05#交渉と書いて脅迫と読む
サイレンの音が工場群に近づいていた。
消防車に救急車、警察車両はそれらの数倍か。
なにか大きな事件でも起きたのか、と思いながらイノリは走っていた。
「あ、クロート!」
「
喜びの再会も
サイレンが遠ざかっていき、工場や倉庫街からも
夕焼けが
ネオンの看板が派手な場所は、今から始業時間と言わんばかりに客引きが始まっていた。
焼き鳥の
支柱に寄りかかったクロートはベニヤ板のように
「
「それよりクロート、
頭から流れた血は赤茶色になって
だが右
「折れたからね。まあ
「じゃあ魔術を」
「いいや。まずは君だ」
「
「え、えーと……色々?」
「まずは横に
左手で自分の
おとなしく従ったイノリは、頭上に移動したビー玉から射出された光に
小さなスポットライトに当たった気分で、注目されているような
「
「ああ、そう!
「……君ねぇ」
なによりイノリの治癒に使う魔力が、予想以上に減らない。
実際は五メートル強の筋肉お化けになったのだが、イノリはそれを語らない。
「なあ、十六号は?」
頭の中に残る
クロートに任せて、結果を知る前に工事中のビルへ
「
「あー、うん」
歯切れ悪く返事する。
半ば事故のような形で壊してしまったのだが、そのおかげで十六号を苦しめていたものが消えたらしい。
けれど左手と右手の女性を思うと、
「あとは生命
「そういえばなんで逃げたんだ? 警察とかに事情説明すれば……」
「越境軍部が来てたからね。ちょっと
「さっきも言ってたな。そいつらって具体的になんなんだ?」
頭上から体を照らしていたビー玉が、スライドするように右へ移動する。
今度はクロートが光の下になり、右腕の指先がわずかに動いた。
「統合政府お
「
「
「悪い
「正義の味方だよ。けれど
言い方に引っかかりを覚えるものの、結論はよくわからないである。
宙に浮かんでいたビー玉が光を失って、その姿を消す。クロートの右腕は揺れなかったが、積極的に動かそうという気配もない。
「腕治ったのか?」
「いいや。なにせジェーンが残ってるし」
そういえば忘れていた。確かに最初は幼女――ジェーンが
そこからロボットおっさん、包帯男、魔術師フィガロと立て続けに来たので、印象としては薄くなっている。
「まあでも君は家に帰っても大丈夫だよ」
「え?」
「なにせ
「いや……」
「魔術師フィガロを
イノリとしては頭からすっぽ
「ごめん」
軽い調子で
「どうすんだい!? 現場には警察も越境軍部も来てるんだぞ!」
「だから、やっぱり警察に助けを求めて」
「警察署前の
確かに救急車が来ているのは
むしろクロートはよく覚えている、と感心したくらいだ。
「記憶
ぶつぶつと独り言を
だからくすんだ赤色の帽子で
「クロート、そ」
言葉途中で。
「お目当てはこれじゃない?」
気配はなかった。
けれどネオン看板の明かりを背景に、
金色のツインテールに
服装はポップなデザインのシャツにフリルスカート。
彼女の手の中で輝くステンドグラスのピンポン球は、
「ジェーン!?」
「へえ。頭はくそ
膝蹴りを受け止めた時の、手に宿った熱さえもぶり返す。
ロボットおっさんや包帯男、魔術師フィガロでは感じなかったもの。
「今度は決着を……」
歩き出そうとした少年を、クロートは左手で制止させる。
学ランの
「
用心深く
「よくわかってんじゃん。もちろん
言葉の裏に隠された意味を
「記憶の
ネオンの光を反射するピンポン球は、
それを
魔王コレクションの一人――クロートを迷うことなく。
「……
「必要ない。けど記憶の持ち主が手にして、
幼女の拳に力が入る。ひび割れる音は聞こえなかったが、
なにかを問おうとして、口が開いたのに。クロートはなにも言わなかった。
「……わか」
「いらない」
幼女を睨む黒の瞳は力強く、今の発言を
「へぇ。本当にいいの? 好きな女の子とか、自分自身さえも忘れちゃうんだよ?」
ぱきっ、と
身を乗り出そうとしたクロートを、今度はイノリが引き止める。
「記憶
「……そんな奴を信じるの? 秘密とか、
桃色の瞳が
魔女帽子の位置を直すのも忘れて、出てくる言葉に
「そいつのヒューマンタイプ、知ってる?」
右腕はほぼ動かない。揺れる視界の中で、汗の
「なんでもいいよ」
それは少年にとって、
記憶喪失になって、警察署で補導。それから迷わず、ここまで来られたのは――。
「俺は助けてくれたクロートを信じる」
疑ったことは否定しない。本当は、もしかして。
けれど頭から血を流しても、魔術師フィガロに襲われている時に真っ先に助けた。
無茶な言葉にすぐ応じてくれて、十六号の治癒を
なにより自分の右腕が折れているくせに、イノリの怪我を心配する。
疑う方が
「だからお前の交渉は無意味だ」
どっ、と
トラバサミのような歯で腕に
くすんだ赤色の魔女帽子が空いた穴から階下に落ちていき、小さな体が
その
板とは言いがたいが、もちもちアイスよりも小さいような。それが胸だと気づくのに、一秒かかった。
後頭部を腕で固定し、胸に顔を
固い。
全く動かない頭に幼女が
体全て使って
「ふぎゃっ!?」
短い悲鳴を上げたジェーンを無視し、天井から落下したクロートの元へ
最初から背が低い印象だったが、魔女帽子がなくなったことでさらに小さく見える。
右腕の
「クロート!?」
「っ、寄生型の魔術
左手で額辺りを
そしてイノリの黒い瞳に映るもの。もう誤魔化すことも無理だった。
額の右側に生えたそれを、少年は確かに目撃した。
「いたた……ちょっと、お色気からの
「知るか! それよりクロートになにをした!?」
鋼鉄の大型犬の頭を
そして金色の前髪とは色合いが違う、
「夢を
「……ラグーン?」
聞き覚えはある。確か人種説明の時に出てきた単語だ。
「
意地悪な笑みを浮かべて、幼女は指さす。
「ラグーンのクロート・ジェコがそいつよ」
イノリにはよくわからない説明だった。
とりあえず「
街中で鱗が生えた人間はいなかった。
腕の中でうつむくクロートの顔は見えない。ただ肩を掴む手の平から、小さな震えが伝わる。
記憶喪失の前は教えてくれたのだろうか。それとも秘密にし続けていたのか。
確かめようにも記憶の塊は幼女が持っており、今もジャグリングのように手で遊んでいる。
「あはっ。雑魚に知られたくなかったのかな? ざぁこ、ざぁこ」
歌うように
「黙れ」
床を転がったビー玉が、光の
それは少女の腹へと
「イノリは……僕の家族だ。謝れ!!」
足取りも
長い三つ編みさえも
もしも魔力が感じ取れたら、
鋼鉄の大型犬が飼い主を
確かに彼女の体は傾いた。しかし床に倒れ
「やぁだ、よ」
気軽な調子で光の槍に
残ったのは
「……能力者?」
「大正解〜!」
「なにそれ?」
「脳開発を受けると、素養がある人間に固有の力が発言するのさ」
「もしかして魔術師とかよりもやばい?」
「能力によるね。けれど彼女は僕の天敵になりえる」
踏まれた硝子玉が割れ、
「
ぐらり、とクロートの体が
肩を掴んで支えてみるものの、全身に力が入っていない。
なにより服
「いい感じに魔力吸ってるみたいだし、改めて
立ち位置が変わらない。幼女がどれだけの力を
優位な高みから愛を施すように、ジェーンは
「別に殺しはしないから。その魔王コレクションを
「……」
「ちゃんと夢を叶えたら返してあげるし、記憶の塊もオマケで
ステンドグラスのピンポン球を指先で
「断ったら殺す」
ここまでだと、イノリは
最初から全て
逃げれば近くで
「ごめんな、クロート」
意識も失いかけている子供の体を、薄くて固い床に
すっかり
白シャツの袖をめくり、
まあ理由なんて、いくらでも思いつく。
その全てに
「ちょっとあいつ
背中越しに声をかけるが、返事はなかった。
幼女の顔から笑みが消える。冷たくて、低温
「意味わかってんの? 雑魚が」
「もちろん」
幼女の手の平に
ぱきぱきっ、と連続してひび割れる。人間の記憶は硝子より
大事なもの全てが壊れかけている可能性。それを無視して、少年は睨みつける。
「俺の家族に手を出すな!」
家族だと
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