15.書庫
この屋敷に移住してきてから早3日が経った。
バルトスクルムからの伝言を受け、俺とボルは怪しまれないようメロディアたちを影で見ていたが今の所これといって分かったことはなかった。
「平和だな……」
そう呟きながら二階の自室から見える水の都ゼヴァンの象徴であるギルドタワーを眺める。
「この世界に来てもう2年ほど経つのか……」
時が流れるというのは早いものでつい昨日まで賢界にいたんじゃないかと思うほどだ。
刻印消しという試練が課せられて2年。ようやくその方法を探るためのヒントが見つかりそうな所まで来た。
あの二人の少女との出会いによって。
「最初はこの世界に慣れるまでが大変だったからな……特にボルには手を焼いた記憶しかない」
今思い返すと波乱な日々を送っていた。まさに今の生活と真逆の現象。
犯罪者になりかけたこともあったし、追放されかけたこともあったし、治安騎士団に連れて行かれそうにもなったしでここへ来た当初の思い出なんてロクなものがない。
「―――ま、全部ボルのあの性格が引き起こした事件だったんだけど……」
今のボルはあれでも相当大人しくなった方だ。昔から本だけには執着心があってこの世界の本にももちろん関心はあったのだという。
そしてこの世界の本を漁っていく内に次第に惹かれていき、遂に恋人(もちろん本)も手に入れたと。
「異常なほど騒いでたな……あの時は」
賢界にいた時から大量の本で身を囲っていた男だったので本好きなのは理解していたがあれほどまでとは思ってもいなかった。
結局のところ、この世界の本との巡り合いによって今の平和な生活があるので個人的には助けられた。
「本が恋人だなんて……到底俺には理解し難いことだが」
―――コンコン
扉をノックする音が小さく聞こえる。
「どうぞー」
扉の向こうに立つ誰かに聞こえるように返答。
そして返事とともにゆっくりと扉が開扉する。
「今いいかしら?」
「クローレか。どうした?」
入ってきたのはクローレだった。
その華麗な黒髪を揺らし、部屋の中へと入って来る。
「ボルゼベータさんはどこにいるの? 見当たらないようだけど……」
「ボルを探しているのか?」
「そう。屋敷のどこを探してもいないの」
「まぁ勝手にいなくなって勝手に現れるような奴だからなあいつは」
神出鬼没。あいつの行動原理を一言で表すとこの言葉が当てはまる。
探しても中々出てこないのにふと意識していない場面でスッと現れたりする。
影が薄い……とまではいかないが気配を消すのは上手い。
「ボルかぁ……心当たりのある場所なら一つだけあるぞ」
「ほ、本当?」
「ああ。案内するよ」
♦
―――地下二階大書庫前
「ここだ」
「す、すごい所ね。扉の豪勢さから圧が違うわ」
俺はクローレをとある場所へと案内していた。
それがこの屋敷の地下二階にある大書庫だ。実際に中へと入ったことはないが、昨日たまたま屋敷を探索していて見つけた部屋だった。
外出はしていないだろうと仮定すれば、ここ以外に考えられない。
「とりあえず入ってみるか」
「う、うん……」
俺は自分の背丈の何倍もある大きな扉を力任せに開く。
「お、結構軽いな」
見かけによらずにすんなりと扉が開き、部屋の全貌が露わになる。
すると目に見えたのは無数の書籍たち。ボルの書斎とはまるで別次元の世界がそこには広がっていた。
「おぉ……こりゃすげぇな」
「本だらけね……この屋敷の主だった人は本が好きだったのかしら」
「いや、この数はただの本好きなんてもんじゃない。これは……」
『我が文殿に勝手に入ってきたのは誰だ?』
どこからか聞いたことのある声が書庫内に響き渡る。
恐らくボルだ。
「おーいボル、ちょっと今いいか?」
返答はない。だが奥からコツコツと響く足音だけは聞こえた。
そして数秒後、本を片手に持ち見慣れない片眼鏡をかけたボルが姿を現す。
「……何の用だ。我は今忙しいのだ」
「ちょっとクローレがお前に……ってその眼鏡は一体なんだ?」
見慣れない姿と似合わなさが見事に噛み合い、思わず笑いそうになってしまうがここは堪える。
そして俺の問いのボルは口を開き、
「奥の部屋にある作業用デスクの上に置いてあった。ここの屋敷の主はどうやら文筆家だったようだ」
「文筆家……どおりで」
納得。この数多もの本たちはそのための資料だったということか。
「それで、要件はなんだ?」
「クローレがお前に用があるんだと。な?」
「そ、そう。ボルゼベータさん、今お時間いいかしら?」
少々声が震えている様子。やはりボル相手だと怖いのだろうか?
確かにこの三日間、ボルはあまり俺たちの前に姿を見せなかった。メロディアやクローレとの話している様子はなかったし……
(一つ屋根の下に一緒にいるのだから少しくらいは話しても……)
と、思ってしまうがボルの性格を考えると無理か。
ボルはしばらくクローレをじっと見て何か考えているようだった。ただ普通に見ているだけなのに威圧感が半端じゃない。
あの目つき、恐らく本人に自覚はない。自然体だ。竜人族特有のものなのだろうが慣れていない者にとってはただただ威圧されているようにしか感じないだろう。
だがクローレも負けてはいなかった。一歩後ずさりはしたが食って掛かるようにボルを見つめる。
そしてこの静寂に満ちた瞬間が二分ほど続き、ようやくボルの口元が動き始めた。
「……貴様、中々いい目をしている。いいだろう、話を聞いてやる。こっちへ来い」
「え……」
内心驚くような表情を見せるクローレ。
現に俺も……
(ボルが認めた?! あの厳格脳筋野郎が?)
かなり驚いている。正直この流れだと断ると思っていたからだ。
クローレも先ほどまではプルプルと震えていた手がもう既に治まっていた。
「クローレ、俺はもう戻る。二人だけで話して来い」
俺は顎で彼に付いていくように指示する。
クローレもコクリと頷いて返答し、静かにその一歩を踏み出す。
(何の話をするのか気になるが……まぁ尾行はよくないか)
俺は書庫の奥の方へと消えていく二人を眺めると、一人後ろを振り返り部屋へと戻った。
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