04#魔術師フィガロ
蚕が作り上げた
内部でわずかに動く
首に巻いた包帯はフィガロの手まで続いており、ピンと張れば紙のように文字が書ける。
白衣の中から
這いずる手が包帯に
灰色のコンクリート上をビー玉が転がった。青の波線が
硝子玉の放つ
「あ」
声を出したものの、フィガロは特に
しゅるり、と布地を
包帯の側面が
繭の至る部分に書かれた「無効」の字が
フィガロは自分と繭を
「うおっらぁ!!」
かけ声と共に繭が
体中に巻かれた
まるで紙で遊ぶ子供のような姿だが、
「ふーん。属性型
「
フィガロが立っている屋根の向かい側に、
元から古ぼけていた服だったが、今は
「クロート!」
「待ってて。今からこいつは」
その
青白い火花が散り、赤い空との対比が目に痛い。増えていく火花を前に、フィガロが好戦的な
「
「は? なにを」
言葉を
背中に十六号と書かれ、体の半分近くが赤くなっていた。
「……」
失血量が
善意につけ
しかし黒い
「イノリ、悪いけど」
「
耳に届いた声は力強く、
「こいつを見捨てないでくれ!」
二つの水晶玉が止まり、火花が消えた。
帽子のツバを掴んで、位置を直しながら
「……ずるい言葉だね」
笑みを浮かべ、屋根から降りることで包帯の
コンクリートに着地し、イノリの横を
「魔道具を
「よくわかんねぇけど、わかった」
伸びてきた包帯をかわし、
その背中が曲がり角で消えるのを見届け、フィガロが屋根伝いで追いかけるのも
血に濡れた包帯男――十六号は虫の息だった。
二メートル強の水晶玉が現れ、十六号の大きな体を
硝子の表面にあらゆる文字が浮かび、損傷度合いの報告や呪術
人体操作術式に条件型発動呪術、そして一番目を
「
右
頭からの出血は止まったが、意識を保つだけで思考が乱れた。
けれどクロートは昔を思い出しながら
「まあ
水晶玉の解析に背を向けて、目の前に広がる光景を
包帯で全身を
トラックに乗っていた包帯男――十九号さえも、群れの一部となっている。
「下手に傷つけても呪術発動。人体操作だから死体も混じっているだろうし……」
その数は包帯で
ビー玉の一つに触れた人体が、
「
人の波が
その一方で、イノリは
見上げれば倉庫の屋根や工場の
頭上から
トラックを引き千切り、包帯男の
けれど彼の走る速度は
屋根伝いに追いかけるフィガロは、少しだけ感心していた。
少年の体力は
けれどそれだけだった。頭脳を
「ヒイロ研究所の残り物と思ったが、
残念そうに息を
素体としては
足を止める。伸びた包帯は、そのまま地面に突き
伸び続け、人間ではありえない速度で進み続ければ――先回りできる。
イノリの眼前に、コンクリートの地中を突き破って現れた包帯が
背後には突き刺さったままの包帯。前方には飛び出た包帯。
「はい、おわ」
「ふんがぁっ!!」
条件反射なのか、ただの
路地を形成する倉庫の壁へと
まっすぐすぎる判断に、フィガロは少しだけ頭痛がした。
けれどすぐに気を取りなおす。倉庫など
あっという間に包帯で取り囲み、
どっごん。ずっごん。ごこん。
脳筋が
しかも屋根の上にいるフィガロにとって、倉庫の三方向どこが
包帯を進めるのを止めて、新しい包帯を手の平に広げる。
布地を引っ張り、紙のようになった部分に枯れた片手が字を書く。
一反
常に
「安心おし、エル。私の最愛は君だ」
イノリは壁を壊しながら倉庫内を通過し、段ボールには見向きもしなかった。
背後から迫ってくる包帯は速くないが、少しでも足を止めればあっという間に追いつかれる。
時折、空を見上げる。
そうして走って、曲がり、穴を開けた先で――伸びた包帯が立ち入り禁止テープのように道を
一周して
足が止まる。その隙を
目の前に
倉庫内部と外の境目に立っていた少年は、少しずつ動きを鈍らせながらも倉庫内へと足を向けた。
建物内部の障害物を利用しようと考えているのだろうか、とフィガロは少し離れた位置から観察する。
腕力や体力、
彼は「未完成」だった。しかしヒイロ研究所で「完成品」が報告されたことはない。
だからこそ胸が高鳴る。自らの手で、あの少年を完成させたら――。
想像だけで下半身が
「……は?」
それは鉄筋や鉄板を規則的に組み合わせて接合した、いわゆる階段だった。
チープな倉庫に
L字型の階段の根元、掴んで
そこか。
口元も包帯が巻かれた少年の、聞こえるはずがない声が届いた気がした。
逃げようと試みたフィガロだったが、それよりも先に落ちてくる階段の方が速い。
背中を
「エル!?」
枯れた手が階段によって
トタンの屋根を伝って伸びた墨が、
宝石が風船のように
「ようやく屋根に登れた!」
急に力を失った包帯から
本当は煙突の梯子を壊して登ろうと考えていたが、手が届く高さのものが見つからなかった。
トタンの屋根を
「エル……私のために、うっ……うぅ……」
人間らしい一面を
「エル……エルアル……私の愛しい君……」
「それ。魔道具じゃないのか?」
「私の
「エルアルは私の理解者だ。
少しパーマが残る赤い
コンプレックスだと苦笑する
魔術でまっすぐな髪を
「私を愛してくれたのも、エルアルだけ」
二人で協力しあえば、どんな
「だから――一号にしてあげたんだ」
永遠の
どんな傷も
あらゆる苦痛に
心臓を
脳を一本の
眼球だけを旅行に連れて行っても、風景は記憶したのに。
魔術師には原因がわからなかった。
二十四
肉体があった。脳が残っていた。記憶を再現して、人格もどきを作る。
すると変わらず彼女は愛してくれた。
いつか
そのために実験体はいくらでも必要だった。
「あと少しで、エルアルを……」
記憶をなくしても、わかる。
ど
「なのに貴様が! エルを潰すから!」
「
幸運にも文字を操る魔道具を壊せたかと思い、一発は
しかしフィガロの
それは右手の人差し指。手首より先は消えた、もう一つの片手。
エルは
魔術師は愛しい女の「名前」さえも――解剖した。
「貴様は許さない」
左手と同じ水分を失った黄色の皮膚に、緑色の黴がこびりついていた。
けれど爪だけは白く綺麗で、まるで暖かい海の
爪先から滲む
ぼこっ、と細い肉体が盛り上がった。白衣がはち切れ、包帯だけの姿。
筋肉が風船のように
美しいエルフの姿など残らなかった。筋肉の
イノリの体がゴルフボールのようだった。飛んだ体が、工場の煙突にぶつかる。
体が自然と大の字になる中、トタンの屋根を壊しながら跳躍したフィガロが右手の爪先を
秒でエネルギーを
赤黒い体が二倍、三倍と肥大する。同じ倍率で膨れた
腹も、顔も、足も。全てを
煙突が耐えきれずに亀裂を広げ、
最後の
折れた煙突の上に着地し、少年が落下した先を
ゴリラのように背を丸め、足と手を使って
その全長は五メートルを
赤黒い皮膚には血管の筋が盛り上がり、血流の動きに合わせて脈動していた。
かろうじて人体の姿を保っているが、もはやヒューマンタイプに
肉圧で飛び出た目玉がぎょろりと動く。
肉体の限界近くまで増強薬を
頭の中に愛しい女の姿はなく、ただ破壊
右手の「アル」の爪先から液体が出ないとわかれば、それを
手の甲に
煙突の中に右手を捨て、化け物は壊れた足場を
「お前」
立ち上がった少年はよろめいたが、近くに落ちていた煙突の
大きな土管のようで、大人一人は
直立姿勢で飛んでいたフィガロの体が、煙突の破片を
受け身も取れずに地面へとぶつかる。コンクリートに大きな穴が開いたが、足の筋肉だけで立ち上がる。
腕に力を入れれば、煙突の破片に亀裂が生じた。あと少しで壊せるという段階で。
「だからムカつくんだな」
黒い瞳にあったはずの温情はなく、今はただ「敵」を見ていた。
愛しいと語った女の全てを解剖して、利用価値がなくなれば捨ててしまう。
美しかった化け物が、
せめて右手を最後まで守っていれば。
しかし魔術師に寄り添う両手は、もうどこにもない。
「ッガ、ア、アアアアア!!」
もう言葉も忘れたフィガロが、煙突を内側から
飛んできた欠片を拳で殴り落とし、化け物へと一歩
同じように敵も腕を
男子高校生の拳と、五メートル大の化け物の拳が
少年の拳など赤子のように小さく見えるほど、化け物の手は大きい。
砂場でもないのに、コンクリートの地面に
「アアアア!!」
「……っ!」
盛り上がった血管から血を
押し負けてイノリの膝が曲がる。けれど震える膝裏を少しずつ伸ばしていく。
「っ、俺は」
咆哮にかき消されるような声で、少年は呟く。
記憶をなくして、ここまでやってきた。わからないことばかりで、保護者と名乗るのは子供みたいなクロートだ。
もしかして、本当は。少しだけ疑ったのは
「愛とかよくわかんねぇけど」
もう片方の拳が迫ってくる。それを空いている手の平で受け止めるが、
頭がのけ反る。常人であれば
しかし突き出した拳だけは動かない。全力を、そこへ込める。
「記憶がなくてもわかる!」
化け物が突き出している腕の
赤子のような小さな手に
曲がった肘から骨が
「お前は間違ってる!」
化け物の潰れた腕を
痛みに暴れるフィガロには、
膨れた肉団子のような顔に向かって、小さな拳がまっすぐ進む。
「だから、ここで
分厚い肉に
蜂蜜色の瞳がぐるりと裏返り、充血した
なにかを探すように空中を
何度も息を吸って吐く。そうやって呼吸を整えるイノリは、少しだけ考える。
クロートを待たせてしまうが、わずかな寄り道。壊れた煙突の直下と、足場がぶつかった屋根へと走る。
腕に
「愛とかよくわからねぇからさ、これが正しいのかも
男の胸に寄り添う枯れた両手。それが動くことはない。
手の甲に埋め込まれた宝石は粉々で、手自体の損傷も激しかった。
「こいつと一緒にいるのが、アンタの幸せであることを
一礼し、イノリは壊れた道を
そして見下ろす幼女は笑う。彼女の指が
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