だからヴィトライユ
文丸くじら
メモリーダッシュ
奪取ダッシュ――
01#だから記憶喪失
それは小さなフラスコから始まった話。
温かい丸
「世界を変えようか」
永遠を夢想した
――ピコ。硝子の中で生まれた創造主。全てを
錬金術師が夢見た理想は
最後の人間となった彼女は、彼に
そして古い人間は消えたのです。
星は小人の
しかし星が許しませんでした。
小人も錬金術師がいない世界に
だから小人は最後に神様として、丸い硝子に多くの命を残していきました。
神話と呼ぶには、あまりにも小さい物語。だからもう
けれど不思議なことに
硝子
これで昔話は終わり。
残念だけれど、小人の話はもう続かない。
それが彼の望みで、
ここからは硝子暦二千二十年の話を始めようか。
まあ、そんな
桜も散って、新入生
高いビルに囲まれて細くなってしまった
真っ赤な
現行犯
けれど逮捕された少年は無罪を主張。
その言動の
「だから!
始終この一点張りで、取り調べの警官も「やりすぎちゃった子かな」と
しかし所持品の学生証から、警察のデータベースで個人情報の
デジタルと紙の調書には次の
氏名:シドウ・イノリ
ヒューマンタイプ:スタンダード
身長:百七十センチ
学歴・能力:高校一年生・開発記録なし
家族構成:両親なし。五年前に塔都に都民登録
犯罪歴:特になし
他にも多くの項目が並んだが、これといった
取り調べの警官は少し怪しんだが、上司がひょっこりやってきた。
「まあ今日は帰してやりなよ」
「
「もちろん忘れずに。初犯だし、写真も必要だな」
やる気のない上司の警部は、身長線が
手作りの名前プレートを持たされて、少年は不思議そうな様子で
フラッシュが数回、目を
「そんじゃあ後よろしくー」
カメラのフィルム現像へと向かう上司は、適当な言葉を置いて部屋を去っていく。
残された警官は机下から機材を取り出し、少年の指に粉をつけてから
「指紋を採りながら、血を
「いや、だから……」
「言い訳は専門部署に」
なにかを言いかけている少年を制し、学生服の
黒い学ランは新品同様だが、喧嘩した後のせいで少しだけ
注射針を慣れたように受け入れ、少年は口の中で文句を言い続けている。
「はい、
「だから……」
「ほら、早く。警官も
なおも
学生
それを見届けた警官は、採血サンプルと指紋プレートを机の
「それにしても記憶
記憶がないの一点張りだった少年の言動に
現場写真を広げれば、へこんだゴミ箱やひび割れたビルの
「よぉ」
「あ、警部……少し
写真の現像を終えたであろう上司に
だから彼の体に
にたり、と
背中から
「すまねぇな。オメェを
「あははっ、こんな
笑いすぎて目元が
「ざぁこ、ざぁこ」
歌うように
警部が倒れた体を壁まで引きずっていく。
「これに構ってる
「まあ、ね。これからお楽しみは増えるわけだし」
八重歯が見える笑みのまま、幼女は
「なにせ魔王コレクションだもん。百年の
警察署から出て、十歩の位置。
白いタイルで道路と区切られた歩道の上。
シドウ・イノリは困っていた。鞄を抱えた姿勢のまま、左右を見回す。
塔都警察署前、という青い看板が信号機の横に設置されている。
それを見上げながら、
彼は
気づけば十数名が路地裏で倒れていて、その中心に自分が立っていたことだけ。
まず街の名前を見ても思い当たるものがないどころが、常識すらも
耳が
警察署の近くに建っているビル、その一階に
食品サンプルが並んでいるが、彼の視線は大きな窓硝子に注がれる。
適度に短い
耳は尖っていない。角や
着ている服は
抱えている鞄は茶色で四角い。
返された学生証には写真が
塔都学園の高校一年生、シドウ・イノリという情報は得られた。
しかし帰る家の場所がわからない。住所が書かれていても、今の彼には読み解ける自信がなかった。
「どうしよう」
思わず声に出すが、背後で通り過ぎていく人々は
どうして人を
知識すらも
「イノリ、ここにいたのかい」
声をかけられて、
くすんだ赤色の
帽子のつば下から
身長は百五十センチくらいのため、見下ろす形となっていた。
服装も魔女帽子と合わせているらしく、旅慣れた
口元を隠す古ぼけたマフラーの位置を直しながら、子供は肩を
「学校に通い始めたからって、買い物当番をサボるのは……」
「ちょ、ちょっと待って」
「まさか学力テストで
「
「君は昔から物覚えが悪かったからね」
どこか
「俺のこと知っているの?」
その言葉に子供は
「お、思い出したの?」
子供の声は
しかしイノリは気まずそうに
「その逆」
「……は?」
「忘れたんだよ」
心底
自然公園のベンチに並んで
炭酸飲料を一気飲みする子供を
「っぷはぁ! あー、もう……」
「あ、俺はシドウ・イノリらしいんだけど」
「知ってるよ!
ベンチの背もたれに、缶の底をぶつける音が
その
「そんなに
「五年前に聞きたかったよ……はぁ」
それはふよふよと
「僕はクロート・ジェコ。クロートでいいよ、今はね」
「わかった。で、俺との関係は?」
「保護者」
「君は昔から不器用で、物覚えが悪くて……大変だったよ」
そう言って
視線が自然公園の時計へと移動する。琥珀色の瞳に、長針が三を指しているのが映った。
「まずは君の記憶を
「そういえば」
「なにか思い出したのかい?」
期待を宿したクロートに、中身が空の鞄が差し出された。
逆さまにしても、落ちてきたのプリントの
「学生鞄って空なのが
「そんなわけないだろう!
「記憶喪失と
「その頭を壊れたラジオみたいに治せたらよかったのに!」
しかし帽子の位置がずれた
シワができるほど強く帽子のつばを掴み、深くかぶり直す。
「とにかく、君が記憶喪失した場所はどこだい?」
「どっかの路地裏」
「他は?」
「あの赤い塔が見えた」
イノリが指さした先に、まっすぐ伸びる塔が建っている。
それは街の中心部であり、三百メートル以上の高さは圧巻の一言だ。
「トートタワーは街のどこからでも見えるよ」
「そうなのか?」
「この都の
「……へー」
全くわからないことだけ、理解してしまう。
プルタブをかりかりと引っ掻きながら、真っ赤な塔を見上げる。
あの高い場所から街を一望できたら、なにかを思い出すだろうか。
けれど記憶を
かりかり――いつまでも開かないプルタブを見つめる。もしもこの中身が記憶だとしたら、あまりにももどかしい。
もっと
めぎょり。
へこんでねじれた。
小さな
「なにやっているのさ?」
「ご、ごめん! この缶が柔らかくて……」
「
クロートが指を鳴らすと、硝子玉が四つ現れた。
それは指で
彼の指が空中に円を描くと、それに従うようにくるくる回りながら、イノリの周囲を浮遊する。
「これは?」
「
一つの硝子玉に青い波線が浮かぶ。服や肌に付着した炭酸飲料が、シャボン玉になって
次は赤い三角形が散らばった硝子玉が、春の陽気に負けない熱波を発した。
緑色の曲線で
最後に黄色の四角形が規則的に並んだ硝子玉が、地面に
足跡はイノリのシューズの
「君の発言が
三つの硝子玉を手のひらに集め、
指が開いた時には、硝子の
「よし!
「もちろん」
黄色の四角が規則的に並んだ硝子玉が、地面近くへと移動する。
一センチ上で浮いたまま、足跡を
イノリの目には
大きな魔女帽子を見下ろしながら、消えない
「なあ、耳が尖ってたり角が生えてたり……なんか意味あるのか?」
金髪の三つ編みが、背中で大きく揺れた。予想外の質問に、クロートの体が傾いたのである。
「それすらも忘れたの!?」
琥珀色の瞳が
大きな動作付きで
「記憶喪失と言っても、明らかに
「まじ?」
「君は思い出の全忘却だけでなく、知識の欠如も酷い! 僕の五年間の努力が……」
相当な精神的ショックだったのか、歩道と車道を区切るガードレールに寄りかかるクロート。
少し騒ついたのが気になったのか、クロートは新しい硝子玉を呼び出す。
今度は
それを頭上に浮かべると、周囲の通行人
「今のは?」
「視線
「へー。俺とかでもできるの?」
「君の
夢のような技術に胸を高鳴らせたのも
「でもこれで君の質問に堂々と答えられるよ」
「どういうこと?」
「普通は人に指さすのはマナー
「ヒューマンタイプ……人種?」
わずかに引っかかった単語を、別の言葉に
するとクロートは安心したように息を吐き、満足そうに微笑む。
「それは覚えていてよかったよ。じゃあ歩きながら話そう」
そう言って
通りがかったお
色素の
「あれはエルフ。硝子の六種の一つで、四番目に数が多いヒューマンタイプだ」
「硝子の六種?」
「最初の人種と言っていいよ。まあ人種数は変動してるけど、その中でも原初に近いってことだね」
「もしかして耳が長いのが特徴?」
「その通り! うんうん、いい感じだよ」
正解を言い当てた子供を
クロートはようやく打てば響く会話に、無邪気な様子で笑った。
「外見的特徴の中で、特に
「じゃあ俺は?」
少し楽しくなってきたイノリは、クロートの耳を見つめる。
金髪の隙間から見える耳は丸い。少なくとも彼はエルフではない証。
そして先ほどショーウィンドウで自分の姿を見た時、イノリは耳が尖っていないことも確認している。
「君はスタンダード。特徴は……」
「うんうん!」
「ない」
晴れやかな顔の返答に、イノリは
「言葉通り、基準なんだよ。スタンダードと比べてどれだけ違うか、人種の増減を評価するために一番大切なんだ」
「……えー」
「そんなに不満がらなくても。人口は一番多いし、発想力と発展スピードが君達の
明らかに
硝子の六種の一つで、携帯電話の開発や人工衛星に月への
もう少し目に見えてわかりやすいものがあればよかったのに、と
「ほ、ほら次だよ」
空気を変えようとしたクロートが指さしたのは、大型百貨店の壁だ。
白い壁に屋上まで届く
上半身はイノリ達と変わらないが、下半身は魚の形をしていた。
緑色の長い髪が揺れて、水の中で波打っている。天へと泳ぐ美しい魚人は、眼下で手を
手首から
優美な魚人の女性に
「マークア。硝子の六種で、三番目に数が多い。けれど体の構造上から水中都市に住んでいるのがほとんどさ」
「特徴は下半身?
「ヒレだよ。地上で生活する二足歩行のマークアもいるし、彼女のように水陸両用の姿を持っている者も見かけるね」
話の最中に美しい魚人は水槽の
その
白魚のような、けれど確かな人の二本足。五本の指が
両手を振って
白いワンピースドレスに、宝石のように美しい緑色の肌。ウェーブがきいた髪からは、
「おおー、すげー」
「彼女は雑技団のスターだからね。屋上でショーもやっているらしいよ」
「観に行こうぜ!」
「君の記憶が先。ほら、行くよ」
半ば引きずられるように移動させられ、
次に通りかかったのは、警察署の前だった。内部で誰かが暴れたのか、救急車がサイレンを鳴らし、人が集まっている。
「硝子の六種の中で、特異なのがラグーンとアンジェラなんだけど……ここにはいないみたい」
「そうなのか?」
「まあアンジェラは
「特徴とかはないのかよ?」
「光輪があるんだ。形や色、部位とかは個人差らしいけどね。数は五番目くらいかな」
そう言われては意地でも探したくなってしまう。
少しだけ爪先を伸ばし、不安そうな群衆を観察していく。
しかし言われた通りの外見に
「じゃあラグーンは?」
「……
それ以上の言葉は続かなかった。歯切れの悪い説明に違和感を覚えながらも、イノリは今までのヒューマンタイプを数える。
スタンダード、エルフ、マークア、アンジェラ、ラグーン。硝子の六種に対して、一つ足りない。
そして一番の違和感は、周囲の光景だ。角が生えた人種についての説明がない。
もちろん
だが角の数が
「じゃあさ、この女の子みたいな」
「人を指さしてんじゃねぇぞ、雑魚が」
右手の人差し指が曲がった。間接
ぐにゃりとのけ反ったおかげか、骨は折れなかった。けれど強い痛みに、腕を反射的に上げてしまう。
幼女の手を
「今の馬鹿力すごいじゃん。スタンダードのくせに生意気」
「え?」
視線逸らしの魔術。その具体的な内容は知らない。
しかし誰かと目線が合うことはなかった。水槽から歩道を見下ろしていた魚人の女性さえ、気づいていない様子だった。
悪意が渦巻く桃色の瞳。それがしっかりとイノリ達を映し出している。
背後からクロートの冷たい声が聞こえた。
「角つきはデイモン。この世で二番目に数が多く、そして――」
魔王を
その意味を理解する前に、少女の
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