第34話 王族の来訪



 この来訪は世界から見ても珍しい王族が自ら訪れる会合であった。

 勘のいい人間であるならば、王であってさえ簡単に扱えるものではない事が察知できた。そして、それはもうすでにスレイマンの手で王の元まで届き国策として懐柔する方針になっていた。

  しかも、この国ではこの城に武装して近づくと途中で消滅するという噂話が流れ、早めの通達がされるほど慎重に扱われた。

今や、国の収入源の一部となり、国力は上がり、人材が育つこの城。

 一つの城がそれをやっていること自体がそのままにして措けない事態ではあった。

 国王はさすがに動くことができず、代わりにこの国の軍務卿である公爵が来ることになった。


 訪れた公爵は武官らしい人格者であった。

 何度も戦いを切り抜けた戦士だったため、そういう面ではブラドと気が合っていたかもしれない。

 軽くビールを漁村の珍味、ハムやチーズと飲んでるうちにすっかり仲良くなった。

 ここへ来た目的はわかっている、ここが、脅威になりうるかどうかと、この砦が有事の際にどの程度の役割をするかという事だった。

 それにはと、大型の弩を3個を塀の上に出して、ドロイド4体に連続で並べた的を撃たせる。

 通常の矢弾よけの木の板など、簡単に粉砕し、後ろの丸太の的を粉々にした。

 こんなものが、塀の上に20個並んで、唯一の入り口は、死の入り口とも言われた罠になっている。

 どう攻めるにしても、死体の山を作ろうとも落とせまい。

 そして、ここにいる警備をしている戦士の全員が、誰もかなわないほど強い剣士揃いだ。

 実際に女性の一人に対し、見たこともない動きの武術を見せて、剣でも槍でも、何人でかかって挑んだところで全く敵わなかった。

 間違っても相手をしたくない軍隊がここにある。そこにいた者が皆そう思った。


 実際は、ドローンが上空にいるので、それ以前の話である。いくら投入しようが無駄足となるばかりか、すべて消滅するだろう。運よく助かろうなんて、夢のまた夢である。



 前に軍隊から派遣した隊の中には、あまりの力差に圧倒されて戻ってきた後、ここへ転職した変わり者もいる。

 理由は、剣士になりたい・・・とかなんとかほざいていたので、面白くて許可してみたが、なるほどと言えるほど強くなっていた。

 ブラドは、その男についてはそろそろ限界だから返すと言ってきたが、この男も何を言うのやら・・・。

 全く欲がない。

 もっと強い戦士を作りたいなら、更に訓練する兵士を受け入れるとまでいう。

 試しに希望する者だけで100人を城の外で駐屯させることにしたが、大丈夫だろうか?

 ブラドが言うには、一人一人が限界になるまで強くなるには1年はかかるというが、それでも異常なほどの速さだ。戦士が育つまでには、それこそ一生を掛けた訓練になるものなのに、一体、どんな訓練を施すのやら。


 それより、この城の戦士を一人貸してくれんだろうか?

 あれがいるだけで、全体の強さが倍になりそうなんだけどな。

 そう考えると、ここは化け物だな。


 一番の悩みは、王城に帰ったらどう報告したら良いのやら頭が痛いという事だ。

 先ずは、敵対意思は見えず、協力的ですらあるとはいえるが、脅威ではないとは言えない。

 これは良いだろう。敵対するようには見えない。ここの政策にも見て伺える。


 国の軍をはるかに凌ぐ軍団を従え、強固な砦を所有する・・・。

 私が危惧していたことは無い。他国に取り込まれたり・・・、も無いか。

 

後は、有事の際の軍の協力関係があるといいが・・・。


「公爵。そこで見てるだけなら、酒場へ行かんか?今なら熟成したこの地産の牛の肉があるんだ。新品種のビールの試飲もできるぞ。」


「俺は肉もいいが、あの燻製肉がいいな。あれはいい。どうやっているのか解らんが、冷たいビールは良かったよ。」

 と、酒場のある入り口付近へ行くために、城壁の門へ歩いてゆく。いつ見ても、この人を殺すために作られたとわかる恐ろしい門に、背中から冷たいものを感じる。


「どうやってるかは秘密だが、街の南で採れるホップと麦で作ってる。何処かいい原料があるなら教えてくれ。もっといいのを作るぞ。燻製肉は日持ちのするやつはここで扱ってるから、土産に用意しよう。」


「ありがたい。代わりと言っては何だが、この近くの漁村が貿易の港として開港出来たら、いい麦が入ってくることになってる。それをいくらか回すように言っとこう。寒い地方の物だから量は少ないがな。」


「なに。それは本当か。じゃあ、こちらも薬と茶を輸出するか?取引量は任せる。麦はいくらあってもいいから、どんどん買ってくれ。」


「薬?なぜ薬なんだ?こちらには革製品と鉄があるんだが。」


「鉄はいいが、あっちでは薬の発達がここよりもないと聞いているからな。おそらくだが、一度使わせれば、定期的に一定量の生産を見込めるぞ。革はちょっと待て、ここで作られる鉱石から作るなめし液が完成するまでな。それでボロ儲けさせてやる。」


「なっ!そうなのか。ここの薬か。それはしかし、薬師の組合が黙っていなさそうだが、奴らにとっても大きなチャンスでもあるな。」


「そうだろうな。それとは別だが、ここの薬も薬師共が作れんかな?草を発酵するだけのかんたんなやつでいいんだが。」


「できなくはないだろうがな。そんなに簡単なものなのか。」


「モノによるが、種菌と薬草をあったかい場所で腐らないようにするだけだ。」

 まだ昼間だが、ほぼ満員の酒場に入り、漁村出身の下働きの女に席の予約の確認をしながら待っている。

 少しして、案内されて座る。


「ここは貴族が飲みに来るような所ではないが、飯だけは負けないぞ。」

 ビールとあるもので、すぐにできるものと、燻製肉と腸詰、肉とチーズを頼んでおいた。


「うまっ。これだ。全部を土産にしたいな。」どぶつぶつ言っている。


「さっきの話だが、簡単に言うが、それはどこでもできるというモノではあるまい。」


「設備さえあればな。」


「簡単に言うなって。奥方だからできるやつだろソレ。」


「ん?奥方って誰のことだ?イーリスは違うぞ。娘みたいなものだからな。」

 公爵がそこを言ってくるとは思っていなかった。


「そうなのか。みんなそう思ってるぞ。王都ではお前たちを基にした恋愛小説が出回っているくらいだ。かみさんがどうなのかと聞いて来てくれって言ってたぞ。」


「勘弁してくれ。そういうのじゃないからな。イーリスは俺とは違う世界の女だ。」

 隠すようにビールを煽る。

「確かにそうかもな。ならうちの息子の嫁にどうだ?俺は貴族だし、自慢じゃないが、いい奴だぞ。」

 彼は良いように解釈したようだ。


「ははは。それもどうだろうな。」


「なんだ。ホントに彼女の事は、わからん事が多すぎる。村ではイーリス様って言われてるそうじゃないか。」


「まあな。ほっといたら、そうなってしまった。止めるべきだったかもしれん。もういいだろう、そうだ、うちの飯はうまいって言っただろう?それを食わしてやる。」

 と言って、厨房のカウンターへ向かって歩いてゆく。

 その様子に公爵はこの恐ろしい男にも人間味があるのだなと思ってちょっとおかしくなった。


「あはは。そうかー。イーリス様は娘かー。」と、声のする方を見ると、商人らしき姿の若い娘がいた。

 隣には、王都の商人の大店の主人がいるが、その娘だろうか?


 ブラドが戻ると直ぐに声を掛けてくる。

 娘の熱烈なアピールを受けていたが、ブラドは困った顔をしているだけで、全く興味を示さない様だ。

 まぁ、いつも隣にあんな美人がいるんだから、興味も薄れるというモノかもしれんが。


 それよりも、頼んだ料理を食べる方が活き活きとしてて、さらに娘にショックを与えている。

 確かに食事は見たことないような料理だし、どれもうまかった。

 来年からは、王都でもこの料理をここに学びに来る学生の一部の運営で作られるそうだ。

 それに伴って、各地から集められる産物が流行するであろう事が後で説明された。

 そう仕組みを作り上げる事が生産分野で発展に貢献することは知っているが、ここまで現実的な形でやれる奴は見たことがない。


 流石に諦めているようだが、商人の方は商売の方では諦めていない。

 ブラドはそれに一つ一つ丁寧に答えながら、後は部下に任せてあるからと、仕立ての良い使用人の服を着た女を呼ぶ。


 その女も美人だ。整った顔に皆が振り返って見ている。スレイマンの報告の女とは特徴が違うが、何人いるのだろう。

 貴族か王族くらいしか着ることのないような服を着て仕事に就く使用人など見たことがない。

 公爵家だとても、来客のある時の服でも、ここまで良い生地の服は用意できない。

 今更気が付いたが、先ほどの店の案内をした女の服。あれはなんだ?よく見ると、シャツは薄く、何の生地でできているかわからないが、きめは細かく丈夫そうだ。下働きの女が着るようなものではない。

 それに、使用人が持っているペンはインクを付けなくとも書けるようだし、羊皮紙ではなく、恐ろしく書きやすそうな滑らかな生地で整った紙だ。

これか、スレイマンの報告の紙は。


「この紙でしたら、この城の中にある店で見本を見て選んでいただければ、2か月ほどで製品が出来上がります。今は生産が追い付いておりませんが、注文から3か月でお届けできるかと思います。

 紙の色づけと必要な大きさのカットまではお受けしますので、ぜひご覧になってください。」

 と丁寧に案内してくる。


「ありがとう。後で見てみるよ。ところで、君はどこの出身かな?」


「よろしくお願いします。わたくしは孤児なのですが、ブラド様に育てていただきました。何分、幼い頃の話なので、申し訳ありませんが故郷はもうどこだか覚えておりません。では、ごゆっくりお寛ぎください。」

 と、商人と私に丁寧に挨拶して去っていく。


「おい、ブラド。びっくりだよ。めちゃくちゃいいのを拾ったな。それに、訓練はどうやってしたんだ。」


「ああ。彼女はすごいぞ。私より頭がいい。ここの者は皆そうだ。私なんかよりずっとな。」


 横を見ると、商人の娘がしょげている。

 ちょっと、可哀そうに思えてきた。娘が悪いわけではないが、あれは相手が悪い。


 それから、いろいろと出てきたが、最後に出てきた甘く冷たい物には驚いた。こんな辺境の食堂で出されるような物ではない。

 料理を作っている者を呼んでみると、今度は戦士かと思うような体格の良い、鋭いイメージの男が、手に飲み物を持って出てきた。


「今日はお前だったか、公爵が礼を言いたいそうだ。」


「今日の料理を担当しております。ハリスといいます。本日はご賞味いただき誠にありがとうございます。」


「ノルト・ハインツェルだ 全部うまかったよ。メインディッシュの料理は初めて食べる料理だったが、あれも王都で出すのか?」

「光栄に存じます。はい。あれと今日は用意がございませんでしたが、他にも数々のイーリス様が造りました料理が出されるようです。王都での開業の際は、ぜひご贔屓下さいます様お願いします。」

 と丁寧に礼をした後、茶を入れてよこす。

呼ばれて出てきたハリスという男は料理人というよりは、軍人といった雰囲気すらある鍛え抜かれた男だ。そして、この丁寧な口調は貴族か学者のようなしゃべり方をしている。間違っても平民のそれではない。

 続けて説明し出す。

「お口に合えばよろしいのですが、この城の外で採れた茶葉に森で採れるハーブをブレンドした物です。こちらのお菓子と召し上がって下さい。では、ごゆっくり。」

 と丁寧に礼をして去っていった。


「どうなってる。ここの者はみんなああなんだな。すこいというか、なんというか、あの女も料理するとかか。」


「あー。そーだな。全員な。」


「剣も握るか?」


「剣はイーリスが最強だな。」


「・・・。」

 公爵はゾッとした。


 ブラドはその様子を見て笑い出す。

「イーリスに掛かってみろ。絶望するぞ。だが、一番強いのは俺かフェイスな。」


「ええっ?なんだと?」


 奥の部屋で客にもふられてたフェイスが呼ばれたと思って出てくる。そして、公爵とブラドを交互に見てから横に座り込む。

 公爵は隣に座るフェイスと呼ばれた白くて美しい狼を見て、ポカンとしている。


 何を言ってるんだ?

 ああ、そうか。

 そういうことだな・・・親バカというやつか・・・。

 考えると頭が痛い。


 ブラドにとっては冗談ではない。イーリスもドロイドも機械である特性を生かして正確な動きができる。

 しかし、体術や武器の強力さでは敵わないが、フェイスや彼の能力はそれを上回る。ブラスターや対艦魚雷の破壊力は別として、機械では倒されないだろう。

 雷を起こして正確に当てられるフェイスか、雷でも死なないかもしれないブラドかが結局のところ一番強い。


 公爵の勘違いはやはりいい方向で助かった。




 公爵が大量の注文をして帰ったため、城では不休の作業が続く。

 休まないドロイドに倣って作業した下働きの者が倒れる事件が起きた。

 そこで、農民から下働きの人数を補填して作業を進める。未だに輸送や茶摘み家畜の世話など、細やかな作業の多い部分では人手は足りていない。

 いくらドロイドが24時間働いていても、暗闇で作業のできるドロイドでも、夜中に茶摘みはできない。

 怪しすぎるからな。


 相変わらず、私だけ趣味に没頭しているのが申し訳ないが、もうちょっとで、フライス盤が完成するのだ。

 フライス盤の機構はできた。一番に作り直すので、仮にではあるがネオジウムを使ったモーターもできた。

 後は、イーリスが加工の規格を決めるゲージ類の目盛りを刻んでゆくだけになった。

 ついでに同じような機械関連で、歯車を刻む機械とかも作っておく。

 手作業は懲りたからな。



 忙しくてなかなか手の回らないイーリスをドロイドが数人で手伝っている。

 それならと、警備のドロイドもこちらに回して、平準化して作業に加わる。

 その分、能力を使って警備を強化する。

このところの狩りで、森の害獣が平原に出てくることは無くなりつつあるが、少し奥に行けばいくらでもいるので、出てくる可能性が無いわけではない。しかし、脅威となるサイズのものは、出てくる前にドローンが知らせてくれるので心配はいらない。

 最近は森の入り口の木を切り倒し、バリケードや石垣を森沿いに建設している。

 出来る頃にはイーリスの開発した動物除けの薬品の作成も進んでいよう。人にはそれほどの刺激は無いのだが、獣の種類により効果の違う薬を作ってある。効く種類であった場合は、フェイスすらこの薬品の入った瓶を遠ざけようとするくらいだった。

 完成すれば街道がかなり安全になるだろう。



 それでもイレギュラーなやつが出なくはないから、万が一のために見張りは必要であり、ブラドは酒を飲みながら森を見つめる。


 ついこの前まで退屈な船での生活を思い出していた。

 船に乗っていたいた時には、退屈な時とそうでない時の差が激しかった。戦闘がなければ、ただ機械に任せて乗っているだけの日々が何年も続くこともある。


 この惑星に来て何かと忙しいが、満足している。イーリスとたった二人でこの惑星に来て、フェイスと出会い村や街、人々と楽しく飲んでしたいことをしてる。

しばらくは、このまま穏やかに生きて行けるだろう。

 それはいつまで続くのかわからないが、できる事なら、いつまでも続いていて欲しい。

そう、吸血鬼の仲間や他種族の来訪があるまでは。



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艦が沈没しました もも吉 @momokitisan

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