33.休息1
次の日の早朝、俺が魔道具の整理と掃除をしている最中だった。
――コンコン
ドアをノックする音、俺はすぐに問いかける。
「誰だ?」
「く、クローレです……」
ドア越しから細々と聞こえてくる少女の声。まさしくクローレ本人の声だった。
俺はすぐに椅子から立ち上がり、ドアを開ける。
「お、おはようございます……」
「おはよう。身体はもう大丈夫なのか?」
「はい、メロのおかげでなんとか。まだ完全ではないですけど」
良かった。やはりメロディアに看病を任せて正解だったな。
魔力も徐々に回復している。あともう少し休めば完全復活できそうだった。
「で、こんな朝早くからどうしたんだ?」
早速本題へ。理由もなくこんな朝早くに男の部屋に来るわけもないだろう。
するとクローレがモジモジしながら、
「あ、あの……その。今日は何かご予定とかってあるんですか?」
「予定? うーん、今日は特に何もないかな」
そう返すとクローレの表情が明るく激変。
喋りも滑らかになる。
「そ、それなら皆さんで温泉へいきませんか?」
「お、温泉?」
「都にでっかい混浴施設があるんですよ。あ、もちろん水着着用可で」
「ほう、そんなところが」
「それに私は……」
そういってクローレは魔道具などを入れるポシェットから何やら紙切れのような物を取り出す。
そして誇らしげに胸を張りながら、
「そこの温泉施設のVIP会員なんです! これがあれば人数関係なしに無料で施設を楽しめるのですよ」
「そ、それはすごいな……」
こんな活き活きとしているクローレは初めて見た。
いつもはもっと冷静ではしゃいだりするイメージはなかったのに。
「この会員証は希望者から選定された数百人しか貰えないといういわば選ばれし者の証なんです。これはレアですよ~」
俺はある意味、今の状況自体がレアだと思った。
「それでどうですレギルスさん。これを使ってみんなで行きませんか?」
「お、おう。いいんじゃないか?」
「ホントですか! では今日の昼頃に出発しましょう。ボルゼベータさんも呼んできてくださいね!」
「え、あいつもか?」
「ダメ……ですか?」
「い、いやぁ……」
あいつが一緒に来るだろうか。
俺の予想ではまずこないだろう。それに、あいつは昔から風呂はシャワー派だと決まっている。
一応は誘ってはみるけど――
「分かった、このことは俺から言っておくよ。だがクローレよ、まだ病み上がりなのに動いても大丈夫なのか?」
「動く分には全然大丈夫です。それに、温泉には魔力回復、病除去、健康増進といった恩恵を得られるんですよ」
「ほう、そりゃ初耳だな」
魔力回復という効能があるなら俺たちにも利点があるわけか。
「と、いうことで昼過ぎにロビー集合でいいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「では、そういうことで~」
そういうとクローレは輝く笑顔を振りまきながら、部屋を後にした。
「温泉かぁ。あいつは来るのだろうか」
まぁ誘ってみないことには結果は分からない。
「整理を終えたらあいつの部屋に行ってみるか」
その後、俺は魔道具の整理をささっと済ませてボルのいる部屋へと向かったのだった。
♦
「お~いボル。いるか~?」
ボルの部屋の前で声をかける。
するとバシッと扉に何かが当たるような音がすぐに聞こえた。
「入るぞ~」
実はこれは中にいるというボルなりの合図。部屋にあるペンや小物入れなどを扉に投げつけて返答するというやり方だ。
普通ならおかしいが、ボルならば納得がいく。まだ応答があるだけマシってやつだ。
「こんな朝っぱらから良く本なんて読む気になるな」
「朝だからこそだ。こんなに本を読むのに適した環境はない」
ボルはいつものように窓際に椅子を置き、窓を少し開けた状態で本を読んでいた。
彼曰く、風を感じながら本を読むことでリラックス効果があるとかなんとか。
「それで、貴様はここへ何をしに来た? まさかそんなことを言うために来たわけじゃないだろう」
早く本題を言えとのこと。
(相変わらずせっかちなやつだ)
そう思いながら、俺はすぐに本題へと入った。
「お前、今日は予定はあるのか?」
「何が言いたい?」
「そのまんまだ。ないなら付き合ってもらうぞ」
「どこへだ?」
「それは来てのお楽しみってことで」
「ふざけるな、早く言え」
眉を寄せ、すごい形相で睨み付けてくる。
やはり、遠回しに連れ回す作戦は無理があったか。
(なんか警戒しているし……)
正直に言うか……
「なぁ、お前温泉とか……」
「却下だ」
「早いなおい!」
全てを言い終わる前に一言で拒絶される。
だがここで下がるわけにはいかない。
クローレを悲しませないためにも。
「頼むから来てくれ。でないと悲しむやつがいる」
「なぜだ? 我が風呂をあまり好いていないことをお前は知っているだろう」
「ま、まぁそうだが……提案されたんだよ」
「誰にだ?」
「クローレ。彼女がなんか施設の会員? ってやつらしくて無料で入れるんだとさ」
「……」
クローレの名を聞いた瞬間に目を瞑り、考えこむボル。
なんだろう、この違和感。
(いつもならどんなに言っても断ってくるというのに……)
男二人しかいないこの空間に静寂が訪れる。
ただ沈黙が続き、俺もまた何も言わずに黙っていた。
そして数分ほどそんな時間が続くとボルは目をパッと見開いて、
「何時からだ?」
「は?」
「聞こえなかったか? 何時から出発なのかを聞いている」
「えっ、一応出発は昼頃になっているが……」
「そうか。ならもういい、出ていけ」
「は、はぁ? じゃあお前……」
「もう一度言わないと分からないか? だから貴様はいつまでたっても……」
「わ、分かったよ。出ていきますって」
俺は何も理解できないまま、ボルに部屋を追い出されることに。
だがあの調子だと誘いに成功したということだろうか。
いつもならあんな態度見せないし。
「ま、まぁ結果オーライってことでいいんだよな」
そんなわけで今日この日、俺たち一行は都ゼヴァンにある温泉施設へと足を運ぶことになったわけだ。
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