07.選択


「今更何の用でしょうか」

「はぁ? そんな悲しいこと言うなって。俺たちは冒険者仲間だろ?」

「”元”ですけどね」


 先ほどの平和な空気から一転し不穏な雰囲気が流れ出す。

 ジョセフのバックには見覚えのある元パーティーメンバーがクスクスと笑いながら立っていた。


「やっぱあいつはだったよ」

「いいおんな? おいそれはどういう……」


 いや、聞くまでもない。その女とは俺の元彼女、セシルなのだから。

 こいつは俺の好きだった人間を……愛していた人を奪ったのだ。

 

「お前さんは見てしまったのだろう? あの現場を」

「なにっ?」


 ジョセフは懐から一個の指輪を取り出す。俺がセシルの誕生日用に買った特注の指輪だ。


「それは……」

「ああ、そうさ。あの女の家の寝室に落ちていた。セシルはあの日、お前とデートの約束を交わしていたんだってな」

「お前、そこまで知っていて……!」


 にやけ面を向けながら話すジョセフについ顔をしかめてしまう。

 だが俺はその時、一つ気になることを思い出した。


「おいちょっと待て。ジョセフ、あんたさっきセシルの事をいいおんなと言ったな?」

「んー? ああ、確かにそう言ったが?」

「それはどういう意味だ。彼女は……セシルは今どこにいる?」

「さぁな。遊ぶだけ遊ばせてもらって金をたんまりやったら喜んでどこかへ行っちまったよ」

「……セシル」


 俺はその時に全ての真実を悟った。俺がセシルと共に築いてきた今までの関係に愛など微塵もなかったこと、そしてセシルは彼らとグルだったということをだ。


「―――くそっ!」


 ギュッと拳を握りしめ、歯ぎしりをする。

 そもそもの話、セシルとの出会いはジョセフの紹介からだった。ジョセフ自身は友人の友人だと面識がないように語っていたが実は一夜を共に過ごしたことのあるという間柄だったという。


 初めて愛した人間が奪われたと思ったら本当は自分が裏切られていた。セシルは恐らく俺がパーティーを抜けたことを知っていたのだ。

 そしてその瞬間に彼女は俺に見切りをつけた。だから今度は元々面識のあったジョセフに身を置くことを考えたのだ。


「―――俺は金に……踊らされたのか」


 基本、A級パーティーに属する冒険者は金に困ることはさほどない。むしろ潤沢な賃金を得られ、勧誘されるもんならされたいと思う冒険者が世の中にはわんさかといる。

 そう思えば俺はかなり幸運な男だった。力を隠していても名目上ではE級冒険者だった俺をジョセフは『虚無の黄昏』に勧誘してくれた。

 だがあの日の酒場で、クビ宣告を受けた所で俺はパーティーを脱退することになった。

 この時からもう既に運命という名の歯車は動き出していたのだ。

 セシルもパーティーも全て繋がっていた。どちらかが崩れればどちらとも崩壊するようになっていたわけだ。


 俺はただ呆然とその場に立ち尽くす。

 そんな姿を見るとジョセフは鼻で笑いながら、

 

「ふん、お前も哀れな男だ。あの女は元々金目当てにお前と一緒にいた。”レギルスはなんでも買ってくれる”って喜んで話してくれたよ」

「……そうか」


 別にこの結果は予想のできない出来事でもなかった。確かにセシルは俺にものをせびることが多々あったのだ。

 だが全てが初めてだった俺には異性との恋愛がなんたるものか知らなかった。だから俺は彼女の喜ぶことならと願いを聞いてきたのだ。


(ホント、哀れな男だよ俺は)


 自身を擁護する言葉が見つからない。ただ単に無知な自分が招いた悲劇だったわけだ。

 

 俺はそんなことを思い過去の事を思い返していると、ジョセフはいきなり話を切り出してきた。


「まぁそんな過去のことは今はどうでもいい。俺たちが来たのは別の理由だ」

「別の理由……?」

「ああ。お前、罰金を払っているのを忘れているだろ」

「罰金だと?」

 

 首を傾げ不思議そうな顔を俺にジョセフは苦笑する。


「おいおいまさか知らなかったなんて言わせないぞ。パーティーの掟……忘れたわけじゃないよな?」

「パーティーの掟……はっ!」


 思い出した。俺がまだ『虚無の黄昏』に入ったばかりの事だ。

 俺はあの時、とある誓約書を書いた。そこにはパーティーごとに定められる掟の数々が書かれており、その中の一つにこんな掟が存在していた。


「黄昏の掟第10項、パーティーに直接危害を与える者にはリーダーが定めし罰を受け、それ相応の罰金が科される……」

「そうだ、お前は我がパーティーの昇格を妨害した。その迷惑料を払えと言っているんだ」


 あまりにも理不尽な話だ。無能だと言ってパーティーを抜けさせた挙句、昇格できなかった腹いせに迷惑料を請求とは。


(やっぱりこいつは歪んでいる)


 もちろん払う義理なんて微塵もない。

 俺はジョセフに目を見て、


「悪いが払うつもりはない。そんなことで危害に該当するのなら理不尽もいいところだ」


 即答でジョセフの願いを断る。

 だが彼も決して食い下がることはなく、俺に圧をかけてくる。


「ほう、お前は掟破りを侵すつもりか? それがどうなるか分かっていても?」

「ご冗談を、俺はもうあなた方パーティーのメンバーじゃない。掟なんぞ俺には関係のないことだ」

「関係がない……ふふ、なるほどよく分かった。じゃあ仕方ないな、おいお前ら」

「……?」


 突如周りに立っていたメンバーたちが俺たちを囲むように円陣を組み、武器を構える。

 戦闘態勢完了、今すぐにでも狩れます、と言わんばかりの陣形の整え方だった。


「何の真似だ?」


 俺は普段より少しばかり低い声で威嚇しつつジョセフに尋ねる。

 

「何の真似? ははは、笑わせるな。強攻策ってやつよ」

「なんだと?」

「おいおいそう睨むな。元々お前が断る事なんて分かっているんだ。だからこそその代わりをいただいていこうということだ」

「代わり……? 何の話だ」


 俺の問いにジョセフはある方向へ指を指す。

 その方角を指す方向には……


「お、お前たちまさかメロディアたちを!」

「そういうこと。お前が払わないと言うのなら力づくでもその少女たちを代わりに頂いていくだけだ」

「き、貴様ら……」


 メロディアたちを指さし、脅迫の材料として持ちかけてくるジョセフに憤怒する。

 もちろん、彼女たちを渡すつもりはさらさらない。

 メロディアもクローレも互いに身体をくっつけ、俺の背後に身を寄せる。


「さぁどうするよジョセフ。お前にはもうその二つ以外で選択肢がないはずだ。大人しく金を払うかそのメスたちをよこせ」


 ジョセフは余裕の笑みを浮かべながら選択を選ぶよう迫る。

 今思えば俺はなんでこんな外道パーティーに入ってしまったのかと後悔する。肩書こそA級だが実態は下衆で外道で野蛮な集団だ。

 だからこそ、

 

(こんな奴らにメロディアたちを渡すわけにはいかない)

 

 選択肢はもうとっくに決まっていた。それは金を払わず、それでいてメロディアたちも差し出さないという選択だ。

 俺は何も臆することなくジョセフに、


「ふっ、そうやって言われると余計渡したくなくなったわ。残念だが俺は金も少女も渡すつもりはないぜ?」

「ほう……」


 ジョセフの顔色が一気に変わる。そして表情も徐々に険しく、シワが目立つようになった。


「悪いがこの後予定があるんだ。じゃあな」


 俺はそう一言だけ告げると二人を引き連れてその場を去ろうとする。

 だが周りに張られたジョセフの下っ端たちが逃がすまいとすぐに出口を塞ぐ。


(簡単に逃がしてはもらえないってことか)

 

 完全にアウェーな立場にさらされ、頭を悩ませる。

 と、そんな時だ。ジョセフはもう一つ、とある提案を出してきた。


「ふぅ、ならもう一つだけお前に選択肢を与えよう」

「……選択肢だと?」

「ああ。お前たちが何事もなく全てをチャラに出来る方法さ」

「それはどういうことだ?」

「まぁ最後まで聞けって。で、その選択肢ってのは……」


 ジョセフたちの荒らし行為で誰もいなくなったこの酒場で彼は一つ、ある条件を言い放った。

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