていた仲間から連絡が! あの娘と探偵が新幹線に乗ったとのこと!」

「何ぃ? 仕方ない、追うぞ!」

「はいっ!」

 五人組はすぐに探偵事務所から退散しようとする。

 しかし階段を下りる最中に、一番後ろにいたリーダーがツルッと足を滑らせてしまった。

「あっ」

「「「「「うあっ!」」」」

 バタンッ ズルッ ゴロゴロゴロ……

 リーダーは部下四人を巻き込みながら落ちてしまった。

「な、何してるんですかリーダー……」

「う、うるさい……おい、駅にいる連中に連絡しろ……こっちはちょっと遅くなる…………ぎっくり腰がやばい」


***


「名探偵の掟第一、事前準備と情報収集は大事!」

「なるほど」

 米菓町に行く前に、朝粉市の大きい図書館で調べ物をすることにした。

 米菓町は本当に新しくできたところなので最近の情報はなかったが、五年前に真田守哲さなだもりあきという男が廃村一歩手前の場所をお菓子づくりで賑わせることに成功した、という記述を見つけた。そしてそこに人が集まってきて、町と呼ばれるまでの規模になったと。

 真田守哲について調べてみると、彼は代々続く製菓会社の御曹司だという。

 会社の慰安旅行で迷子になった彼はたまたま米菓町の前身の村に訪れ、そこの荒んだ環境に胸を痛め開拓を決めたのだという。

「迷子になって村に来て開拓……すげぇ経歴」


***


 そのころ一方謎のグループは。

「リ、リーダー……。二人を追いかけていた仲間が寝過ごして駅を間違えたそうです……」

「ええい、バカモンが…」


***


「名探偵の掟第二、現地でも情報収集!」

「おいしいですねぇこれ」

「新商品のキャラメル煎餅だそうだ。俺の意見ガン無視だが美味いな」

 米菓町に到着後、二人は和菓子カフェで一息ついていた。

 ここで作られたお菓子がお茶と一緒に頂けるのだ。カイバはけして見逃さなかったし、見逃せなかった。

 甘じょっぱさともちもち食感がナイスマッチングだぜ、濡れ煎餅。うまうま。

「それで、これからどうするんです? ここに駅はありますけど、まくら駅って名前じゃなくて米菓駅ですし」一子は当然の疑問を口にした。

「うん……地道に練り歩くしかないかなぁ」

「なるほど」

「宿は一応とっといたんだけどね。とりあえず二泊三日で」

「別のお部屋ですか?」

「ったりめぇでしょうが。不埒なことしたら院長に怒られちまうっての」

ほぼほぼフリーダムフリーター、だがいつだって紳士。それが迷探偵カイバだ。


***


「リーダー! 奴ら米菓町で宿を取ったようです!」

「何ぃ!? こうなったら、その宿探して乗り込めぇ!」

 探偵達を追いかける謎の五人組は、まだまだ走る。


***


「ねぇカイバさん」

 宿のお風呂から出て、一緒に食事をしている最中だった。

 ちなみに宿の主人が用意してくれた夕ご飯は鍋料理。きのこ、白菜、牛肉。どれもとても美味しかった。

「う~ん?」

 カイバはあまりにも眠いので寝ぼけ眼だ。食べ過ぎた。

 ――それに反して、一子の顔は暗かった。

「私って、もしかしたら悪い人だったりしませんでしょうか」

「……なぜそう思う?」

「なんだか、とっても怖いんです。自分のことが分からなくて」

 自分のことが分からない。

 記憶喪失なんだから当たり前だ……とカイバは言おうとして、しかし直前で別のことが頭に浮かぶ。

 この間の火事だ。

 彼女は自身でもいつ身につけたのか分からぬ壁登りで子供を助けたのだ。

「んん、マンションの壁を登ったことか? あれは子供を助けるためだろ、えらいじゃないか」

「でも普通の人はそんなことできないですよね」

「ああそうだろう。でも、普通じゃないから助けられた。そうだろ?」

「……カイバさん、お願いがあります」

「うん?」

「まくら駅を見つけたら、何でも願いが叶えられるんですよね? それなら、私は記憶が戻ることを願います。でも、もしそれで私のことが分かって……もし私が悪い人だったら……」


「カイバさんが私を捕まえてください」

「ん……いいよ」





「一子、起きろ、起きろ一子」

「うぅん…」

「夜の町を探索しようじゃないか。楽しいぞきっと」

 斯くして二人は外に出た。





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