第21話 馬車の旅
また忙しく日課をやっている。
白く目の細かい、珪藻土のような粘土で、鉄分は少なく、白磁も作れるようだ。
粘土を寝かせる間、ここから村へ、村から街へ、町から漁村へ向かう準備をする。
村への商品を作るため、樹液から作る様々な品物や、注文のあったナイフを多めに、村の防衛にクロスボウとランチャーと専用の矢、装飾付きの馬具、約束の薬、薬草、糸と布、石鹸、干し肉、酒、つまみ、なめした革、塩、茶葉、香水、香木、鉄の素材、この世界にしてはちょっと贅沢な仕様のパン、ランプを主な商品にして持っていく。
自分用の新しい槍と剣も作ったので、ちょっと嬉しい。
これも贅沢な仕様にしてある。
槍は大きめで諸刃の20万層の炭素比率とモリブデンやクロムの割合の違う鉄を3層にして打ってある。
剣はこれも20万層の船の外殻を混ぜた炭素比率の違う鉄を5層にして打った。
仕上げの焼き入れも、紋が出るように粘土で被覆して焼いた。
あやしい光を放つ、鉄ではない色をした豪壮な大剣は、恐ろしい強度に仕上がり、切れ味も良かった。
イーリスが剣を見た時、ちょっと複雑そうな顔をした。
やっちまったな。
っていう顔してる。
つーっと寄ってきて、簡単に抜けないように、紐で括ってしまった。
なんでだよっ。
村へ
今回は村への道を開いたので、全て馬車での旅にする。
ビークルはステルスモードにし、見られては困る品々と共に、乾燥小屋の裏に隠した。
侵入者があったとしても、ドローンの射撃で蒸発するだけだが。
村へは2日かかった。
ゆっくり、のんびりと揺られながら、ビールを飲んで、森で見つけたタバコの葉で葉巻を作って吸う。
昔、サイボーグ馬を駆って荒れた母星を走るた旅が流行ったことがあった。
バトルドロイド並みのパワーの馬だったので、制御に免許が必要で、マニアックすぎる趣味をSNSで披露するドヤ顔は数多くあった。
披露したい・・・。
こんなローテクどころか、ノーテクの旅をしている自分が嬉しかった。
旅は順調!
と思いたかった。
村へ到着すると、やはりざわざわしている。
原因はわかっていたが、知らんぷりで衛士に軽い挨拶して、注文のナイフを選んでもらう。
老人が寄ってきて、何か言いたそうだ。
またおまえか。とでも言うつもりか?
ああそうだ。とも言えないが。
衛士へ挨拶していると、必ず尋問のような会話になるが、すぐに村の住人の助けが割って入る。
そこまで助けてもらわんでも大丈夫だと思うけどね。
「この村の西へ1日のとろこで、貴族の一行が何者かに全滅させられたのだが、何か異変を感じなかったか?」
そんな質問を全員から聞かれる。
わかってる。イーリスとわたし狙いの集団が、全滅の憂き目を辿り、その中に貴族が混ざっていたのだから。
だが、しらんなあ。
ボケる私に対して、老人はおろおろしている。
私より動揺していて笑える。
イーリスは衛士のしつこい質問に対し、さらっと看破し、衛士を閉口させつつ村を廻る。
馬車から離れる時、フェイスが荷台から出てきた。
衛士は突然現れた獣に、心臓が飛び出さんばかりに驚いていたが、キラキラの目でご機嫌な様子に警戒を解く。
すぐに村の人気者になっていくフェイス。特に子供たちは触りたがった。
不思議なやつだ。こんなに大きくとも誰も怖がらない。
老人もプルプルしながら触りたそうにしている。
フェイスを撫でて、何も害は無いと言うと、一斉に触る。
衛士までも触ってる。
ふさふさのさらさらでぷにぷに、どこまでもご機嫌なフェイスはもみくちゃにされながら村人に挨拶でもするように座り、じっとしている。
イーリスは、体調が悪く臥せりがちな女のところへ行き、手術を勧めている。
前に来た時は、手術を勧めたいが出来なかった事を話して、判断を本人にゆだねる。
そう、あの時は準備が出来ず、勧め様がなかった。
しかし、今なら確実ではないものの、イーリスの手術は成功するだろうと思う。
術後の回復も、消毒や抗生物質の生産もできる事から、それほど心配はない。
2日の滞在を決めて手術をすることになった。
急いで手術に取り掛かる。
一通りの準備をし、麻酔で眠らせる。さらに調合した麻酔をかける。
普通は動物など厳禁だが、無菌のフェイスは別ものだった。フェイスの不思議な力は、感染症を防ぐだろう。
消毒し、注射器で部分麻酔をして、消毒したチタンのナイフとメッツェンで切開してゆく。
一瞬で固まる液体手袋で被うと、術野の展開などに加わる。
背中からの手術のたため、肋骨を切って、開いておくための鉄の板を焼いて消毒し、曲げて固定してゆく。
煮た綺麗な布で血を取り、膵臓の手の届く位置まで血管などを避けながら切っては、体に取り込まれる糸で作った糸で縫う。
ひたすら手を動かすイーリスの手が止まり、珍しく悩む様子を見せたが、進んでいく。
病巣は膵管にもあり、別の角度からも切り始める。
パイプを焼いて、イーリスしか見えない光学レンズの顕微鏡を備えてある目で正確に病巣の周りだけ削り取る。
他を傷つけれないし、病巣に触れない状況らしく、切り離しに時間がかかる。
麻酔をかける量を調節して、また進める。
しかも、状態のコントロールはイーリスが全てやっている。こんな作業は高度なプロセッサを持つイーリスしかできない。
切っては縫い、最後は、完璧な縫合で傷を閉じた。
少しして目が覚めて、少し疲れた様子だが、顔色も悪くない。
眠ってもらって、明日にまた経過を見ようということになった。
このために薬品をたくさん揃えていたのか。
手術が終わって、何か解ったような気がした。
夜になっていた。
今夜は、ここに泊めてもらい、経過を観察し、私は見舞いの客を断る手伝いをする。
フェイスは、女の寝ている傍から心配そうにして見つめる。
いつもご機嫌だが、優しいやつなのだな。
フェイスをメシに誘うと猛スピードで下に降りていく。
ガツガツとものすごい量を食べたが、最初に材料を渡しててあったので、びっくりしながらも目を細めて見ていた。
私には感じる。不浄の者の魂は辺りから消え去り、横暴な人間に荒らされ、狂った大地の怒りは癒されるのが。
他の村人の家で投薬していたイーリスを、見回りの衛士が迎えに行って戻ってきた。
衛士は故郷の身内にも病人がいて、街で変な薬をつかまされて苦しんていると話す。この村での治療に奇跡を見たと思い、治療をして欲しいと言う。
街へ行った時に、機会を作って診てみようと約束する。
イーリスは相変わらずイーリス〝様〟扱いが止まらなかった。
イーリスの神話は止まらない気がする。
次の日、塩や布、石鹸の代わりに野菜を手に入れた。
茶葉はお土産として行った先で少しずつ配り、共に楽しんだ。
ハンターは、ナイフを欲しがっていたが、高価な物なので、代金の代わりに、何か用意して交換しようということになった。
村のまとめ役と話して、熊や狼の対策として、クロスボウを2個と弩を渡した。
使い方を教えると、早速、広場で講習会となった。
それほど難しいことは無い。
お披露目というか、打ってみたかったというか、そんなところだろう。
集まった男たちと、的を撃っては、入れ代わって打つ。
私が3連発を7秒で的の中心へ当ててみせると、競って早打ちの大会となる。
弩は一度だけ打った。ジャベリンのような大きな矢を打つ弩なので、一発で的が砕ける。
準備と片付けが大変なので、何度も遊びで打つものではないことは理解したようだ。
子供の娯楽と化した講習会は、用意したいくつかの的をバラバラにするまで続いた。
代金は、今度、それを使って防衛に成功し、得た物のの中から一部もらうことで成立させた。
そもそも趣味で作ったものだから、見せたいだけだったしな。
その間、立てかけておいた私の大剣を眺めていた男が、手に取って重さに驚いていた。
また元のように立てかけ、剣をじっと見つめて何かを想像し、ぶるっと身震いしていたのには笑ってしまった。
ある衛士は手合わせを願い出てきた。
この村での私は、そんなイメージなのだなと感じる。
剣を抜くわけにもいかず、木の棒でやるようにしてもらった。一応、手加減はするつもりだが、負けようとは思っていない。相手は175センチくらいで、体重は同じくらいだと思う。
2合、3合と様子見をして打ち合うと、衛士は必殺の突きから、返して切りつけてくる。
軽く流して崩してやる。
なかなか訓練されていて、強い方なのではないかと思う。
今度は、こちらから叩き込んでゆく。
両手でまっすぐ構えて、正面に突きを入れた後に2回切り込んで、今度は鋭く突いて切り込む。
圧倒的な力差で崩れ、もつれたところで切り込むと倒れた。
少し待って起き上がらせる。
そして、構え直して、今度は、切り込んでは隙をついて翻弄し、崩して倒す。
全く手が出ないのもいけないと思い、切り込ませては、流してやる。
こっちは7000年も戦士として生き抜いた百戦錬磨なのだ、完敗の衛士はがっくりしていたが、仕方ないと思う。
衛士はくたくただったのに、私は汗もかかないので、周りが少々引いている。
老人は何か言いたそうだったが自ら諦めたようで黙ったままだ。
そんなことなら、イーリスの剣を見たらドン引きだぞ。
打ち合わずに転がされ、剣と剣が触れた瞬間には、相手の剣が宙を舞う図が目に浮かぶ。
圧倒的に強く重い大剣、刃先の長い狂暴そうな鋼の槍に、村にクロスボウをもたらし、熊を瞬殺した話。
圧倒的な部分ばかりで、村の人たちはどこかの名のある剣士に違いないと噂していたものが、軍神と入れ替わりつつあった。
何処までも目立つ1人と1体と1匹だった。
村から街へ
手術を受けた女は回復が早く、早くも起き上がって食事をし、よちよちと歩けるまで元気になりつつある。
まだ傷は塞がってはいないが、痛みは感じないらしい。
フェイスのもふもふも役に立っている。何だかこっちまで嬉しい。
石鹸に抗生物質、包帯に痛み止めを渡して、使い方と何日になにをするか木の板に書いて渡す。
必ずやったことをチェックして、忘れないようにするよう念を押す。
他の病人たちがかなりの回復を見せて、村の入り口で見送りに来ていた。
衛士もいたが微妙な顔している。参考に、戦い方や練習の方法を教えたので、やってくれると嬉しいな。
子供たちがフェイスをもふりながら別れを惜しんでいる。
村のまとめ役が酒を持たせてくれた。この地方で採れる糖度の高い果物で作ったものらしい。
旨そうだ。
確実に村が元気になっている。
1人と1体と1匹はそれほど影響力があるのだろう事は、誰が見ても解る。
もし何かあれば頼りになるやつがいる。それだけでも十分なバックボーンになり、進んでゆく力となる。
村は、それを自覚し始めた頃なのかもしれない。
街への街道は平和だった。
のどかに鳥が舞い麦が実り、ブドウ畑が広がって、実りの豊かな土地である。
街が見えてくると、一層、畑の実りや行き来する人々が増えてくる。
馬車にいっぱいの作物を乗せた農民が街へ向かう光景は、街の繁栄を思わせる。
街の入り口で、入街税を少し多めに払って入る。
初めての場合はそうした方が良いと衛士に聞いていたからだ。
下品な笑いを横目に通って、街の入り口に近いところに馬車を預けられる宿があると聞き、何日か分を払って部屋をとる。
部屋は1つだけで良いかと聞かれたが、2部屋とる。フェイスのベッドも欲しかったからだ。
荷物を取り出し、部屋に鍵をかけ街に出る。
市場は賑わい、多くの人が行き交う喧騒の中、出店の並ぶ通りを見て回る。
フェイスは残念がっていたが、屋台で肉を爆買いして、あっという間に路銀を使い果たしそうだ。
いよいよ困ったら出てしまえばいいだけだが、ある程度残しておかねば。
市場を抜けた雑貨屋へ入り、持ってきた茶葉、香木、香水、革製品、ランプなどを買い取ってもらう。
多少いい値で買ってもらったので、皮革の脂と錆止めのサンプルを使ってみてもらうよう渡した。
その金で種物屋へ行き、野菜の種を買う。
畑がしたい。
そして、漁村へ向かうための品物を買いつけるために、酒場で農家を紹介してもらった。
そして馬車へ売れ残った品物を乗せると、また街へふらふらと見て回る。
宿から市場の反対方向を、街の壁沿いに進んでいくとスラムがあり、貧富の差がどのくらいあるかわかった。
どうしてもそういう場所はできてしまうだろうが、改善しようと改革する良い領主であることは想像がつく。
だが、一部で腐敗した部分もあり、この間の盗賊の殲滅の時にいた貴族のような輩もいるらしい。
中心にある城の城壁辺りには商人の家や、貴族の家がある。
裕福な部類ではあるが、富を象徴するような大きな家はない。
城壁に飽きて、裏側の少し外れたところで、見覚えのあるエンブレムを見つけた。
この間の腐れ貴族の馬車のエンブレムだ。
ここがそうか。
瞬殺した盗賊も貴族にもなんの感情も湧かないが、家の者はどうなのか気になる。
能力を使い、中を探る。
聞こえてきたのは、クソな会話ばかりだった。
奴隷を奪われ、雇った傭兵が金を持ったまま消え、遠征に出す金の事で、どうやって民から絞りとるかという話が主だった。
そういえば、胸糞悪かった貴族の持ち物の中に、金貨と宝石が入っていて、焦げてボロボロの箱があったな。
あれか。
その挙句、イーリスを捕らえて金儲けの道具にするか、売り払って即金にするかと言っている。
おそらくは3人、身分の低い者が一人、身分の高い者が2人のようだ。
昔あったドラマの悪役のように、高い身分の2人と商人が悪巧みをしている図が想像つく。
「おぬしも悪よのう。ぐふふふふ。」なんのドラマだったっけ?
小屋の隅に埋めてきたが、今度来た時に爆買い屋台巡りするか。
スラムで金貨をバラ撒いてもいいな。ドラマの主人公みたいにかっこよくね!
どうやらイーリスも近い事を思ったらしく、親指を立てて同意してくる。
そして、真顔で「ふふふっ。」
こわっ
一旦宿に戻り食事にする。
私は食べなくても良いのだが、うちの食いしん坊にはたくさん食べさせたい。気になるのはフェイスの食事くらいだった。
果物と屋台の食べ物、干し肉と野菜を与えると、何もかも関係なく胃に収め、大量に食べて寝転がる。
その姿がかわいくて、イーリスもメロメロだった。
今度は木箱で果物を買うのもいいかもしれない。
宿を出てからは、闇に紛れて色々見て回り、標的の追跡と情報収集をしていく。
酒場では、貴族の家で聞いた、3人の会話で出た名前から、場所をそれぞれ確認できた。
そういった類の募兵や噂話、イーリスの話、剣士の話、消えた貴族の金の話まで出てきた。
商人の家では、貴族への愚痴と金の損失と儲け話。武器の調達を兵士のような人物と会話している。
その貴族のいる場所へ行ってみると、宿は寝るだけのような質素な造りで、腐れ貴族とは根本が違っているのがわかる。
頻繁に兵士の出入りする彼の宿も、兵士との会話も、ちょっと想像していた堕落している姿は見当たらない。
これだけでは始末する材料としては不十分というか、わからなくなってきたな。
奴の行動を監視するうちに、ある仮説が成り立ってくる。
国や領主のスパイ。そう考えると合点がいく気がしてきた。
不正の証拠として収集してきた情報の報告が続く、潰す気満々の会話に何だかワクワクしてきた。
「よしっ。裏を取るぞっ。」って言わないの?
どうするかな。
明日も調べてみるか。
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