02#魔王コレクション
腹にめり
内臓まで
止めていなければ、腹を
ざわり、と背筋をなぞる感覚。
「笑ってんの? きもいね」
ジェットコースターに
楽しくなってきた。
指先に力を込めて、膝を
「えい」
背後で軽いかけ声。
耳をつんざくブザー音が警察署の前で
「
「え?」
「場所が悪い!」
学ランの
咄嗟に膝を
新しい
ビル風さえも
悲鳴が飛び出ようとしても、首元の苦しさが
視線を地面へと向ければ、警察署の前で幼女がにたりと笑っている。
「逃げても
聞き慣れない単語を
ブザー音が消えたのは、
それ以上は見えなかった。視界の遠近感が
頭が冷えて、自らの手を
攻撃を受け止めた右手には、じわりと熱が残っている。わずかに
あと少しだったのに。そう思った矢先、学生の声が響く校門前に着地する。
校庭では野球部が活動しているようで、
校門から帰宅しようとする生徒の服装は、黒い学ランや白いセーラー服。
黒の学ランは着用しているものと同じデザインだと気づき、イノリは学校の看板を見つめる。
「
「君が今年入学した学校だよ。入学試験で落ちないかとヒヤヒヤしたものさ」
クロートは緑色の曲線が渦巻く水晶玉を消し、光の直線が流れる水晶玉だけを頭上に
やはり帰宅する生徒とは目が合わず、横を通り過ぎた
青いリボンがよく似合う
「もしかして、ああいうのが好みかい?」
「かもな。まあ記憶がないから、よくわからないけど」
「確かに。記憶喪失の原因は、あの若作りのせいかもなぁ」
「ジェーンって子? クロートより幼く見えたけど」
「外見
なんとなくしか
まず魔術の基準が不明だ。ただ空中飛行しているものが、機械以外ないのは理解した。
今も荷物輸送のドローンが頭上近くを通り過ぎた。取り付けられているカメラが、クロートの魔術で反応しなかったのだろう。
「そういえば魔王コレクションとか言ってたけど、魔王ってなに?」
「この魔術は視界と
「小声で話せってこと?」
「五代目魔王の悪行だからね。大声で話しても得はないよ」
言いながら歩き出したクロートは、学生も近寄らない
シャッターが閉じられている店の方が多く、スプレー
派手な格好の男が、まるで
「まず『王』について。魔王もその一つなんだけど、世の中には選ばれた人ってのがいるのさ」
「選ばれた?」
「
「……らしい?」
「僕は直接見てないからね。まあ恩人が選ばれたことはあるけど」
まるで都市伝説を語るような、身近そうで遠い話に聞こえた。
裏路地の近くをブレザー姿の不良が通りがかり、わざわざ路地を
身を隠すと言っても、イノリ
だが不良は舌打ちだけを残し、仲間に「ここにはいねぇ」と告げていた。
「王が住む都は『首都』と呼ばれ、王が統治する。それ以外の都は統合政府が管理してて、行政とか文化を育むのさ」
「じゃあこの塔都は統合政府
「そこまで気づいてくれて
続きを話すために、クロートが深呼吸する。
横で立っていたイノリの耳には、三回ほど息を整えたように聞こえた。
「こいつは悪い魔王さ。
「それが魔王コレクション?」
「……うん。被害は百人以上」
思ったより多くないな、というのがイノリの
もっと万単位とか、無差別
「人を集めて、石化して……魔王の首都に並べた」
「なんで?」
「自分の都に住ませたかったとか、まあ僕には理解できない内容だったよ」
「……それで?」
「勇者に
「価値がついちゃったか」
「大当たり。記憶をなくした方が
そんなこと言われても、記憶喪失以前の自分などわからない。
しかし右手に残る熱を感じれば、思い出など
イノリの内心に気づいていないクロートは、
「コレクションの大半は
「
「他人事みたいに。それが原因で君が記憶喪失してる可能性があるんだよ?」
「うーん、でも」
まあ頭脳を働かせるよりは、肉体を動かす方が得意。
それくらいは記憶がなくなっても、なんとなく知覚していた。
だからこそ答えはあっさりとしていて、難なく出てきた。
「魔王コレクションはクロートだ」
魔女帽子の位置がズレて、琥珀色の瞳が
「どうして?」
声は
「
「……」
「他にもタイミングはあった。でも
「……ごめん」
答えを言い当てたら
気まずいのを
「謝んなって。お前のせいじゃないだろ」
「でもジェーンの狙いは確実に僕だ」
「そこが不思議なんだけど、俺の記憶を
「君の記憶から僕の弱みを
ああでもない、こうでもない。どうにも
ただ判明したのは記憶喪失した事実と、魔王コレクションだったクロートが狙われていること。
解決すべき問題が二つに増えてしまい、少しだけ頭が痛くなった。
「でもジェーンを倒せば、いいんだろ?」
「それはわからないよ。君の記憶は喪失なのか
「記憶なんて戻らなくても」
「
言葉を
魔女帽子をかぶり直し、ツバを掴んで顔を隠すクロートを見下ろす。
「君の記憶だ。大切にしてくれ」
「……俺のため?」
答えは弱々しい頷きだった。
それでも少しだけ安心したのは事実で、意外と悪い気分ではなかった。
「よし! じゃあ俺の記憶から
「……?」
「記憶を
「は? あのねぇ……」
金色の三つ編みも喜びを表現しているのか、
気が
割れた水晶玉は元の形が見る
「見つけたぞっ!」
「
裏路地の
「魔王コレクションはどっちだ!?」
「チビの方だ!」
「片方は?」
「邪魔するなら始末しろ!」
地面が
空中飛行で使った水晶玉を片手に乗せて、風を
彼に
どれもジェーンと比べてひりつく感覚がない。つまらなそうな気配だ。
「イノリ、言っておくね」
「なんだ?」
「僕はね、魔王コレクションと呼ばれるのが大っっっっ
力強い
もう一つ水晶玉が現れ、模様を
気味の悪い集中
「
「なんか滑って楽しそうだな」
「はいはい、夏になったらプールに連れて行くからね」
商店街の屋根を
「しかし魔術の死角を突かれるとは」
「あの視線逸らしって、
「まあね。
「あの商店街に、そんな監視カメラってあるのか?」
寂れた商店街で、怪しい男達がたむろするような場所だった。
治安も悪く、警官の
「ドローンだよ。荷物輸送で、あちこち飛び回ってる」
そう言ってクロートは空を指さす。確かに羽虫が動き回っているように、小さな黒い物体が飛んでいる。
地上で走る輸送車よりも多く、どんな高い場所でも
赤い塔を中心にして、街中の空を
「あのカメラを……えーと、ストッキング……じゃなくて」
「ハッキング?」
「それだ! 視界情報を
早口で説明しているが、クロートの耳は赤かった。
この知識が失われていなくてよかったと、ほんの少しだけ
「あの魔術をもう一回は無理なのか?」
「また同じ方法で破られるし、敵の狙いが僕とわかれば
琥珀色の瞳が細められ、好戦的な
クロートは
「今は午後四時半……夕飯までには倒したいところだね」
「でもハッキングしてるなら、場所はわからないんじゃ?」
「街全域に電波を流すなら、ちょうどいい場所があるのさ」
三百メートル以上の真っ赤な塔を指さして、クロートは続ける。
「あれは
「はず?」
「……機械的なのは、ちょっと苦手だから。全部
塔へ突きつけていた指が少しずつ下がり、右と左の人差し指の
明らかに自信がなくなった彼の心情を表すように、三つ編みが風に
高層マンションの屋上は強い風が体を
「敵の
「それもそうだね。じゃあ
なにを、と問う前に
直径二メートルの硝子玉は赤い三角形が直線的に動いているが、急カーブをかけるように不規則だ。
その動き方に見覚えがあり、とあるマークが頭に浮かんだ。直感的に危険を感じる。
「おい、待っ」
「そーれ」
真っ赤な塔が青白い
暗雲も見つからない夕暮れに
塔を中心に家や店から明かりが消えていき、落ちた衝撃が
「よし! ドローンも
「魔術って、やばくね?」
魔術については知識が
「派手に見えて、
「それで電波を乱せるのか?」
「結果的にドローンが停止したから、成功だよ」
なるほど。全ての機械が叩けば直るといいな、と言うだけはある。
テレビの仕組みはわからないけれど、番組を見られるなら問題ない、くらいの気軽さだ。
おそらくドローンはカメラをハッキングされたくらいで、輸送自体に罪はなかったはずだ。輸送会社が
「でもこれは
「へー。魔力を使い切ると、どうなるんだ?」
「体力と同じだよ。
「……今ので疲れる程度?」
「僕はね。
加減はわからないが、クロートが人並み外れているのは理解できた。
自分の体より大きい硝子玉を消し、周囲を観察する姿は子供の外観からかけ離れていた。
「相手はどう出るんだ?」
「男達は失敗し、監視の目もなくなった。そしたら本人が現場に出るしかないだろうね」
「でもハッキングしてる
高層マンション全体が揺れた。
地上から三十階まで
三メートルの操縦型ロボット。
「魔王コレクション、テメェを捕まえて夢を叶える!」
「?」
ロボットの操縦席には男が乗っているらしい。マイクから響いた声は低くも、不気味な熱を
しかし意図がわからなかったクロートは、首を
「僕の
光の直線が
下の階に住んでいる人の
「そうだ。イノリの記憶喪失は君のせい?」
「ち、違う! けど情報なら
「それは嬉しいなぁ」
言いながら、もう片方の
両腕を失ったロボットは、最初の
「で、誰のせい?」
「ま、
「ん?」
「あ、そうだ。俺、なんか
「はぁ!?」
男の情報よりも
その瞬間をロボットは
黒い
「…………」
「ちょっと
「あ、その、す、すみまっ」
イノリとしては白いロボットかっこいいなと思っていた。
しかし小さな硝子玉が大量に浮かび、そのイカしたボディをめこめこにへこませ、
中から出てきた男も近未来的なピッタリスーツを着ていたが、小太りのおっさんだった。腹はスーツの力をものともせずに
「ひぃ……許してください。もう二度としません」
「違えたら、次はない」
「は、はい!
「あとフィガロの居場所」
「街外れの
あっさりと
「じゃあフィガロから君の記憶について聞き出そう」
「わかった」
「あとで喧嘩や連行の話も
「うげっ!?」
二人が飛び去った後、こそこそと
しかし屋上の
警察署の騒動によりパトカーの到着が
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