第10話 誕生

 ふと、ある事が気になる・・・


 テントのすぐ外で獣が試練の時を迎えるようだ。

 テントを出て様子を見てみると、獣は苦しんではいないが興奮状態にある。

 眼は赤く光り、明らかに眷属へ変化しているとわかる眼光を放ち始めている。


 よくある試練の様子では、苦しんで憎悪を撒き散らして、憎悪の塊のような眷属が出来上がることが多い。

 それは、無理やり眷属へと替えられた憎しみと、力を無理やりつけようとするが為の痛みから、恨みが凝り固まるからだろう。

 それらの苦痛を抑える方法が無いわけでもない。

眷属としての役割を果たす事がない個体へ変化する場合がある為、使わない事が多いだろう。


 苦しんでいるようでも無いので、熊の肉を与えると、丸ご1頭食べてしまいそうな勢いで食べ始める。

 骨ももろとも食べてしまったのだから、今は消費が激しいのだろう。

 直ぐに捨てる予定の肉は無くなってしまった。


「足りなかったか。狩に行ってくるよ。」


 ドロイドにロープを用意してもらう間に、コンポジットボウを用意する。

 弦を張り、照準器を付ける。矢じりを狩用にロープがつけられるものに変更した。



「すぐに戻る。」

「はい。お気をつけて。」


 湖へまっすぐ走りだす。夜行性の肉食動物が、たくさん水辺の辺りをゆっくり移動しているのが手に取るようにわかる。

 大型なので2つも狩れば足りるだろう。


 狙いは水生の肉食動物。走りを止めてゆっくりと近づく。

 足音を立てず寄っていき、射程距離に入ると弓を引く。

 矢を離すと弧を描いて飛び、獲物の首の辺りへ、堅い皮膚を破って深く刺さった。刺さった矢じりには大きな返しが付いていて、暴れても抜けることは無いだろう。

 そして、暴れる獲物を強引に手繰り寄せていく。


 逃すものか。

 能力も使い、弱らせると強引に陸に揚げて締める。首の血管を切り、血を抜いておく。

 重さは200キロを超えるが、能力を使い木にぶら下げると、次の獲物を狩るために移動する。

 次の獲物もすぐに捕獲して、締めてから、今度はぶら下げた格好のまま、能力を使い2匹とも引きずって持ち帰る。



「ちょっと、やり過ぎじゃありませんか?」


 ドロイドは、用意した道具では物足りない事を知るとレーザーナイフを取り出す。

「うーん。尻尾と頭は落としてもらえません?長いワニ革のベルトを作ることはできなくなりますけどね。」


「そんなに太ってないから、大丈夫。」

 と言いながら、ソードを取ってくると、一瞬で胴から頭と尻尾、手足を切り落とす。


「お見事です。あとはお任せください。」


「少しだけ俺の分も残しておいて。あとで焼いて食べるから。」


「わかりました。私ももう少し一緒にお酒をいただきます。」

 素早く皮を剥ぎ取り、内臓や骨を抜いていく。作業は効率よく無駄のない動きで、綺麗に処理されていく。


 早速、与えてみると、与えるだけ食べるようだ。

 吸血鬼化の試練の時と同じように、体の変化が訪れようとしている。大量の血肉と共にエネルギーを必要としている為、この程度の肉では全く足りないだろう。

 変化の途中で足りていなければ、それを補うだけのものをどこかからか持ってこなければならず、飢餓状態になる。今のうちに十分な量の血肉を付け、準備をして措けば飢えることは無いのだが。


 能力を使って詳しい状態を調べてみるが、驚いたことに、大量の地のエネルギーを自ら吸収し始めている。

 これは、私の血が自然とやっている事と同じように、この獣でも起こっているようである。

 この量を蓄え続ける事を考えると、変化の完了するまでには膨大な量となり、それに伴って体の変化も大きくなる。

 それがこの獣の大きさを大きくする方へ変化した場合、足りなくなり飢餓を感じるかもしれなかった。


 まだ時間があるようなので追加で狩をしておく。

 途中、邪魔な木々を薙いで、行き来しやすくして措いた。


 獲物を引きずって戻ると、獣はさらに大量の地のエネルギーが流入しているのがわかる。変化前の矮小な生物から、禍々しい化け物へと変化させるべく準備が整いつつあるようだ。

 私は狩ってきた獲物の尻尾を切り、肉をそいで寄こしてやると、かみ砕いて飲み込む。

 そろそろ十分な量のはずだが、欲するだけ与えてやるとしよう。


 やがて体の変化が始まった。

 十分な補給ができたとはいえ、変化には苦痛が無いわけではない。

 痛みに耐えるようにうずくまり、震えながら耐える様は痛ましいものだ。

 始まるとすぐに、ドロイドが医療キットの麻酔薬を投与してやる。

 そして、膨大なエネルギーの奔流が始まると、獣は苦しそうにしたが、さらに投与した麻酔で神経を一時的に麻痺させて楽にしてやった。

 投与量が難しいが、無いよりは良いだろう。

 変化に影響はあまり無いとされる物質のみで作ってあるので心配ない。



 全くではないが、通常よりも苦しむ様子がない。

 しかし、明らかな変化を見せる獣は、全身を覆う灰色の体毛は、長く伸びて白く変化した。

 最も変化があったのは、その全身の大きさである。質量そのものは変化ないようだが、小さくなっている。

 どうやら変化の過程で、この獣の遺伝子は小さくなる事を選んだようだ。

 あれだけ喰ってたのに2割ほど小さくなった。逆に内包するエネルギーは膨大になっていき続けている。

 元々、素晴らしい生命力を持った生き物であったが、例えるなら、小石から家ほどの変化だろう。


 この例は見たことがある。

 最高の眷属であるワーウルフが軍を興して謀反を起こしたことがあった。

 その中で最も強力な個体を捕獲し、強制的に奴隷化させた時だった。

 強制的なエネルギーの注入と吸血鬼の奴隷化術式により、敵対する種族に対する強力な兵器として生まれ変わらせるつもりであった。

 強力で巨大であった個体だったが、見た目に関しては逆に小さくなり、見た目が幼くなった。

 膨大なエネルギーとパワーを秘めたままである為、兵器としては十分であることが確認され、戦争へ投入され死んでいった。

 強靭な個体へと昇華する個体はある一定数いるのかもしれない。


 膨大なエネルギーを小さな体へ封じるが、無理な負荷があるようには見えない。

 穏やか過ぎると言っていいくらいではあるが、劇的な変化を見せ続けている。

 未だ怒りも憎悪も感じられず、むしろ従順な姿勢を見せているので、このまま奴隷化術式を使用せず終わらせれるだろう。


 何事も無ければ、じきに終わり、新たな生物の完成となる。

 そして、この個体に関して言えば、旧世界でいう厄災ともいえる存在になっている事だろう。

 終わった後でなければ分からない事だが、敵意が無い事を願おうか。


 獣自身が気か付いているかどうかわからないが、変化している中で、生物として一度死んでいる。

 エネルギーの奔流の中で、私の血と大地のエネルギーによって一度は滅ぼされている。

 殺されて変化を受け、再度構築されている様子が私には見えていた。

 自分から噛みついた事により起こったこととはいえ、化け物へとなってしまったのは、私の血が原因ではある




 静かに変化が終わる。

 苦しそうだった獣も、落ち着いてこちらを私とドロイドを交互に見つめている。

 私は近くへ寄っていき、撫でてやる。

 ドロイドも来て「良かった。大丈夫そうですね。」と安堵したように言う。

 ドロイドには、一泊だけ心臓止まったようにしか見えず、一度死んだ事には気が付いていないはずだ。

 獣は何か考えている様子で、困ったような表情をしていたが

「何だか気持ちのいい朝のようだよ。」と言葉を発した。


 驚いた。もうしゃべれるのか。

 ドロイドと顔を見合わせてしまった。



「そうか。お前は生まれ変わったのだ。お前の生まれたここが違って見えるだろう?」


「うん。そうなんだ。こんなだったったかなと思たんだ。

 それに何もかも初めての事でいっぱいなんだ。」


「そうだよな。それもいつかは解るようになるだろう。そして、お前に住みやすい場所であるといいな。」


「きっと大丈夫。こんなに綺麗な子なんだもの。」


「私はヴラドだ。遠い惑星の子として生まれ、長い旅をしてきた。」


「私はイーリス。マスター・ヴラドが育ててくれたの。」


「わたしは・・・」

 獣は一瞬寂しそうにする。


「そうだな。何がいいかな・・・ ぽち・・コロ・・・うーん・・・」


「んんんっ。ちょっと待って。それなら、昔話の獣の王の名前からとってはどうでしょう?」

 ドロイドが止めに入る。


「冗談だよ。」

 なるほど。そういえば美しい獣の王が登場する本があったっけかな。おそらくはそのことだろう。

 フェイス。

 怒りで世界を滅ぼしかけた厄災、美しく輝く長い毛を持つ神のつかいでもあったな。

「お前の名前はフェイス。フェンリルのフェイスと名乗るがいい。」


 キラキラと目を輝かせながら尾を振り新しい名前を確かめるようにした後

「ありがとう。マスター・ヴラド。イーリス。」


「よろしくね。フェイス。」


 世界にとって私たちは異物。

 吸血鬼の本能というべきものからだが、世界がざわついているのを感じる。

 新しい厄災の誕生を歓迎する宴のようであり、畏怖しひれ伏す者達の叫びにも聞こえる。

 また、聖者の誕生の鐘の音色のようでもあった。



 一人と一体と一匹が焚火に照らされて揺れる。

 不思議な夜だ。

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