32.手掛かり
「世界を亡(ほろ)ぼす可能性を秘めた刻印?」
「厳密にはこの刻印はそのためのトリガー。私たちの刻印にはこの世界を変えかねないほどの強大な力が秘めている……というのです」
「そんな力が……」
その刻印が示す意味の一端を知った際の国の対応は酷いものだったという。最初は真っ先にクローレが標的にされ、災厄の存在として地下牢獄に隔離された。それはメロディアも同様だったという。
だがそんな刻印は賢界でも聞いたことがない。仮にあったとしてもそんなことができるのは賢界でもごく限られたものだけだ。
それに、まず疑問なのがなぜこの二人にそんな力を秘めた刻印が押されているのか。
現時点では彼女たちはこの世界の人間であって賢界との関係性はない。
バル爺の仕掛けだと仮定してもここまでスケールの大きい試練を課すだろうか?
(前に来たバル爺からのメッセージも気になるけど……)
もしかすると試練とは全く関係のないことなのかもしれない。
だとすれば―――
「何か手掛かりはないのか? 例えばその刻印を消せる要因があるとか?」
「い、いえ……今のところは。ですが前に少し気になる会話を耳にしたことがあります。刻印の研究に携わっている人がとある研究員と話している所を偶然聞いてしまって」
「なんて言ってたんだ?」
「詳しくは分からないのですが……」
メロディアはさらに話を続ける。
「”最果ての神殿”だけは誰にも近寄らせるなって言っていました。それが何を意味するのか私には分かりませんでしたけど」
「最果ての神殿……場所は?」
「すみません、そこまでは……」
「ふむ……」
いかにも何かが秘めてそうな場所だ。それに近寄らせるなとまで警告が出ているのがさらに怪しい。
だがそこに何かがあるのは間違いないだろう。
「疑うようで悪いが、それは本当なのか?」
「はい。確かにこの耳で聞きました」
「では決まりだな」
「は?」
ボルは立ち上がり、出口の方へとスタスタ歩いていく。
「おい、どこへいくんだボル!」
「決まっているだろう。その最果ての神殿とやらだ」
「は? お前は馬鹿か? 場所も分からないのにどうやって……あっ!」
「ようやく気付いたか? バカは貴様の方だったようだな」
「ちっ、相変わらず気に食わない奴だ」
「ど、どういうことでしょうか?」
意思疎通をする俺たちにキョロキョロとするメロディア。
俺はすぐに説明をする。
「俺たちの力を使えばその場所までいけるかもってことだよ」
「ほ、本当ですか!」
「まぁ、試してみないと分からないけどな。やるだけやってみようかと」
その力とは自らの魔力を使って思い描いた場所に転移できるという特殊転移術だ。賢者候補になると修行の一環として必ず習得させられるのがこの特殊転移術。
もしこれを応用し、言葉だけで転移できるとしたらどうだろうか。
もしかするとその最果ての神殿とやらに行けるかもしれない。
俺とボルはそう思ったのだ。
それを聞くとメロディアは感心しながら、
「そんな術があるんですね……」
「でもこの転移術はかなりの魔力を使うんだ。今の俺たちの魔力じゃ確実に成功できるかといえば怪しい。どちらにせよ今すぐにとはいかないぞボルよ」
「……」
先の魔術師団との闘いで魔力を消費した俺たちが転移術を使うためには身体を休めて魔力を充電する必要があった。
特にボルの魔力消費はそれなりにきているはず。
彼はやる気だったようだが、さすがに無理だとすぐに止めた。
「とりあえず、俺とボルは休ませてもらうことにするよ。三日もあれば完全に回復するはずだ」
「分かりました。私もクロの面倒を見つつ、出発までに休養を取ろうと思います」
「ああ、そうしたほうが良い。今の内に英気を養うことも大切だ」
そういうのも仮に転移術が成功して最果ての神殿とやらに着いたとしたら何が待ち受けているか分からない。
それに俺たちの刻印のことだってある。もしかするとそこには俺たちの押された刻印を消すことのできる方法や手掛かりが見つかるかもしれない。
これはメロディアたちにとっても、俺たちにとっても重要なこと。
だからこそ、今は休養を取るのが最善策ということだ。
「じゃあ俺たちは自室に戻るが、本当に一人で大丈夫か?」
「大丈夫です、お二人はゆっくりとお休みになってください。クロの面倒ならお任せを!」
胸を張り、自信満々の表情で答えるメロディア。
一人の少女が介抱をしている最中に自分たちは呑気に休養を取るなんて罪悪感しかないが、今はその言葉に甘えさせてもらうことにする。
そう、全てはこの手の甲に刻まれた刻印とメロディアたちに課せられた運命とやらを消し去るために。
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