第15話 二章⑤『神災移行』

 「もう、帰りたいよォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!」

 洸太朗は弱音を吐いていた。

 それは見事な弱音で見ている人たちもびっくりするほどだった。

 まず、

 試験開始するために受験者たちは全員、狩衣かりぎぬと呼ばれる衣装に着替えなければならなかった。

 

 そんな物持ってませんと洸太朗が言うと美穂は呆れた顔をしたが、一瞬で自分の上司クソッたれが言っていないことに気付き謝罪をしながらレンタルの狩衣を渡してくれた。

 これだけで周囲からはクスクスと笑われたり、素人がと蔑まれたりもした。

 しかもレンタル用の狩衣は瘴気を防ぐ為の装備で防御力もそこそこにある。

 おまけにこの狩衣は神災対策本部御用達の特注品で滅多に着れるものではない。

 ないのだが――――――――。

 身体にジャストフィットしていて全身タイツのように締め付けられる感覚がどうにも洸太朗には合わなかった。

 文句はない。

 文句はないのだがどうにも着心地は悪い。

 なので洸太朗は合否に関係なく次に神代に会った時絶対一発殴ると心に誓ったのだ。

 そして試験が開始されたのだが、場所は会場近くの町で行われた。

 数年前に神災が発生した町らしく今は人の住んでいないゴーストタウンと化した場所だそうだ。

 町には瘴気が充満しており普通の人ならば一時間もしないうちに全身が麻痺し死に至るほど濃い。

 洸太朗も一応は一般人なのだが、昔に育ての親ししょうが鍛えてくれたお陰で何とか動く事が出来ている。

 さて、ここで最初に戻るわけだが何故洸太朗が弱音を吐いていたかというと、

 『やっほー神代千賀かじろせんがでっす。今から五分後に人工禍神を三体放つからみんなで頑張って対処してねぇ。一応こっちで力加減はしてるけど普通に攻撃とか食らったら痛いから気を付けてねー』

 とどこか完全に他人事を言う神代オッサンの声が町全体に響いた。

 そして何故か五分も経たずに洸太朗の前にその人工禍神が地面から現れた。

 その禍神は蛇のような見た目で素早さも蛇並みにある。

 何か違いがあるとすれば体長が十メートルは余裕で超えているといった点だろうか。

 そんなこんなで現在に至るというわけだった。

 「クッソ!! あのオッサン俺に何か――――――――」

 洸太朗は立ち止まり拳を握り締める。

 「恨みでも、あンのかァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!」

 そう叫ぶと洸太朗は拳を大蛇の鼻っ柱に叩きつけた。

 声を上げる間を与えず、そのまま背後に周るとレンタル用の刀型の災禍狩具ギア・デヴァイスを首に奔らせた。

 そのまま大蛇の首は落ちしばらく痙攣を起こしたあとピクリとも動かなくなった。

 「はぁっはぁっはぁ――――――――ふぅ」

 息を整え心を落ち着かせるために残心を取っていると背後から手を叩く音が聞こえた。

 「アンタは…………えっと、山田!」

 「惜しい、病田やまいだだよ。見てたけどすごいね、キミ」

 中性的な顔をした病田凪がそこに立っていた。

 病田も色違いの狩衣を着ていた。

 「ってか見てたんなら助けろよ。必死で逃げてた俺が馬鹿みたいじゃねーか」

 そう言って洸太朗は大蛇から降り病田に詰め寄ろうとズカズカと近付いて行った。

 その時、――――――――

 

 「ダメだよ油断しちゃ。禍神は禍核コアを破壊しない限り復活しちゃうから」

 病田は微笑むと自分の手で銃のような形をした物をいじり始める。

 「あっこれ? これがボクの災禍狩具だよ」

 自慢げに自分の武器を紹介していたのだが洸太朗の耳には届いていない。

 「(なんだ、コイツ)」

 洸太朗は驚きを隠せなかった。

 確かに今のこの状況はかなり特殊だ。

 用意された神災、用意された禍神――――――――それら全てが用意されていると理解はしていても身体はすぐには動けない。

 実際、洸太朗も変に緊張していたのか最初は逃げてしまっていた。

 なのにこの病田は動じるどころか冷静に引き金を引いた。

 

 これが鎮守になる為に鍛えてきた者たちの姿なのかと洸太朗は少し怯んでいた。

 自分は成り行きでここいる。

 誰に強制されたわけでもなく、ただ神代に言われて記念受験的な感覚でいた事に気付いてしまった。

 「どうしたの?」

 気付けば病田が洸太朗の顔を覗き込んでいる。

 「いや、別に」


 ―――――何故戦ったんだい?


 そう神代に言われて自分はなんと答えたか。

 簡単に信念が揺らいでしまうほど自分の言葉は軽かったのか。

 そう考えているうちに自分がショックを受けている事に気付いた洸太朗は恥ずかしくなった。

 「俺って何してんだろうなって思っちまってな」

 「あはは、なにそれ」

 からからと笑う病田は「ん~」と軽く伸びをした。

 「そんなに気にしなくていいと思うよ。もちろん自分の為や家の為に鎮守になるって決めた人たちもいると思うけど…………まぁいっぱい悩みなよ、若人クン」

 いたずらっ子のように笑うと病田は鈍色の空を見上げる。

 「。いつ、どこで、どんな事が起こるか分からないものなんだ。だからキミの――――――――こーたろーの思うままにやっていいと思うよ」

 そんな風に言われ、洸太朗はしばらく考えた後自分の頬をパァン! と叩いた。

 「気合い入った。サンキューな、病田」

 「どういたしまして」

 その時、町のあちこちで爆発音や雄叫びなどが辺りに響き渡った。

 どうやらあちこちで戦闘が始まっているようだ。

 「さぁ、ボクたちも行こうか」

 病田が手を差しのべる。

 思わず洸太郎がその手を取ろうとした時、



 不意に、妙な違和感を覚える。



 「(何だ?)」

 その違和感は、


 ズズゥゥゥン!!


 大きな振動とともに霧散する。

 大地が割れ、鈍色の空は震える。

 そしてこの鎮守になるための試験会場で、



 第二次神災フェーズ2による神災領域が発生したと同時に、大地より岩色の禍神が出現したのだ。

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