14.伝言


「なぜそれを……」

「ふん、やはり気が付いていたか」


 階段裏で俺たちはコソコソと密談を始めていた。

 

 そしていきなり例の刻印についての話を切り出してきたのだ。

 そしてボルもその存在に気づいていたことが分かった。あのメロディアの首元にある小さな刻印を……

 

 ずっとメロディアの方を見ていたのはそのためだったのだ。


「いつから気付いていた?」

「初めて顔をあわせた時からだ。しかもあのクローレとかいう女にも似たようなオーラを感じた」

「なに、クローレにも刻印が……?」

「いや、まだそれは分からん。だがとりあえずはあのメロディアとかいう女の刻印だ。条件下で浮かび上がるタイプのやつのようだが」

「そういえば魔法を発動させた時に異様な光を発しながら浮かび上がったのを見た。最初は目を疑ったがあれは……」

「俺たちと同じ世界のものだな。我らの持つ『制約の刻印』とはまた違う紋様だったが」


 だがメロディアの首元に押されていたそれは大賢者が持つとされる特別な刻印である可能性が高かった。 今の所絶対的な確信を持てる根拠はないが、俺たちの持つ刻印と似ている所が多々あったのだ。


 ……と、ここで俺はふとあることを思いだす。


「そういえば俺たちのような賢者見習いが持つ刻印(メルツ)って師事している大賢者を表す紋様が浮かび上がるはずだよな。ちゃんと見てなかったから分からなかったが、どこの賢者が押した刻印だったんだ?」

「それが分からんのだ。見たこともない紋様……少なくとも我の知らないものだった」


 メルツというのは大賢者の持つ刻印を指す言葉だ。そしてそのメルツには所有する大賢者ごとに紋様が異なる。

 例えば俺たちの師であり大賢者のバルトスクルムの持つメルツには”竜”を象った紋様が描かれている。

 

 この『制約の刻印』もバルトスクルムが持つメルツの一つであるが、これにも竜を表す紋様がしっかりと刻まれている。賢者候補がどこの大賢者の元で師事しているかを明瞭にするための試みなのだろう。

 

「で、どうする? バル爺に聞いてみるか? 他にもこの世界に俺たちのような奴らは来ていないのかと」

「いや、その必要はない。つい先ほどだが爺さんから伝言を預かった」

「伝言だと?」


 ボルは小さく頷く。

 そしてバルトスクルムから送られてきたという文書を俺に手渡す。


「読んでみろ」


 一言だけ述べ、俺は文書に書かれていた内容を黙読する。


 すると……


「こ、これは……」

「分かったか? どうやらあの二人はではないようだ。その上緊急指定のメッセージときた。これは任務だ」


 書かれていた内容。それはご達筆な直筆でただこう一言書かれているだけだった。



『―――その二人の娘を保護せよ、決して誰にも手渡すな』



 この言葉に何の意味が込められているかは分からない。ただ、重要な意味が込められているという事だけは分かる。

 

「保護……俺たちが見守れってことか」

「爺さんの意図は分からん。が、何かしらの秘密があることは確かだ」

「秘密……か」


 確かにおかしいといえば心当たりがないわけでもなかった。刻印のことももちろんそうだが何より思ったのはメロディアの能力。ブリスヒールをたった半日で完璧に習得してみせた彼女の才能は類稀なるものだ。

 しかも初めてブリスヒールを発動させたときのあの魔力の流れ……

 

(ただの女の子たちじゃないわけか)


「あ、あのぉ……レギルスさんとボルゼベータさーん?」


 メロディアの呼ぶ声だ。


「レギルス、まずはあの女たちの秘密を探るぞ。もしかしたらこのメルツを消して賢界に戻る手掛かりが見つかるかもしれん」

「そうだな。でも大丈夫なのか?」

「何がだ?」

「いや……お前人付き合い苦手だろ? 異性と話すことなんてできるのか?」


 そう言われるとボルは一瞬他の方向へと目線をそらす。

 この仕草をする時は大体自分の都合の悪い時に起こす行為だ。

 俺は思わず笑いかけ、


「あ、やっぱ自信ないんだ。お前らしくもないなー」

「う、うるさいこのザコが! これ以上言ったら今すぐこの場でその憎たらしい顔を首ごと切り裂くぞ」

「や、やめろって! てかもう既に槍を構えているじゃんか!」


 言葉より先に行動に反映されるのがボルゼベータとい男だ。

 一度キレたらどうなるか分かったもんじゃない。


「あ、あのぉ……お二人は今何を……?」


 気が付けば物陰からチラッと覗くメロディアとクローレの姿があった。

 なんだか不思議そうな表情を浮かべ俺たちを見ている。


「あ、いやこれは……」

 

 咄嗟に出せる言い訳が見つからない。

 だがその時ボルはすぐさま口を開き、


「おい女。これは我々の間でよく行うコミュニケーションだ」

「こ、コミュニケーション?」

「ああ、こうやって武器を構えて敬意を賞する行為だ」


 おいおいなんだよその謎儀式は。さすがに無理があるだろ。


 だがボルは真顔でそういうことを平然という男だ。たまに嘘を言っているのか真実を言っているのか分からない時があったりもする。

 

(でもさすがにこれは苦しいんじゃ……)


「そ、そうなんですね! 初めて知りました!」


 っておーい、信じるんかい!


 メロディアは何も疑うことなく信じた。クローレだけは未だ首を傾げて悩むような仕草が見受けられたが特に言及することはなかった。

 

「と、とりあえず俺たちはこの荷物を自室に置こうか。ボル、部屋を案内してくれ」

「そんなもん自分で……」

「早くしろ」

「……ッッ!」


 鋭さ際立つ俺の目つきでボルを脅迫。さすがのボルもこれには響いたようだ。


「ちっ……来い」


 舌打ちをしつつも俺とメロディアたちを案内をする。


(なんだかよく分からないことに巻き込まれたような気がするな……)


 だがボルの言う通り、このメルツを消して賢界に戻る手掛かりが見つかるかもしれない。

 それにボルは任務だと言っていたがバル爺が試練のために仕込んだものだという可能性だってある。

 

「―――今はただ言う通りに行動するしかないか」


 今は情報収集をする時だ。だが下手に情報ばかりを狙って彼女たちに怪しまれるのだけは避けたい。

 もちろん、俺たちの立場も誰一人として知られてはならない。

 それがこの刻印が示す制約であり、絶対的な原則だ。

 

 この世界にいる以上、俺たちは制約の基で行動しなければならない。本来の力が出せないように力を無理矢理押さえつけられているのも制約の一部。

 

 そしてこの呪いとも言える束縛から解放されるための策はただ一つ、この刻印を消し去ること。

 

 そのためなら俺たちは何でもするつもりだ。


 それが……大賢者より課せられた試練であり、この世界に飛ばされた目的なのだから。

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