第12話 資源と共に
資源と共に
戻る頃には陽が落ちる前となるだろう。今夜も肉は熊だろうか、ワニだろうか。
それとも何か違うものか?
初期ロジックのインストールは2300年前の事ではあるので、どう行動するか予測できない部分が多い。
複雑なニューロンの獲得とロジックを学習し、行動を確実に予測できることが出来なくなった私には、それが楽しみでもあるので、好きにさせる事にしている。
彼女は、その部分でも一種の娯楽として、最高の従者の役割を果たしていると思う。
村を避けて大きく迂回し、森の中を走破する。
一度燃料を補給すれば100年は持つ重水素電池をセットされている為、この程度の効率の悪さは関係ない。
途中、遠くに鹿がいたのでついでに狩っておく。血を抜く作業を短縮するため、息のあるうちに幻惑をかけ、首と後ろ足の付け根を切ってビークルに括り付けておいた。
苦しまず、眠るように息を引き取るのを後ろで感じながら走り続ける。
ポッドに到着すると陽は落ちかけていた。
焚火が焚かれ、食事の用意がされようとしている。
テーブルの横で、フェイスが見慣れない猪に似た動物の、焼いたと思われる頭部を食らっている。
私が狩ったものではない。フェイスの獲物なのだろうか。
イーリスが食器の用意を始める為、テーブルにサラダなどの副菜と共にパンを持ってくる。
「今日はフェイスに獲物を運んでもらったのです。この子は賢いですね。」
と言い、撫でてやる。
よく見ると、頭部の側面に弾痕がある。
「おー。珍しいな。イーリスが狩をするなどとは。しかし、何年ぶりだろうね。」
「武器のテストもまだまだですので、使用した場合はマスターも平準化をお願いします。」
「後でやるよ。とりあえずブラスター小銃はレベル2で20連射、動作OKだ。」
「レベル2。テストの基準に満たしません。」
「そうだな。むしろ、テストの必要が無ければいいんだがな。」
「・・・。では、起動確認と照準システム重心のテストを先に終わらせることにします。」
「威力のテストは使う時でいいよ。どうせ、高出力での使用は避けなければならんし。」
「代わりに、マスターが高出力でお願いすることがあるのですが、いいでしょうか?」
「うぐっ。バトルドロイドを降下させとけばよかった。」
「この惑星にバトルドロイドは必要あるようには思えません。」
「だよなー。目立つからな。ステルスモードだと電池の消耗もするしな。」
「リアクターのテストは進んでるか?」
「一部しか進行できていません。起動の確認と重水素電池とストロンチウム電池、炭化プルトニウム電池は予備を作れていますが、他のものは途中です。」
「今はアセチレン燃料電池と重水素電池があれば十分だ。」
「ここの生活様式を調べて、常圧で安定できる炭化水素燃料も精製しなければいかんかもな。」
「ここから50キロのところにプルトニウム鉱床があったろ。補給しとくか。」
ドローンからの航空写真から得ている方角を指差しながら言う。
「現在は必要ありませんが、上空からの火力支援が必要な場合、後の維持に補給が必要になります。」
「不安材料は多数ありますが、リスクを考慮するのでしたら、先に容姿や言語習得、財貨の獲得が優先ですね。」
「それはもう対処してある。」
「それは失礼をいたしました。」
証拠を見せてやる。
金髪に琥珀の瞳。吸血鬼の特徴である歯並びから、綺麗に並んだ歯にした。
噛みつくために発達した面長の顔から、華奢だが先が四角い顎。
頬は肉が付き、首は細く短い。
血色の悪い肌の色を明るい色に替える。
吸血鬼は少し猫背気味なのだが、まっすぐ伸ばした。
背丈は元が210センチだから、195センチと少し低くなったな。
全体的に華奢だ。
服はホログラムで全身にまとわせた。
装備も粗方一式。
戦闘時前後の記録映像と容姿を比べて微調整してみる。
途中でフェイスが記録映像のホログラムを不思議がり、飛びついたりパンチしている。
いいからもふらせろ。
破壊力ありすぎるだろ。
イーリスもフェイスの様子を見ながら溶けている。
食事の用意が出来て、テーブルに呼ばれる。
船の味気の無い食事から一転、ここへ降り立ってから、ワイルドだが彩りがある食事に変わった。
元来、吸血鬼という生き物は、必ず食物を消化して栄養を採る必要性がない。
それは生物としての本性なので、噛み砕いて食べるという事が、吸血するよりも面倒になる事さえあるものなのだ。
私の場合は、長く生き過ぎて、全てのことに飽きた。
退屈な毎日を、他の生物のように、様々な事を感じて刺激を得る事で対抗しようとしている。
その様な仲間は少なくない。
退屈な毎日に絶望して、自ら血を抜いて棺に入り、時が来るまで眠りに就く者ものいた。
退屈でなければ良いだけのことではあるが、生きる本能が選択肢をそちらへと向かわせるという文献も読んだことはある。
イーリスはそのことについても対処する必要なドロイドでもある。
前回に続き熊の肉ではあるが、この惑星の物をふんだんに使った食事が用意されている。
今回は、その辺に生えたワイルドな草や芋のシチューを作ってあった。
ベースはブラウンで、特に変わったところがないかと思われたが、ワイルドな草の香りがおもしろい。
もう一皿もらおう。
「論理プロセッサを2秒もこの料理に回した甲斐がありました。」
毎秒30Pプロセスを2秒も。図書館を何万周分もしても足りないほどの数のレシピを作り直すシュミレーションをしていたのか。
ワイルドでありながら複雑な味なのはそういった事なのか。
うん。2秒がすごい。いろんな意味で。
どうやらフェイスには刺激が過ぎるようで、ブイヨンらしき綺麗なスープで煮込んだ肉であるようだ。
あれも食べたいかも。
代わりに、ブイヨンで煮込んだ野菜の根が出てきた。
これも変わった野菜だが甘くてよい。
少し塩が強めであれば、ビールも合いそうだ。
パンとサラダとお代わりのスープが出てきた。
パンは野生の麦を採取できたらしい。
病原菌の痕跡もない事から、保存用も確保したらしい。
今回は生の麦のパンにしたらしい。ここで採取した酵母菌と合わせて作られたものである。
全て採取したばかりである為、洗練されていなくておいしくは無いが、これはこれで一度は食べといて良かったと思える。
うん。良い酵母は探してみる価値がある。
「やはりマスターも気になりますか。ですよねー。」
メインはやはり熊だった。しかし、しっかり下ごしらえが出来た肉になっていて、うまみが増し甘い肉になっていた。
スパイスが効いていて、ワイルドな草とパンと肉汁が満足感を与えてくれる。
横でフェイスが皿にガフガフ言ってる。
最後に果実酒で風味付けされた、この惑星の果物のコンポートが出てきた。
酸味と渋みが強いが、コンポートにしてあるので、良い味をしていた。
ワインも合いそうだ。
機材を拡げて稼働状態を維持していることから、イーリスは情報収集しているのだろう。
その過程で、料理の結果に繋げる作業を優先したのかもしれない。
中断していた築炉も再開し始める。
燃料になる物が無いため、水素や炭素から燃料を精製しても良い。
この先で必要になるであろうことを考えると、化石燃料を手に入れたいところである。
鉄の道具が普及しているのだから、何かあるだろうが、近くの村での入手はできないかもしれない。
出来れば石炭程度くらいまでは欲しいものだ。
無い物は仕方ないので、暫くはリアクターを使っておこう。
この世界では、完全にオーバーテクノロジーではあるが。
これから溶かそうとしているポッドの外殻は、まさにそういった金属の合金である。
これを少しばかり塊で持って行けば、並の刃物であればしばらく困らない。
炉が5基出来上がる頃には、最初の炉の温度が800度に達し始めていた。
今度は調節しながら温度を上げてゆき、瓦礫を溶かし始める。
温度は2500度。瓦礫はアフターバーナーの下へ落ちて固まる。
溶けない金属は少ないはず。
リアクターのエネルギーで溶かしていけば、サバイバルキットの小さい黒鉛の炉でもそれほど時間はかからないだろう。
鋳型は外壁のシールドをはめ込む窪みをそのまま使う。
幅10センチ長さ30センチ程の塊になるが、たくさんあるので、作業は早いだろう。
湖にリアクターや電磁分離機などのプラントを持って行き、セルを交換するイーリスがセットしながら無線で連絡してくる。
「空のセルを持ってきていて助かりましたね。しばらくどころか、充填の必要がなくなりそうですよ。」
「まあ。ポッド脱出時のマニュアル通りにしただけなんだけどね。」
「水の充填と排水に大変ですけど、計算より早く済みそうです。」
「ん?なにかあったのか?」
「この湖、重水素の割合がすごく多いです。おかげで、中性子を取り出す時間が早くて、冷却に大変なくらいですので。」
トリチウムが出来る時に発する独特なリアクターの音が聞こえる。
「悪いな。こちらは湯を取り出してるところだから手が離せない。」
「いいえ。間に合ってますので、そちらにいてくださって良いです。
ですが・・・
フェイスがワニを泳いで捕獲しています。ありえません。
むしろそちらを見ていただきたいくらいです。」
「あはは。確かにそれは見物だ。映像を後で見せてもらおう。」
水中の捕食者を水の中で食う?確かに・・・
想像できないがおもしろい。
この作業が終わったら、湖で少し休んでも良いな。
ワニは捕ったが、魚も食べたいしな。
最初の炉は湯をすべて抜き取った。およそ250キロ程度だったが、意外と進まないものだ。なので、一度組み上げた炉は、少しばかり瓦礫を後足しして進めるようにした。
初めの炉を冷やしてから解体し、再び炉を組む。
これを繰り返せば、2日で終わるだろう。
後は、タングステンやステンレスなどの少量の物だけとなるので、黒鉛の炉で溶かせばすぐだろう。
今のうちに黒鉛のるつぼ用の囲いも作っておこう。
2基目の湯だまりの中は溢れんばかりの量であろう。かなり瓦礫を足したからな。
湯口のすぐ下に湯が流れる樋を構えて、直接に鋳型に流れ込むようにしてある。
湯口を壊すと、ちょろちょろと流れ出す湯を鋳型に流し込んでゆく。
肌を焼くような熱風が顔にかかるが、構わずに続ける。
用意した鋳型が全部埋まる前に終わってよかった。
スラグを捨てて最後の型を綺麗に均して小さい塊が出来る。
これはこれで持っていくための地金にちょうどいい。
3基目の湯を取り出していた時に、火力を最大にしたブラスター小銃の銃声が鳴る。
おそらくはイーリスの自衛のための物だろう。
無線で確認を取ると、
「おいしそうなお肉が手に入りそうです。」
とだけ返してきた。
何だかわからないが、そういう事だろうとは想像がつくので、何も問題はない。
湯を取り出しては炉を組み、リアクターを起動する。ひたすら繰り返す。
6基目からは少し大きめの炉になった。
8基目で終わるだろうから何も必要性は無いのだが、大きい炉でも強度や工程に問題が生じないという気がしたので作ってみたくなった。
炉の冷却の間にその熱でイーリスがパンを焼いていた。
それを見て、湖の岸にあった砂と粘土を焼いた砂で鋳型を作り、オープンを作った。
宇宙船の外殻で作った鋳造オーブン・・・
贅沢すぎる。
いくつかのパーツで構成するため、石綿か銅で隙間を埋める必要があるが、完成すれば間違いなく宇宙一くらいの値が付くだろう。
この世界では真面目に言っても、神の域だろう。
こんなもの作るバカは私くらいだと、イーリスに言われそうだ。
ついでにフライパンや調理台の五徳、薬研、何種類ものナイフ、剣、斧、金槌、アンビル、ペンチ、鍋・・・ext
様々なものをたくさん作る。
高品質すぎるが普通の鉄が無いので、仕方ないということで。
電池づくりに忙しかったイーリスも戻ってきて、いろいろ作りすぎだとか言っていたが、手伝ってくれて早く終わる。
流石にやり過ぎたかもしれないな。
後で鉄鉱石の採掘を進言されてしまった。
原始的だが、足で踏んで回る砥石も機械は鋳物で作った。
砥石になる石と木の板があれば、鋳物のバリを取ったり、刃物の研磨もできるのだが、
合間で固そうな木を切り倒して、乾燥できるように、2メートルくらいで切って割っておいた。
ちゃんとした木材は村で手に入れた方が簡単そうだが、そのうち道具は自分で作りたい。
ついでに、採取したものを干す支柱や竿も、手ごろな木を切って作っておく。
早速、イーリスがハーブや薬効のある植物を大量に干している。
大変そうだが獣の皮を朽ちかけの葉っぱを入れた穴に水を入れて鞣していた。大量過ぎて、どうするんだろうと思っていたが、交易品として持って行くつもりらしい。
最初は獣の肉と革製品。そのうち、ハーブや薬草から製薬して、利益率の高いものを売るつもりでいるようだ。
私はひたすら趣味に没頭してていいのかと申し訳なく思う。
流石に大変そうなので、なめし作業は手伝った。
炉の建設と解体、インゴット作成はそうやっているうちに終わるだろう。
深夜に、イーリスの獲物の巨大ワニの肉が、炉の熱で焼いたパンにサンドされて出てきた。
なんとも、労働の大切さとありがたさのわかる食事なのかと、少し大げさに、心の中でつぶやきながら食べる。
椅子に座ってビールと食べてもいいくらいなのにな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます