chapter2
一子はしばらく、探偵事務所シーホースで働くことになった。
元々の依頼者である院長が、開いていた上の階を買ってくれたのだ。今はそこで寝泊まりをして、昼間に下の事務所で雑務をするのが一子の日常になった。
一子が来てから、荒れていた事務所もすっきり片付いている。
「おういイチ。アイスココア、プリーズ!」
「はいはい」
ココアを入れるのも早くなった。
市販のココアパウダーをグラスに入れて、少々の熱湯で粉を溶かす。それから牛乳を入れるのがカイバのお気に入りだった。もちろん氷も三つ入れる。
少し手間がかかるが、熱湯は一子のホットコーヒーの余りなのだからあまり気にはならない。
「はいどうぞ、カイバさん」
「おうありがと」
事務所は基本的に暇なことが多い。一週間に一人来ればいいほうだ。
依頼内容は大抵「浮気調査」か「ペットの捜索」。カイバは「どうせだったらすっごい謎が来てくれたらいいのに」なんてぼやいている。記憶喪失の一子のことをすっかり忘れて。
しかし、ドアは叩かれた。
若い女性がやってきたのだ。どでかいお菓子の袋を抱えて。
「ええと、それで貴女のご依頼は?」袋を見つめながらカイバが質問する。少しよだれが垂れている。
「このお菓子、うちのぬれ煎餅なんですけど。全然売れなくて売れなくて……どうにかなりませんかね?」
依頼人は都内から少し離れた米菓町というところのお菓子メーカーの社長で、都内でどうにか自社のお菓子を人気にさせたいらしく相談をしに来たのだ。
何故この女性はここに持ち込めばどうにかなるのではと考えたのだろうか。確かにカイバはお菓子が大好きであるが。
「以前知り合ったカナモリ院長さんからのお勧めでここに来ましたの」
なるほど~。
あの院長、ほんとしょーもない手の回し方しやがる。
カイバは震えた手を抑えつつ、質問を重ねる。
「ぬれ煎餅ですか。少し試食してもよろしいですか?」
怒りや疑問点はあったが、カイバはお菓子に釣られた。なぜならアホだから。
どうぞ、とそのぬれ煎餅が一つ手渡されるとカイバは一口かじる。
う~ん、しっとりでもちもち且つ香ばしいしょっぱさ~。味わい深い。でもカイバとしては甘い方が好み。あとどうせだったら厚いのも薄いのも欲しい。
それをそのまま、目の前の女性に伝えると。
「なるほどなるほど、我が社では出ない発想です。ちなみに探偵さんはどのようなお味がお好きで?」
「チョコレート、バニラにイチゴに抹茶」
「なるほどなるほど」
それから謎の会談が数時間ほど続き……納得した女性はお金を置いて去っていった。
「ふぅ~疲れたぜぇ~。一子ちゃんココアワンモアプリーズ!」
「ココアでいいんですか? お客さんが置いていったお煎餅と合う、お茶のほうがいいと思いますけど」
「おお! 機転が利くなお前さんは!」
褒められたことに笑みを浮かべて、一子は緑茶を入れた。
仕事の後の一杯はおいしい。カイバは一息ついた。
だけども、やっぱりこの仕事も退屈なものだった。
「あーあ、たまには面白い事件が起きてくれないかなぁ。いつも地味な仕事ばっかりだぜ」
「そうですか? 普通探偵なんて地味な仕事の繰り返しだと思いますけどね。派手な事件は大抵警察が解決するものですよ」
一子は記憶喪失だというのに、常識がなっていた。もしくは、カイバの常識がおかしすぎるのか。
「いやいやイチよ。俺ぁ昔、大事件を解決したことがあるんだぜ!」
「大事件?」
斯くしてカイバの自分語りが始まる。
―――
俺の両親はさすらいのトレジャーハンターだったんだ!
世界中から希少なお宝を掘り出しては国に売り、貰った大金をまたお宝を掘り出すのに使った、生粋のトレジャーハンターさ。
両親は様々な物を持ち帰っては小さいときの俺に見せてくれた。ほら、そこの本棚に置いてある人形。可愛いだろ? それは古代アステカ文明の遺品さ。子供を生け贄にする代わりにそれを使ってたんだ。
だけど、ある時両親が狙ってたお宝がヤバいブツだったらしく、カルト組織と抗争する羽目になってな。そのとき二人ともくたばっちまった。
だからガキの俺は親の知り合いだった院長んとこに引き取られたわけよ。
葬式のときは泣かなかったが、あの人の前だとダメだったなぁ……。
しかし、ここから事件が始まる!
カルトの連中、俺がお宝を持っているにちがいないと勘違いして襲いかかって来やがったんだ! その数50名!
が、俺は逃げに逃げ回った。あんときは俺ぁクラスで一番の駆け足だったからな、楽勝だったよ。
すると奴らはなぜか自滅し始めた。転んだり車に引かれたり、たまたま蓋が外れていたマンホールに落ちたり蜂の巣にぶつかって蜂に刺されまくったり。
そういうわけで俺は無傷で逃げ、カルト組織は追いかけるうちに傷つきまくり……警察に捕まった。
―――
「……それって、解決って言いますか?」
「え?」
「自滅であって、カイバさんが自力で捕まえたってわけではない、ですよね?」
「……いや、勝ちは勝ちよ。俺の勝ち逃げ!」
カイバは誇らしげな顔でココアを啜った。
「はあ、なるほど。それで、そのカルト組織ってどんな感じなんですか? 狙ってたお宝って?」
「あーと、確か、『忘却されし疑団』って名前だったかな。カルトっていうか、オカルトを信仰してて、UFOだとか宇宙人の情報を誰かが隠しているはずだって思いこんでるんだ。お宝もなんか、『宇宙人』と交信できるものとかなんとか」
「なんか、変な人たちですね」
「うん。変な奴らだった。でも侮るな、強い信念は真実をたぐり寄せることができるんだ。それが知りたかったものと違ったとしてもな」カイバは急に真面目な顔になる。
一子は困惑した。
「えっと、どういう意味ですか?」
「ははは、両親の受け売りさ!」カイバはまた急に人懐っこい顔を浮かべる。
知ろうとしたことが、果たして本当に自分にとって良いことであるかどうかは分からない。
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