06.食事
『制約の刻印』
俺はそもそもこの刻印が何を意味しているのか全く分からない。それはボルも同じことだ。
ガキの頃からこの手に刻まれており成人を目前に向かえたある日、バルトスクルムにこれを消す方法を考えろと異界に放り出された。もちろんボルもセットでだ。
それが今からざっと2年ほど前の話。最初はとにかく新しい環境に慣れるために必死だったものだ。
特にボルは事あるごとに問題を引き起こし、とある都に数か月間の出禁をくらった挙句前に住んでいた村からも追い出されてしまうという苦を味わってきた。
そしてそんな下界での生活ももう3年目が経とうとしていたのだ。
「―――はぁ、これからどうすることやら」
ある酒場のテーブルに突っ伏しながらそう呟く。
俺以外の三人のテーブルの上には次から次へと食べ物が置かれており、忙しそうにフォークとナイフを動かす竜人一人と少女二人の姿があった。
(……にしても、お前らホントよく食べるなぁ)
特に意外だったのはクローレが大食いだったということだ。大柄で食料吸引機ことボルと同じくらいの量を同じペースで食している。にもかかわらず身体はかなり細身なので不思議だ。
それと対照的にメロディアはどちらかと言えば小食よりで、小さな口をパクパクと動かして魚を食べていた。
「お、おいひぃですねこれ!」
「行儀が悪いでふよめろふぃあ」
モグモグしながら話す二人とは対照的にボルはただひたすらに食べ物を口に運んでいく。
どうやら竜人族という種族は食事中に話を掛けられるのがお好きではないようで一度それだけで揉め合いにまで発展しかけたことがある。特にボルはその典型で食べ物絡みの話にはうるさい。
「それはそうとレギルスさん、その紙は一体なんですか?」
口に入っていた食べ物を飲み込み、メロディアが問う。
「どうやらギルドから俺たち宛てに依頼が来たようでな。まぁほぼボル目当てなのだろうけど」
「どういうことですか?」
「メロディアは依頼主階級指定制度を知っているか?」
「あ、はい。依頼主の方が予め冒険者階級を指定して依頼届を出せる制度ですよね?」
「ああ、そうだ」
俺は首を縦に振り、頷く。
この依頼主階級指定制度というのはメロディアの言う通り、依頼主が冒険者階級を指定しその階級に属する冒険者の中からランダムで選ばれるというものだ。
基本ギルドでの依頼は全階級の者が受注金さえ払えば受けることができ、階級格差によって受けられるクエストと受けられないクエストが存在するということはない。
だが依頼主の中には階級を指定して依頼したいクエストがある者もいる。指定制度が用いられる場合は主にS、A級冒険者がその筆頭に挙げられるが、B、C級と言った冒険者までといった制限を設けられることもある。
そしてそのクエストの中身の大半は失敗の許されない大規模かつ多額の報酬金が設定された依頼ばかり。例を挙げるとすれば国家絡みの要人護衛や危険級魔獣の討伐、さらに噂では特定人物の暗殺なども含まれているらしい。
話をまとめれば並の冒険者では到底手の付けられないような依頼がほとんどだということだ。
で、ボルの冒険者階級はA級だ。未だになぜ彼がA級なのか謎に包まれている。
(確かに勘の鋭さと要領の良さは天才級だけど……)
A級冒険者となれば限られた実力者しか認定されることはないため人数的にも他の階級よりは圧倒的に少ない。S級冒険者に至ってはさらに少なくなる。
要するに依頼と冒険者の人数が釣り合っていないということだ。
それに最近ではA級以上の冒険者に対する依頼がかなり多くなっているのもあってか、週に一度のペースで何かしらの依頼が舞い込んでくる。
と、ここでクローレが質問をする。
「それでれぎるふはんたひに依頼はれたくえふとってどんな内容なの?」
「口のモン飲み込んだら話してくれ……」
俺はボルから受け取った紙を片手に一通り黙読する。
そして口に食べ物を詰め込み、モグモグとするクローレを横目に俺は答える。
「今回のクエストはどうやら複数の冒険者が参加するらしい。制限階級はA級冒険者のみ。ただし荷物持ち等の補佐ならば階級は問わず……とだけ紙には書いてある」
「魔獣討伐……とかですかね?」
「まぁ恐らくな。複数人に依頼を出している辺りから察するとそれなりに危険値の高い魔獣だと推測できが……」
そんな会話をしているとボルのテーブルは食後の食器で溢れており、静かに手を合わせ目を瞑っていた。
彼曰くこの行為は竜人族に伝わる食事後の礼儀作法なのだとか。
ボルは数秒間目を瞑り、開眼させると静かに席から立ち上がりその場を去ろうとする。
「おいボル、どこ行くんだ?」
それを止める俺にボルは振り向かずに、
「依頼だ。そろそろ時間だからな」
「一人でいくのか?」
「ああ、気が変わった。お前みたいな情の深い奴がいれば足手まといになる」
「あーそうかいそうかい。ならご勝手にどーぞ」
万が一に備え、俺もついていく予定ではいたが決断は破棄になった。
支度を催促させた上でこの結末。これがボルゼベータという気まぐれ野郎のやり方だ。
まぁ……こんな脳筋バカでも賢者候補の一角に変わりはない。
(心配は不要か)
「では我は行く。レギルスよ」
「ん?」
「我の書斎が少し汚くなっている。帰ったら掃除しておいてくれ」
「はぁぁ!?」
勝手すぎる言い草につい声を張り上げてしまう。
そしてボルはそう告げると、振り向くことなく颯爽と酒場を去っていった。例の如く勘定は全て俺持ちで。
(くっそ……あいつ帰ってきたらただじゃおかねぇ)
内心イライラが止まらない時に俺は横から視線を感じた。
隣を見るとメロディアが何やら不安そうな顔で視線を俺の方へとシフトさせていたのだ。
「ボルさん、大丈夫でしょうか?」
「心配なのか?」
メロディアは「はい」と頷き、出口の方をじっと見つめる。
確かにボルはここに来て食事を始めてから話をすることは一度もなかった。唯一去り際に話したくらいだ。
初対面の者にとっては大丈夫なのかと疑うほどに自分以外の相手と会話することがない。
なので心配の念を向けるメロディアの気持ちもよく分かるのだ。
そんな彼女の姿を見ると俺はすぐに付け加えた。
「大丈夫だ。あいつはああいう性格だが腕っぷしだけはある。気にすることはない」
「そ、そうですか……」
「まぁ正直なところ人と話すのが苦手なだけなんだ。大目に見てやってくれ」
ボルが不愛想なのは昔から変わりはない。初めて出会った時もそうだった。
人と会話するのを避けているというか……そんな感じがしたのだ。
理由は前にバルトスクルムに少し聞いたが、ボルには触れないようにしている。
「さて、そろそろ俺たちも行くか」
そう言いながら立ち上がり、会計を済ませようとしたときだった。
「―――よう、レギルスじゃないか」
唐突に背後から聞こえる太い男の声。
その声と同時に肩に手を乗せられ、俺はすぐに振り向く。
「ジョセフ……さん?」
話をかけてきたその男は俺を私的な理由でパーティーから追い出した挙句、愛する人まで奪っていった外道冒険者。そしてA級パーティー『虚無の黄昏』を率いるジョセフ・ボルダーその人だった。
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